第十四話
「平和なのはいいことだけど……暇だな」
伯爵が勝利宣言してから約一か月後、連合軍は取り返した街の近くに拠点を移し、ファブールを警戒しながら過ごしていた。
まあ、警戒とは言ったものの、現在はファブールとの国境近くに偵察部隊を配置しているので、異変があればすぐに知らせが来ることになっている為、ファブールの動きがない以上はやることがほとんどないのだ。
おまけに、今の連合軍には正式にカレトヴルッフ公爵家も参加しているので、ファブールはそう簡単に攻めてはこないだろう。
なので俺は、ここ最近の日課にしている周辺の見回り……という名目で、昼まで森の中を探索していたのだ。
今日の収穫は、小さな池で見つけた水鳥である。あまり大きな鳥ではないし初めて見る種類だが、見た感じでは鴨の仲間みたいなので、まずくて食えないということは無いだろう。
あまり詳しくないし正確ではないと思うが、鴨は腐る寸前か蛆が湧くくらいが食べ頃みたいな話をどこかで聞いたことがある。まあ、そこまでしなくとも数日寝かせれば十分だろし、俺やその周りの人間はそんなことは気にせずに食べるけど。
「やっと見つけたわ! ジーク、フランベルジュ伯爵が呼んでいるそうよ!」
手に入れた鴨をどうやって調理しようかと考えていると、いつの間にか森を抜けて連合軍の拠点の近くまで来ていたようで、俺を探して走り回っていたらしいディンドランさんに声を掛けられた。
ちょっと息を切らして機嫌が悪そうな感じがするので、恐らく俺を探してこの辺りを走り回っていたのだろう。
その後、伯爵のいるというテントまで行く途中で、ディンドランさんは「森に行くならそう言ってくれないと」とか、「男爵が一人で出歩くのは」とか言っていたので、つい、
「バンさんには言っておいたし、ディンドランさんにも伝えようとしたけれど、二度寝していたからね」
と言うと黙っていた。
別に俺が森に行くのが朝早かったというわけではなく、出かけたのは朝飯を食べて少ししてからだったので、普通ならディンドランさんは起きていたはずなんだけど、今日のディンドランさんは昼まで休息することになっていたからか二度寝をしていたのだ。
流石にいくらディンドランさんが相手とは言え、勝手に女性のテントの中に入るわけにはいかなかったので、外から声を掛けて反応がなかったので代わりにバンさんに声を掛けてから出かけた。
その状態で知らないということは、ディンドランさんはバンさんに声を掛けなかったということだろう。
「いい加減、バンさんと仲直りしたら? 誤解だったんだし、バンさんの方も気にしていないみたいなんだからさ」
「嫌よ!」
どうやら、俺が思っている以上にディンドランさんとバンさんの仲はこじれてしまったようだ。
もっとも、 バンさんはディンドランさんにかなり酷いことを言われていたが気にしていないそうなので、ディンドランさんの方が一方的にといった感じではあるけれど……こじらせる原因になった者としては、どうにかならないものかと心を痛めているのだが……やっぱり、ディンドランさんには事情を話した方がよかったのかもしれない。ただ、もしも本職の工作員が連合軍に紛れてこんでいた場合、ディンドランさんがそいつらをだますだけの演技が出来ていたかは不明だが。
あの作戦は、ディンドランさんが本気でバンさんを敵視したことで、味方である連合軍の貴族すらもだますことが出来たと思っている。そのおかげで、俺がテントに引き籠っていても不審に思われなかったし、抜け出して偵察に行っていることもバレなかったのだ。
そう考えると難しくなるので……帰ってからカラードさんたちに相談することに決めた。
「申し訳ありません、遅れました」
「いや、男爵が森の中を見回っているというのは事前に聞いていたからな。問題ない。それよりも、森の中で何か異変を感じたか?」
伯爵は、俺が見回りと称して森の中で遊んでいることを知っているが、一緒にいるカレトヴルッフ公爵家の貴族を気にして見回りのところを強調したようだ。
「今のところ問題は見つかっていません。ただ、強いているならこの周辺の住人が森に入った形跡がないのが心配ですね」
俺の返答に不思議そうな顔をした伯爵と公爵家の貴族だが、続けて森は周辺に住む者にとって生活に欠かせないものなのに、そこを利用していないということは生活を圧迫するだけでなく、かなりのストレスになっているはずだと言うと、意味を理解したようで何度か頷いていた。
