第四話
「おっさん、なるべく敵を俺から離してくれ。クレアとフレイヤも出来るならそうして欲しいが、無理なら俺に近づけないようにしろ」
「おう!」
「「はい!」」
もしもおっさんたちが相手を俺から大きく引き離すことが出来れば、ダインスレイヴを使っても影響はでないと思うが……以前学園の訓練場で使用した時に、離れた位置にあった死体からも魔力を吸い取ったこともあったし、あの時からダインスレイヴの能力が上がっている可能性もあるので、もしかするとあの時と同じくらいの距離ではおっさんたちに影響が出てしまうかもしれない。
(一人の時なら頼りになる神具だけど、味方が増える程に使い辛くなるな……)
ここに来て、ダインスレイヴの強みが足かせになるとは思わなかった。
これまで集団戦とまではいかなくとも、味方のいる状況でダインスレイヴを使うことはあったが、その時の敵は単体か味方が弱体化しても問題のないような相手だったが今回は違う。
使えば、かなりの確率でこちらが不利になる。それくらいの敵が相手だ。
「おっさん、俺の攻撃の後で突っ込んでくれ! クレアたちは俺と一緒に出るぞ!」
神具を纏ったおっさんが森から出る瞬間に合わせて、俺は俺の標的のいる方向に向かって槍を投げた。
敵の一撃には及ばないものの、殺傷能力は十分にある威力だ。ただまあ、俺なら弾くか簡単に避けれる程度の威力だが……まあ、ちょっとした仕掛けを施しているので、それなりに驚いてもらえるだろう。
そして、その仕掛けはちゃんと作動したようで、敵側から驚いたような声が聞こえた。
さらにそのすぐ後におっさんが飛び出たので、敵側の一人は反応が遅れておっさんに押し込まれて他の二人から少し距離が離されていた。
「クレア! こいつを投げつけろ!」
「はいっ! ……よいしょ!」
クレアは、俺が両手で投げたものを軽々と片手で受け取ると、そのまま敵に向かって投げつけた。
何も考えずに、マジックボックスから適当に取り出したものだったので、クレアに投げた時は気が付かなかったが、投げられたものが敵の手前に落ちる寸前で何だったのかが分かった。
「くさっ!」
クレアに渡したものの正体……それは、ジモンで購入した発酵途中の魚醤だった。
こんな状況なのにもったいないと思ってしまったが、その分相手も意表を突かれたらしく、一瞬だけだが明らかな隙を見せていた。
「ちっ!」
魚醤が作ってくれた隙のおかげで、俺は敵よりも先に剣を振るうことが出来たが、敵は舌打ちをしながらも俺の不意打ちをしっかりと受け止めた。
ただ、もう一人いた敵に関しては魚醤の後で飛び出して来た俺に意識が持っていかれたらしく、その後に続いたクレアの一撃で十m以上吹き飛ばされていた。
ただ、隙は見せたもののクレアの一撃はしっかりと武器で受け止める余裕はあったらしく、ある程度は自分で飛んで威力を殺したようだ。
(まだダインスレイヴの範囲内だが、これだけ距離があればそう簡単に後ろは取られないだろう)
ただでさえ勝てるか分からない相手なのに、後ろを気にしながらでは勝ち目はほぼ無くなってしまうかもしれない。
(あいつの武器は……俺の身長くらいはありそうな両手剣か……あの体格なら、問題なく振り回せそうだな)
男が持っているのは、ツヴァイヘンダーだったかハンダ―とか言う名前の、刀身の根元に刃が付いていない両手剣で、常人には到底扱えないような大きさの剣だが、あの威力の槍を投げるだけの力があるのなら、身の丈に合っていない見掛け倒しということはないだろう。
生半可な武器では打ち合った瞬間にへし折られてしまいそうだが、あいにく俺の持っている武器は、あの両手剣の前ではダインスレイヴを除けば生半可なものしかない。
(魔法を軸に戦うことになるが、かと言って離れるとあいつがおっさんたちの方に向かう危険性もある……くそっ! 武器で負けているのに、あいつの間合いで戦わないといけないのか!)
