第十二話
(魔力量だけなら、俺とエンドラさんの時よりも多い。逃げ切れる保証がないのなら、一か八かやるしかない)
今代の雷は未だにケラウノスを乱発しているが迫る俺に気付いた様子はなく、一度も俺の近くにケラウノスは落ちてはこなかった。
そのおかげで、
「もらっ……ぐあっ!」
難なく今代の雷の懐に潜り込み、ダインスレイヴを突き立てることに成功したのだが、今代の雷は体に雷をまとっていたらしく、心臓を狙っていた剣先がずれて脇を切り裂くだけとなり、おまけに俺は今代の雷が纏っていた雷で感電してしまった。だが、
「逃がすかよ!」
俺はそれでも離れずに、逆に抱き着く勢いで今代の雷にくっついてダインスレイヴの力を全力で解放した。その途端、今代の雷の魔力が一気に流れ込んできて、俺は意識を飛ばしそうになったが何とか堪え、全力で回復魔法を使った。
ダインスレイヴで今代の雷から魔力を奪えるか分からなかったが、至近距離にいるからか離れている時とは違い、普段使う時とあまり変わらないくらいに魔力を奪うことが出来ている。
ただ、奪うだけだと今度は俺の体が爆発を起こしてしまいそうだったので、少しでも魔力を消費しようと思い回復魔法を自分にかけ続けたのだ。
これならダインスレイヴの能力と合わせれば、感電によるダメージをいくらか軽減できるし、下手に攻撃魔法で消費した場合、それがきっかけで今代の雷が爆発してしまうかもしれなかったのでこの方法しか思いつかなかったのだ。
「ゲラブノズ……ゲラブノブ……ゲゲゲボブ……」
こんな状態になっても、今代の雷は俺以外のところにケラウノスを落とし続けている。もはや自分でも何をしているのか分かっていないくらい、完全に壊れてしまったのだろう。
だが、今代の雷がケラウノスを無駄打ちし続けてくれているおかげで、徐々に今代の雷の魔力が落ち着いてきた。
このままいけば、爆発の危険性はなくなり、その後で安心してとどめをさせるかもしれない。
そう思ったが、
「やば……意識が……」
いくら回復し続けているとはいえ、雷によるダメージを上回っているわけでは無い為、俺も限界が近づいてきているようだ。
そして、
「え……」
少し意識が飛びかけてしまったせいなのか、俺と今代の雷の間で爆発が起き、俺は後方へと吹き飛ばされてしまい……そのまま意識を失った。
「……ジーク、ちょっとジーク! ああもう、仕方がないわね!」
「いい加減正気に戻らんか!」
「ぐぶっ!」
頭と腹に強い衝撃を受け、何事かとあたりを見回すと……すぐ近くに、鞘に入れたままの剣を構えているディンドランさんとバンさんがいた。
「ようやく気が付いたわね」
「ファブール軍を相手にするよりもしんどかったぞ……うっ! こ、腰が!」
そんなことを言いながら、剣を腰に戻す二人だったが……服が血まみれになっている。
どこか怪我をしたのかと心配していると、
「ああ、これ? これは返り血よ。その辺りに転がっているでしょ」
などとディンドランさんが言うので、周りを見てみると……血を流して倒れている多数のファブール兵に、息を切らせて座り込んでいる王都組のヴァレンシュタイン軍の騎士たちがいた。
「成程……ところで、ファブール軍が少ないみたいだけど、そんなに強かったの?」
王都組約五十人に対し、ファブール軍は三十人から四十人の間くらい。
ファブール軍がどれくらいの強さか分からないが、ヴァレンシュタイン騎士団が苦戦したということは、かなりの精鋭部隊だったのだろうか? ……などと思いながら、同時に今代の雷と一緒にいた奴らなら、それくらいの強さを持っていても不思議ではない……と考えたところで、
「ディンドランさん、今代の雷は⁉」
その爆発で死んでいるなら問題ないが、もし生き延びていて気を失っているだけなら、もしかすると今すぐにでもケラウノスを放ってくるかもしれない。
急ぎ気配を探るものの、今代の雷らしき魔力を感じることが出来なかった……というより、俺の体調が悪いのか上手く気配を感じることが出来ず、近くにいるディンドランさんやバンさんの気配すら正確に感じ取ることが出来ていない。
「とりあえず落ち着きなさい。今無事な団員に周囲を探らせているけれど、今代の雷らしき男の発見の報告はされていないわ。見つかるのはジークと……いえ、今代の雷によって被害を受けた街の人たちだけね」