「やはり、下手に森に入って処罰されるか何かしらの被害にあうのを警戒しているのだろうな。一度、こちらの方からしっかりと説明した方がいいな」
伯爵のその言葉に、俺と公爵家の貴族は頷き、その話はそこで一旦打ち切ることになった。
「それで男爵を呼んだ理由だが、そろそろ連合軍を解散しようかと思ってな。以降は男爵の提案通り、公爵家に警戒と防衛を任せ、連合軍の中から希望する者たちを預けようと、次の話し合いの場で議題にあげるつもりなのだ」
侯爵軍を参加させたので、これ以上は戦闘で功績を稼げる可能性が低い。そうなると、連合軍の大半の貴族がここにいるだけで赤字になってしまうかもしれないが、かと言って連合軍はフランベルジュ伯爵家以下の貴族ばかりなので、赤字になると分かっていても自分たちから解散は言い出しにくいのだ。
「ヴァレンシュタイン家の方から提案してもいいですけど?」
公爵家を引き込んでこの状態を作り出し、解散への道筋を作ったのは俺なので、ヴァレンシュタイン家から議題に出すのがいいのではないかと思ったのだが、
「そうすると、ヴァレンシュタイン家を恨むところが現れるかもしれないからな。ヴァレンシュタイン家は男爵の活躍もあって、今回の戦争で一番の功績を上げている。そんなところが言い出したら、自分たちだけ得して抜けるのかと思う者も出るかもしれない。その点、伯爵家は二番手三番手と言われるだけの功績を上げているが、まとめ役の面が強いから文句は出ないだろう」
伯爵の言うことはもっともだ。それに、連合軍をまとめている伯爵家以外が、連合軍の解散を言うのはおかしいだろう。まあ、そんな状況で伯爵に対して連合軍の解散を反対する奴がいるとすれば、色々な意味で見てみたい気もするけれど。
「分かりましたお願いします」
「ああそうそう、その話し合いの場には、絶対に子爵家の代表として参加しろよ。ジークはめんどくさいとか言って、何かしらの理由を付けてサボりそうだからな」
「あ~……了解しました」
少し考えていたことを読まれてドキリとしたが、ファブールの情報収集の為に動いていた時と違い、余程の理由がない限りそのような話し合いの場に代表が現れないのは大問題だろう。
これが学園行事みたいなものなら、確実に仮病でも使ってサボるが……俺は風邪を引くこと自体あまりないし、仮病でも使ったら確実に伯爵自身が確かめに来るだろうから無理だな。
俺が観念したのが分かったのか、伯爵と公爵家の貴族は笑っていた。
その後、伯爵から戻っていいとの許可が出たので、俺はヴァレンシュタイン家の陣に戻り、待機していた騎士たちに事情を話して、時間がある時に荷物の整理などをするように指示を出した。
そして、指示を出したもののまだ本決まりでは無い為、テントなどの片付けは出来ないし、自分のものは基本的にマジックボックスに突っ込んでいる俺はというと、
「暇だな……もう一度、森に入って鳥でも獲ってくるか?」
やることがないので鴨に似た鳥の処理をして、それすらも終えて暇を持て余していた。
「エリカやエイジがいれば、暇を潰せたかもしれないんだけどな」
エリカとエイジは、十日程前に王都へと戻っている。
元々エイジは、俺の影武者として連合軍参加して箔をつけるという目的があり、エリカに至っては伯爵にすら黙って勝手に来ていたのだ。
エイジは仕事が終わったので、学園のこともあるしそろそろ帰るようにと伯爵に言われて素直に頷いていたが、エリカは今後どうなるか気になると言って残ろうとしたものの、それなら王都に戻った後は母親の監視付きで花嫁修業を完ぺきにこなせるようになるまでは、一切の自由行動を制限するがどうする? と言われ、渋々エイジと一緒に戻ることを選んでいた。
まあ、伯爵家の事情について俺がどうのこうの言う権利はないので、どうやって暇をつぶすかを考えた結果……少し手の込んだ鴨料理でも作ってみることにした。
「なんか美味そうなものを作っているな!」
焼き始めてから一時間程したところで、匂いにつられてバンさんがやってきた。
その目は、明らかにおこぼれを狙っている時のガウェインと全く同じものだったが……残念ながら、出来上がりはまだまだ先だ。
「何だ、つまらんな……おっ⁉」
「げっ!」