「おっ⁉」
一瞬で覚悟を決めて接近戦を仕掛けると、男は俺の方から近づいてくるとは思っていなかったのか、少し驚いた声を出したが……それと同時に剣を片手で打ち下ろしてきた。
かなりの速さだったが予想していた攻撃の一つだったので、俺はその一撃を小さく横に跳んで躱したが……男の一撃は地面に激突する直前で横薙ぎに変わり、俺の足を刈ろうと迫って来た。
(一瞬で両手に持ち替えて軌道を変えてきやがった!)
そんなの有りか! と思いながらも、とっさに宙返りするようにして一撃を躱し、そのついでに男の首を狙って剣を振るったが……今度は男の左手が襲いかかって来て、俺の一撃を素手で弾き飛ばした。
「化け物かよ!」
男からそれ以上の追撃は無かったものの、俺の剣は男に殴られて刃が欠けてしまい、おまけに刀身にも歪みが生じていた。
「ふざけんなよな……」
今の一連の流れで武器が破壊されるのは予想していたが、まさか素手で使い物にならなくさせられるとは思っていなかったので、驚きながらも予定通りに次の剣を取り出して、使い物にならなくなった剣は男に向かって投げつけた。
「ふんっ!」
しかし、剣は簡単に男に弾かれて宙を舞った……が、もう一度男に向かって軌道を修正した。
「うおっと!」
男は弾いた剣が戻ってきた時は驚いたようだが、すぐさまもう一度剣を弾き飛ばし、返す刀で懐に潜り込もうとしていた俺に切りかかって来た。
ただ、流石に威力は落ちていたので、俺の剣でも受け止めることが出来たが……
「ぬんっ!」
男は剣の勢いが止められた瞬間に根元の刃が付いていない部分を左手で掴み、剣ごと俺を押し切ろうとしてきた。しかし、
「ダインスレイヴ!」
ほぼ密着している状態から、俺は銃形態のダインスレイヴを出して男の腹目掛けて引き金を……引こうとしたが、
「何っ!」
男は引き金に掛かっていた俺の指をつまんで強引に引きはがし、俺の指を折りながら腕を捻り上げ、そのまま俺を振り回して地面に叩きつけた。
「げほっ!」
比較的地面の柔らかいところに叩きつけられたので、即座に戦闘不能になるということは無かったが、軽い脳震盪に左の人差し指を始めとした何か所かの骨折を負わされてしまった。
幸いなことに、地面に叩きつけられた時に男の手が離れて十m以上の距離が出来た上に、男が即座に止めを刺そうとしなかったおかげで回復魔法を使うことが出来たが、クレアと違い即座に治す程の威力は無いので、焼け石に水と言ったところだ。
(脳震盪が治まっただけで儲けもの……ってところか)
続けて回復魔法を使ってはいるものの、少し痛みが和らいだ程度で骨折を治すにはまだまだ時間がかかりそうだ。
今追撃を受けるとかなりヤバいが、男は冷静に仲間の状況を確かめてから、ゆっくりと俺に近づいてきた。
それが余裕からなのか、はたまた慎重になっているからなのかは分からないが、そのおかげで再度ダインスレイヴを出す時間があった……が、
「こいつ!」
男は、俺が銃形態のダインスレイヴを取り出したのに気が付いた瞬間に、クレアたちが自分の背後に来るような位置に移動した。
それは明らかに、ダインスレイヴのことを知っている奴の動きだった。
「……くそっ! そう言うことかよ!」
こんな奴に、全力を出さないで勝てるわけがない。
そう判断した俺は、おっさんたちには悪いが剣状態のダインスレイヴを出して男に切りかかった。
「ふ……ふんっ!」
男は一瞬笑い声のようなものを漏らしかけたかと思うと、ダインスレイヴの影響を受けているとは思えない速さで俺の一撃を受け止めた。しかも、速さだけでなく、力も落ちたようには思えない。それどころか、先程よりも増しているようにすら感じる。
ダインスレイヴを使っても状況が好転したようには感じなかった俺は、魔法も併用して戦おうとしたものの、少しでも魔法に意識を裂こうとした瞬間に男が前に出てくるので、結局使う暇を与えて貰えなかった。
そのせいで、圧倒的に不利な間合いで戦うことを余儀なくされてしまったが……戦っている内に、少しずつ男の動きに目が慣れて来たようで、あと少しで攻撃が届くという瞬間が出てくるようになった。
(まだ遠い……違う……これでもない…………ここ!)