ディンドランさんは途中で言い換えたが、実際には俺と今代の雷の戦闘の犠牲者だ。
厳密に言うと、今代の雷の魔法の犠牲者となるだろうが、俺が居なければこんな被害は出なかったので無関係ではない。まあ、罪に問われることは無いだろうが。
「一応、生きているファブールの兵がいるから、そいつらを拷問してどうなっているのかを吐かせましょう」
尋問でない辺りに人権問題はどうなっているのかと考えてしまうが、この世界ではそんなものが通用しないというのはよくある話だし、侵略者相手にちんたらやっていると更なる被害が生まれる可能性もあるので、痛めつけてでも情報を引き出すのは当然と言えば当然のことだろう。
「それと、一つ重要なことを教えておくけれど、騎士団が苦戦したのはファブールの兵では無くて、あなたよ」
「は?」
ちょっと何を言っているのか分からない……と言うのが顔に出ていた俺を見たディンドランさんが、
「私たちがここに来た時、ジークはぼーっとした顔をしながらファブールの兵を相手にしていたのよ! だから、助太刀しようと私がジークのそばに行ったら、あなたは私まで攻撃し始めたの! だから、正気に戻そうと声を掛けたのに、ジークはいつまでたっても気が付かないし、仕方がないからその場にいた全員で取り押さえようとしたけれど、下手に傷つけるわけにはいかないから苦労したわよ! 幸い、ダインスレイヴが使われることがなかったから重傷や重体、死人は出ていないけれどね!」
声に怒りをにじませながら、一気にまくし立ててきた……が、俺にはファブールの兵と戦った記憶も、ディンドランさんたち相手に暴れた記憶も存在していない。
ただまあ、バンさんも苦しそうな顔をしながら頷いているし、周りの団員の雰囲気からも、ディンドランさんの言っていることに間違いはないのだろう。
「それじゃあ、救出した街の住人の手当を……」
「すでにやらせているわ! 連合軍もファブール軍を押しているとのことだから、予定ではエリカが伯爵軍の一部を連れてくるはずよ。それまでは街の守りを固めつつ、手の空いた人員で怪我人の治療ね。まあ、それよりも……これはいったいどうなっているわけ? 説明してくれるかしら?」
ディンドランさんは早口で説明すると、俺を睨みつけながらバンさんを指さした。
「あ~……え~っと……子爵軍指揮官代理兼、子爵軍別動隊隊長兼、憎まれ役のバンさんです」
「ジーク……初めからグルだったのね?」
「最終確認よ。ジークの報告通りなら、まず負けることは無いわ。それどころか、怪我すらしないでしょうね。でも、出来る限り村人を保護するようにも言われているから、そこだけは気を付けるのよ。じゃあ、事前の割り当て通り、各自村人の家に突入し、敵がいなければ住人に簡単な説明をして近くの家に助太刀に行く。問題なければさらに次。それを繰り返していくわよ」
制圧した後は、フランベルジュ軍が来るまで防衛すればいいけど……それまでにファブールの別動隊が来る可能性もあるから、気は抜けないわね。
とりあえず、さっさと制圧しておかないと、ファブールに対する備えも出来ないわ。
「こんなものね」
使うか分からない場所に待機させるくらいだから、大した腕前の奴はいないだろうと思っていたけど、予想通りで少し残念……いや、この場合はホッとしたと言うところかしら? とにかく、私の担当したところはあの女スパイの家なので間取りは事前に把握しているから、居場所と住人の位置を確認してから強引に突入して倒したけど……少しやり過ぎたみたいね。二人いた内の一人は、最初の一撃を食らった後で倒れた際に頭をどこかに打ち付けたみたいで、白目をむいて痙攣しているわ。
「まあ、残りの一人は生きているから関係ないか」
もう一人は死なせずに気絶させることが出来たので、手足を縛って猿轡を噛ませている。
他がどうなっているのかまだ分からないけれど、一人残っていれば最低限の情報は吐かせることが出来るので、残りのファブール兵を間違って殺してしまっていたとしても大丈夫でしょう。もっとも、ろくな情報は持っていないだろうけど。
「ちょっと面倒臭いことになるかもしれないわね……」