出来上がりにはまだ時間がかかると言うと、バンさんは残念そうな顔をしていたが、そのすぐ後で、同じく匂いにつられてきたらしいディンドランさんを見てニヤついていた。大してディンドランさんはというと、とても嫌そうな顔をしている……が、匂いの元が気になるのか、この場から離れることを躊躇したようだ。その隙に、
「お前もたかりに来たか! いや、お前たちもだな!」
バンさんがディンドランさんとの距離を詰め、更には二人と同じように匂いに気が付いたヴァレンシュタイン家の騎士たちが集まってきたことで、退路を塞がれてしまった。
「近い! ……ジーク、何を作っているのかしら?」
ディンドランさんは、近づいてくるバンさんに対して手でけん制した後で、一瞬だけハッとした表情を見せ、すぐに無視して俺に話しかけてきた。
「バンさんにも言ったけど、出来上がるのはまだ先だからね」
「いやぁねぇ、何を作っているか聞いただけじゃない。別に欲しいとは……まあ、くれると言うなら貰うけど」
ディンドランさんは、わざとらしく誤魔化そうとしたところで、俺が『やらない』と言い出すのを警戒して、貰えるものは貰うとはっきりと言った。
「ジーク、俺の分もあるよな?」
ディンドランさんに無視されたバンさんだったが特に気にした様子はなく、むしろディンドランさんに乗っかって料理を要求してきた。
それを見た他の騎士たちも、次々に手を上げようとしたが……
「料理に使っている鴨が三羽しかないから、全員分は無いんだよな……どうしようか?」
とてもではないが、子爵軍どころかこの場に居る数十人ですら量が足りないと言うと、
「おい、ディンドラン! 無言で剣を抜こうとするな!」
ディンドランさんが柄の柄に手をかけ、それを見たバンさんが大きく飛びのいてディンドランさんから距離を取った。あのままだと、ほぼ確実にディンドランさんはバンさんに剣を向けていたので、ああするのが正解だっただろう。というか、
「本当に、ガウェインに似てるな……マジでランスローさんとの共通点が見つけられない」
本人たちがいくら否定したとしても、俺には赤ん坊のころにランスローさんとガウェインが妖精によって取り違えられたとしか思えなくなってきてしまった。まあ、妖精なんてものは見たことないけど。
「失礼なことを言うな! とにかく、どう分けるかをはっきりさせないと、ディンドラン程でないにしろ、強引な手段に出る奴らが出て来るぞ!」
確かに、ルール作りは大切だな……と言うことで、
「ファ……ディンドランさん、注意!」
「おいっ! 危ないだろうがっ!」
「ファイト!」と言いかけた瞬間に、ディンドランさんがバンさんに飛び掛かったので、即座に止めて反則を取った。まあ、罰則が科せられることのない反則だけど。
バンさんは長年の経験からか即座にディンドランさんの襲撃に反応しており、俺が止めた後も構えを解かずに一定の距離を保っている。
流石にふざけ過ぎたと思い、まずは皆の意見を聞いてみようと他に目を向けると、
「……流石王都組だな。俺の性格をよく知っている」
ディンドランさん以外の王都組も俺のやることを予測していたらしく、武器をいつでも抜ける状態で他から距離を取って警戒していた。
「皆とりあえず落ち着いてくれ、暴力はよくない」
軽くディンドランさんを窘めつつ、王都組を落ち着かせようとしたのだが……王都組も領地組も全員揃って、
「元凶が何を他人事みたいに言っているの?」
と言った顔で俺を見ていた。もっとも、ディンドランさんだけは声にも出していたけど。
まあ、それに関しては自覚もあるし、俺も仮にガウェインが同じ状況で同じことを言ったとしたら物理込みで突っ込むとは思うけど……フライング気味に、自分が気に食わない相手に切りかかっていたディンドランさんだけには言われたくはない。
「まず大原則として、この料理は十人から二十人程の量しかない」
十人なら一人前くらいだが、二十人ならちょっとしたおかず程度の量と言った感じだろう。
「その内、俺が食べることは確定している」
その言葉に、王都組から一斉にブーイングされたが、鳥を獲ってきたのは俺で調理も俺だ。頭数に入っているのは当然である。
これに納得できないなら、子爵軍代表の権限で王都組は排除すると言うと、一気に静かになったので話を続けることにした。
「それと、ここにいる奴だけで決めてしまうと、今まじめに仕事をしている連中から不興を買ってしまうのは間違いないから、決めるのは夕食の前にくじで決める。そして、一人分の量をかなり減らして、当選人数を五十人程度にする。何か質問は?」