あと一歩近づくことが出来れば……と思いながら、俺は男の一撃を躱し続け、時には防御して攻撃をやり過ごし、ようやくその瞬間が訪れた。
俺は男が繰り出してきた左からの袈裟切りを、ギリギリのところで体を回転させるように躱し、その回転の勢いのままに横薙ぎの一撃を放った……が、
「がふっ……」
俺の一撃よりも速い男の後ろ蹴りが、俺の腕の骨を砕きながら腹へと突き刺さった。
「惜しかったな」
その言葉のすぐ後で顔面に強い衝撃が走り、俺の意識はそこで途切れた。
(ジークに引き離すように言われたものの、これ以上は難しいな……)
どういった仕掛けかは分からないが、ジークの投げた槍を中央にいた敵が弾いた瞬間、投げた槍が破裂した。
大した威力ではなかったものの、敵の意識を俺たちから逸らすには十分で、俺の担当する敵は俺が飛び出しだした瞬間に距離を取ろうと後ろに跳んだ。
それに合わせてナイフを数本投げつけたものの、敵は冷静に飛んできたナイフを数歩下がって体勢を整えながら躱し、武器を構えて俺と対峙した。
(女……みたいだな)
細身の男という可能性もあるが、多分女で間違いないだろう。
(絶対に俺より若いだろ……いやになるな)
女だからというわけではないが、ジークといいこの女といい、俺よりも若くて強い奴を間近で見てしまうと、少しではあるものの嫉妬のような感情がどうしても湧いてくる……まあ、まだまだ俺も若いということにしておくか。
(そんなことよりも、どうやって倒す……のはちょっと難しいから、ジーク……はちょっと無理そうだな。そうなると嬢ちゃんたちの手が空くまで持ちこたえるしかないが……俺よりもジークの方が先だな)
ジークが相手している敵は、多分この女よりも上だ。そして、そこまで差があるわけではないだろうが、ジークよりも上かもしれない。
(ジークの神具が使える状態なら負けるとは思えないが……絶対とは言えないな。その点、嬢ちゃんたちの相手はこの二人よりも大分格下だ。多分、歳もそう変わらんくらいだろう)
それなら、数的優位な上に今代の白もいる嬢ちゃんたちが負けることは無いだろう。
ただ、こいつとあいつの連れがそう簡単に負けるとも思えないので、そこが気になるが……それでも、嬢ちゃんたちにはなるべく早くケリを付けてジークのところへ向かって欲しい。そうすれば、ジークの勝率は跳ね上がるだろう。
ただ、
(俺か嬢ちゃんたちが負ければ、ジークの敗北が濃厚になるな)
俺か嬢ちゃんたちのどちらかが負ければ、ジークの方にもう一人敵が向かうことになるはずだ。
こちらは誰一人として欠けることが許されないというのは、かなりきつい条件だ。
こんなことになると分かっていたら、馬車の見張りに隊員を裂かないように言ったのに……と考えるのは無理があるな。
(それにしてもこの女、隙が……って、速い!)
隙は無いが棒立ちだった女の剣が少し動いたので、ようやく構えを取るのかと思った瞬間、女は想定外の速さで突っ込んできた。
幸い、女との間にそれなりの距離があったので、驚きはしたが余裕で防御することが出来たが……
(重っ! 何だ、こいつ!)
想定外の威力に、俺はあと少しで武器を落としそうになってしまった。
もしこの攻撃を不十分な体勢で受けてしまっていたら、俺は間違いなく一撃で切り伏せられていただろう。
(速くて重い……まともに打ち合えないな)
まずいことに、打ち合いでは俺が不利だということに女は即座に理解したらしく、その細腕には似合わない大きな剣を、連撃を繰り出してきた。しかも質の悪いことに、その一撃一撃が俺を殺すのに十分な威力を持っている。
足を使って戦えば、この化け物みたいな女とも十分に戦えるとは思うが、あまり動き回ると隙を突かれてジークの方に向かわせてしまうことになるかもしれない。
そのことを考えると、躱すのは最小限に抑えて、危険を承知で相手の間合いで戦わなければならないのだが……
(マジでヤバい! 武器がミスリル製じゃなかったら、とっくに真っ二つになっているぞ!)