他の団員と合流し、無事にこの村を制圧できたことを確認したまではよかったのだが、その後の尋問でこの村にいたファブール兵の一人が仲間の部隊を呼びに行ったことが判明した。
これは捕虜にした兵を別々のところで尋問して吐かせた情報なので、打ち合わせをしていなければ正しい情報なのでしょう。まあ、事前に打ち合わせをしていた場合、普通なら捕まったのはこれで全員だと言うでしょうけど。
ただ、それも村人に確認を取れば一発でバレる嘘だけど。
「どれほどの数が来るか分からないけれど、森の中を何千人で移動することは無いでしょう。せいぜい数百ぐらいでしょうから、様子を見て迎え撃つか決めましょうか? そうね……三百くらいまでなら戦って、それ以上なら逃げましょうか?」
森の中なら数の暴力というのはうまく機能し辛いし、個人の力量と経験の差で数の差をひっくり返すのは簡単だ。ただ、それでも限度がある。
三百くらいなら、私が頑張れば五十しかいなくても勝てるとは思うけど、勝つ前に誰かが欠けてしまうかもしれない。
そうなるくらいなら、この村を放棄した方がいいに決まっている。
などと考えていると、
「後方の森に複数の人影あり!」
周囲を警戒していた団員の一人が、慌てた様子で報告に来た。
「まさか挟み撃ち? この作戦が読まれていたというの?」
そうだとすれば、捕らえた兵があっさりと情報を吐いたのも納得がいく。
絶対的に有利な状況だったからこそ、危険を冒してまで嘘をつく必要はなかったのだろう。
「数は?」
「不明。ただ、森の移動に慣れていた様子」
「分かった。引くわよ、急いで!」
敵かどうかは不明だけど、敵だった場合はこのタイミングで来たことに意味があるはず。つまり、前からも敵が迫ってきているということ。
逃げるなら少しでも早い方がいい。それが数も力量も不明な集団ならなおさら。しかし、
「敵が速度を上げて迫ってきているぞ!」
判断が少し遅かった。敵は私たちを逃がさないつもりのようだ。
こうなれば、迎え撃つしかない。不安はあるが、全滅はない……と信じるしかない。
と、覚悟を決めたところに、
「ヴァレンシュタイン男爵家の旗を確認」
「は? 子爵家じゃなくて、本当に男爵家?」
子爵家の旗は、バンたちがかなりの数持ってきているはずだけど、男爵家の旗は私たちしか持っていないはずだ。何故なら、合流した時にバンが受け取らなかったから……とジークは言っていた。
そうなると、来たのはエリカかしら? 彼女なら、ジークが何かあった時の為に渡していたとしてもおかしくはない。
「何にせよ、敵方が味方を騙るなら男爵家よりも子爵家の旗を偽造するはずね。まだ本当に味方かは分からないけれど、攻撃はギリギリまで待ちましょう」
私たちは建物などの陰に隠れ、正体不明の一団の正体を見極め、場合によっては先制攻撃を仕掛けようと武器を構えていたけれど……
「敵か味方か迷うわね……」
現れたのは、バンとバンが率いてきたヴァレンシュタイン子爵家の領地組だった。
相手の正体に気付いた他の皆は、私にどう対応するかと言った視線を向けていたが……流石に一応味方……と言うことになっているバンたちを攻撃するわけにはいかない。まあ、本音を言えば気が付かなかったふりをしたいところだけど、それをするとジークにも迷惑が掛かってしまうので、ここはぐっと我慢して、
「何故あなた方がその旗を持っているのですか? 返答次第では、ここで切ります」
剣を突き付けるだけにした。
「いきなり現れて、ずいぶんな物言いだな……しかも、それほどの殺気をまき散らして」
「いいから答えなさい!」
ボケたとはいえ、流石は前騎士団長と言ったところかしら? 私の殺気に驚いている後ろの腰抜けどもとは違うようね。
「預かったからに決まっているだろうが。それよりも、この村の制圧が終わっているのなら、先に進むぞ。恐らくはファブール兵もここを目指しているだろうから、早く移動して森の中で迎え撃ちたいからな。さあ、急ぐぞ!」
「あっ! ちょっと! まだ質問は終わっていないわよ!」
バンは私を無視して、一人でさっさと反対側の森の方へと歩き始めた。
バンはあの旗を預かったと言っていたけど、ジークはバンが受け取らなかったと言っていたから、カラード様が領地に送っていたものということかしら?