「ジーク、一人当たり満足できる量の方が、私は嬉しいわ」
ディンドランさんが真っ先に手を上げて、まるで自分は確定しているような発言をしたが、
「却下。他は?」
即座に却下した。
ディンドランさんは不満そうな顔をしていたけれど、これにはいくつか理由がある。
まずは、少ない量とはいえ食べられる人数を増やすことで、不満の矛先を分散させる為。
そして、外れても満足できない量しかないと自分を納得しやすくする為。
最後に、当たった奴が食べて満足しているところを見る時間を短くする為だ。
ついでに言うと夕食の時間まで待たせるのは、まだ料理が出来ていないのと俺がくじを作る時間が必要だからだ。あと、外れても他に食べるものがあれば、すぐに気にならなくなるだろうという考えもある。
「無いなら解散。ここに居ない奴にも伝えておいて。それと、俺はこのまま調理を続けるけど、ここに残ってもおこぼれには預かれないから……ね」
このまま残られても気が散るので解散させることにして、何か企んでいそうなディンドランさんに対しては、特に釘をさすつもりで追い払うことにした。
自分に言われたのだと気が付いたディンドランさんは悔しそうな表情を浮かべ、同じくディンドランさんに向けた言葉だと気が付いたケイトとキャスカに連れていかれていた。
その様子を見ていた他の騎士たちは、連れていかれるディンドランさんの後に続いて行ったバンさんに続く形で移動していったので、俺の周辺は一気に静かになってしまったのだった。
「これはこれで寂しいけど……まあ、いいか。それよりも、あとどれくらいで出来そうかな?」
火にかけ続けていた鍋のふたを少しずらしてみたものの、中に火が通っているか分からなかったので、軽くナイフで切れ目を入れてみたところ、中はまだ生っぽかったのでもう少し火を強めてみることにした。
ちなみに、これは思い付きで作ってみた料理なので、名前があるのかどうか分からない。
ただ、どこかで泥を塗って鳥を焼くみたいな話を聞いたことがあったので、そんな感じの料理を目指したのだ。
まあ、この辺りの泥だとどう考えても汚いし食欲もわかないので、泥の代わりに大きな鍋で蒸し焼きにし、焦げ付き防止になべ底に余っていたキャベツの葉っぱをしいて、ついでに鴨のお腹の中にいろいろな野菜を詰め込んだのだ。
味付けは塩のみなので、焦がさない限りは食べられる味だとは思うが……せめて、無難な味に仕上がっていれば成功と言っていいだろう。暇つぶしが主な目的の料理だし。
そんな感じで調理を進め、しばらくしてからもう一度中を確かめると大丈夫そうだったので、そのまま火から下ろしてしばらく寝かせて味を落ち着かせてみた。
その間にくじを作ったのだが……あまり凝ったものを作る時間は無いし面倒臭かったので、近くに落ちていた石を人数分拾い集め、その中から当選者の数だけバツを刻んだ。なお、念の為不正防止の意味を込めて、わざと丸や三角を刻んだものを数個仕込んでおいた。
全員が引くまで見ないようにさせておいて、確認する直前でバツが当たりだと言っておけばいいだろう。
用意したくじは、流石に全部をまとめることが出来なかったので、数個の壺の中に分けて入れてからマジックボックスに入れた。
くじが完成する頃には料理の方もいい感じの温度まで下がっていたので、これもマジックボックスに入れれば……また暇な時間が出来てしまった。
「仕方がない……寝るか」
本当にやることが思いつかず、俺は自分のテントに引き籠って夕食の時間まで寝ることにしたのだった。
ちなみに、いつもより少し早い時間に俺はディンドランさんによって起こされ、くじ引きを急かされた結果……ディンドランさんは、見事に俺の仕込んだ罠に引っかかって、丸の刻まれた石を握りしめていた。
まあ、ディンドランさんなら、わずかな感触から丸に気が付くだろうとは思っていたが、それでも丸の石はバツよりもかなり少ない上に、一人三秒程しか壺の中に手を突っ込めないと決めていたので、丸を引く可能性はかなり低かったはずなのだが……流石ディンドランさんと言ったところだ。
こうして、その日の夕食はいつもより盛り上がったのだが、俺は食事中ディンドランさんと目が会うたびに睨まれてしまい、見事に当たりを引いたバンさんはもっと睨まれることになってしまったのだった。