女の攻撃を喰らわないようにするので精一杯で、俺はろくな反撃を出来ずにいた。
そして、
「ん? 終わった?」
何故かいきなり女の攻撃が止んだ。
一瞬、これまでの攻撃は遊びで、本気の攻撃で俺に止めを刺す気なのかと思ってしまったが……女は完全に動きを止めて、ジークのいる方を見ていた。
嫌な予感がして俺もジークの方に目を向けると……
「ジーク⁉」
視線の先には、男の足元に倒れているジークの姿があった。
「何て馬鹿力なのよ! しかも、おまけも厭らしいし!」
「そう思うのなら、大人しくしてください! そうすれば、私はジークさんのお手伝いに行けるんですから!」
こっちにはフレイヤもいるし、すぐに終わるだろうと思っていたのに、この女の人はとてもしぶとくて、私の攻撃を簡単に避けている。
「本当に面倒臭いわね! もう一人も、視界の外から襲って来るし!」
前にジークさんと一緒にゴーレムを戦った後くらいから、私はフレイヤと二人で戦う練習をしてきたけれど……この女の人には、全く通用しなかった。
いやまあ、練習したと言っても、私がフレイヤの動きを合わせるのが苦手なので、いつも私に合わせて貰っているせいで、胸を張って自慢できるようなものではないけれど、それでも数人の盗賊に襲われても無傷で勝ったことがある。
だから、この人にも通用すると思ったのに……文句を言いながらも、この人は私とフレイヤの攻撃を躱し続けていた。
「でも、そろそろ慣れて来たわ……ここ!」
「ぐっ!」
そんなことを行ったかと思うと、この人は後ろから切りかかろうとしたフレイヤの攻撃を躱すと同時に、斧みたいな武器の下でフレイヤのお腹を突いた。
私がすぐに回復魔法を使ったのでフレイヤは大丈夫だったけれど、もしあれが斧の先に付いてる槍みたいなもので狙ったのが頭だったら、私の魔法でも治すことが出来なかったかもしれない。
そう考えると、フレイヤはかなり運がいい。だから、多分勝てる!
と、言うわけで……
「よいしょ!」
「えっ? ちょっと何それ⁉」
すぐ近くに落ちていた大きめの石を、女の人に向かって投げた。
近づくとフレイヤみたいに怪我をしそうだから、ああいった相手には遠くから攻撃するのがいい……って、ジークさんかクーゲルが言っていた気がする。
実際に、接近戦が得意な相手に対して離れたところからの攻撃は有効で、女の人は驚いて石から逃げていたけれど、流石に一個で当てるのは無理だった。
なので、
「次!」
すぐに二個目を拾って、もう一度女の人に向かって投げてみた。まあ、外れたけれど……それでもその隙を突いて、フレイヤが攻撃を仕掛けていた。まあ、防がれたけど。そして、弾き飛ばされたけど。
でも、この攻撃はかなり効果的だということは分かった。それなら、これを繰り返して、無理のない範囲でフレイヤがちょっかいをかければ、いずれは私たちが勝つはず。
そう思って石を投げていたら、
「調子に……乗るな!」
いきなり女の人の斧が燃え出して、私の投げた石を粉砕した。
「そんなの、反則、です、よ!」
「そんな、岩を、投げる奴が、言うな!」
女の人は私が投げる石を全て燃える斧で壊し、少しずつ距離を詰めて来た。
私も負けじと投げる石の数を増やしたけれど効果は無く、フレイヤの攻撃もついでと言った感じで石と一緒に弾いていた。その内、
「フレイヤ⁉」
弾かれたフレイヤがふらつきながら倒れた。
攻撃を喰らったからというわけではなさそうだけど、このままだと追撃を喰らってしまうかもしれない。
そう思った私は、愛用の武器を取り出して女の人に振りかぶり……盛大にこけた。
「……あんた、本当にジークの連れ?」
急いで鼻血を治療する私に向かって、女の人は呆れたように聞いてきた……けれど、
「ん?」
その言い方に、私は少し引っかかった。
「何よ?」
暫くの間目が合ったまま互いに動きを止めてしまったけれど、女の人が何かを誤魔化すかのように斧を構えたので、私も急いで立ち上がって武器を構えたけれど……女の人が構えを解いてジークさんが戦っているはずの方を見たので、私もそっちの方を見てみると、
「ジークさん!」
ジークさんが男の人に負けていた。