バンは、自分が連れていた騎士から数十人残るように指示し、私の質問を無視したまま森へと入っていった。
私たち王都組も急いで後を追ったものの、森の中を歩く経験はバンの方が一枚も二枚も上らしく、置いて行かれないようにするだけで精一杯だった。だが、
「あれだけジークをないがしろにしておきながら、ここにきてジークの功績に乗っかろうなんて私が許さないわよ!」
それだけは言っておかなければ気が済まない。
ジークは、当初当てにしていたバンたちの協力がない状態の中で、たった一人でファブール軍の陣地に潜り込み情報を持ち帰り、更には今代の雷と戦うと覚悟を決めたのだ。恐らくは今頃、今代の雷とやりあっているところだろう。
相手はジークが今代の黒だとは知らないだろうが前回のことを覚えていれば、曲がりなりにも自分に逃走を選ばせた相手に対して手を抜いて戦うとは考えられない。
だからこそ、王都組はジークの指示に従い、場合によっては命を投げ捨ててでもジークの為に働くという覚悟をしているのだ。
それなのに、流れが来ているからと言って、逆らっていた輩がジークという勝ち馬に乗ろうとするなんて、恥知らずにもほどがある!
「分かった分かった。話はあとで聞くから、今は静かにしろ。ほれ、敵が来たぞ。お前たちは、今のうちに斜面を登って敵の上を取れ。俺たちはあいつらの足止めをするから、頃合いを見て襲い掛かれ。行ってこい」
確かにバンの言う通り、ファブール兵のものと思われるランタンの明かりが遠くに見える。数は思ったよりも多くはなさそうね。
これなら私たち王都組だけでも十分だとは思うけど……慣れない土地の慣れない状況では、もしかすると不覚を取ってしまう可能性もある。被害を減らして確実に勝つには、バンたちを使うしかない。
あのバンの偉そうな態度も腹が立つし、バンに命令されるみたいで嫌だけど、考えようによっては何か想定外のことが起こりそうな場合、バンたちを囮にして先に進んだり撤退したりすることが可能になるのはいいわね。むしろ、ファブール軍とバンたちを無視して、そのまま先に進んでやろうかしら?
「皆、行くわよ」
とりあえず、バンたちを見捨てるかどうかはファブール軍の様子を見てから判断することにして、私は王都組を引き連れて斜面を登り、襲い掛かるのに都合のいいところで身をひそめた。
「ファブール軍は完全に油断しているわね……仕方がないわ。ここはファブール軍を先に潰すことにしましょうか」
ファブール軍は、私たちが先回りしているなど想像していないらしく、ろくに周囲を確認しないままダラダラと森の中を進んでいる。上から見る限りでは、数は多く見積もっても百を少し超えるくらいだろう。
バンがどういった方法で足止めをする気か知らないけれど……もうそろそろファブール軍の最後尾が私たちの前を通り過ぎそうなんだけど……本当にバンはちゃんと仕事をするのかしら? まさか、私たちを裏切ろうとか考えていないわよね?
そんなことを考えていると、
「何この音⁉」
いきなり笛のような甲高い音が森の中に響き渡り、私たちの下を移動していた何人かのファブール兵の頭が破裂した。
「と、とにかく、行くわよ! 総員、突撃!」
私たちは斜面を一気に駆け下り、混乱するファブール軍に襲い掛かった。
私の思った通り、ファブール兵は百人程度しかいなかった上に油断しきっていたようで、ほんの短い時間で私たちはほぼ無傷の状態でほとんどの敵兵を討ち取ることに成功した。
「全く、敵とはいえ、こんな質の悪い兵を使わないといけないのは、向こうの指揮官に同情してしまうな。それはそれとして、先を急ぐか。うちの若様が待っているはずだぞ」
「若様?」
バンは周囲に隠れているファブール兵がいないかをさっと確かめると、聞き捨ての出来ない言葉を残して歩き出した。
問い質したいことがいくつかあったけれど、バンはわざと私の言葉を無視して先に進み……そのままファブール軍が占拠した街の近くまで到着してしまった。
「まだ兵が残っているな……しばらく様子を見てみるか? 流石に、二百人そこそこで千近い敵を相手にするのは……いや、動くな、これは」
ジークのことを考えれば一刻も早く間近で状況を確認したいけれど、バンの言う通りここで無理してジークと合流しようとすれば、下手をすると敵兵を引っ張って行ってしまい、逃げ道を塞がれてしまうかもしれない。
バンと同じ意見になるのは悔しいが、ここはもう少し我慢した方がいいのだろう……と思っていたら、バンがファブール兵がいる方とは違う方向に視線を向けて何かを呟いた。すると、
「まさか気付かれた⁉」
敵陣が慌ただしくなり、ファブール兵が戦闘の準備を始めた。
「いや、違うな。俺たちじゃない」
私は、私たちが敵に見つかってしまったのかと思い、迎え撃つように命令を出そうとしたが、バンは私を手で制して静かに否定した。
「どこの部隊かは知らんが、味方が敵本陣に仕掛けたようだ。向こうも連合軍を警戒していただろうから、それらをすり抜けて接近するとは、なかなかやるな」
そしてバンがそう褒めた時、ファブール軍が隊列も組まずに続々と陣地から飛び出していった。
「そろそろ頃合いだな。せっかく味方が作ってくれたこのチャンス、逃すわけにはいかないな」
そう言うとバンは背負っていた弓を構えた。
「行くぞ、ディンドラン! 遅れるなよ!」
そして矢を空に向かって放つと、森の中で聞いたあの甲高い音が戦場に響き渡った。
「あ、ちょっ! ええい! 行くわよ! 総員、ファブール軍の陣地を突っ切って街に突入! 立ちはだかる敵は、一人残らず切り捨てなさい!」
「男爵家の旗を掲げろ! この戦の一番の手柄は、我々ヴァレンシュタイン男爵家のものだ!」
「「「おおおーーーっ!」」」
バンの放った矢の音と、私たちの雄たけびで敵は自分たちが挟み撃ちにされていると気が付いたようだが……時すでに遅しというやつね。
確かにファブール軍の方が私たちや突出してきた味方を合わせた数よりも多そうではあるけど、立て続けに不意を突かれた後では、全ての兵が戦意を保つことは難しいだろうし、何よりも私たちが奇襲を仕掛けているのだ。数の有利不利など、取るに足らない情報で成果ない。
おまけに、ファブール軍の本隊をすり抜けて迫ってきたのはフランベルジュ伯爵家のようだ。これではあのファブール兵たちにとって、泣きっ面に蜂どころの話では済まされないだろう。
「ここに止まって戦う必要はないけれど、出来る限り敵の数を減らしてフランベルジュ家を援護するのよ!」
フランベルジュ家がファブール軍を突破してきたということは、その背後から追いかけてきている部隊がいる可能性が高い。
もしここでファブール本陣に兵を残したままにしておくと、今度は逆にフランベルジュ家が挟み撃ちになってしまうかもしれない。それだけは避けるべきだ。
「ディンドラン! ここに何部隊か残していくぞ!」
「そっちから出しなさい!」
バンも私と同じ考えだったらしく、フランベルジュ家の援護の為の部隊を残していくことになった。
まあ、三十人程しか残せないだろうけど、フランベルジュ家の兵と合わせればこの陣に残っている敵くらいなら問題ないだろう。それに、もしもフランベルジュ家を追いかけてきた部隊が想像よりも多かった場合、私たちにその情報を知らせる者が必要だ。
バンがこの場に残る部隊を決めている姿を横目に、私たち王都組はジークのいる街へと向かおうとしたが……ファブール軍の陣地の端が見えてきたというところで、思わず足を止めてしまった。
「おい、何を呆けて……なんだ、あの光は?」
バンは私たちが足を止めたことを咎めようとしたみたいだけど、そんな自分も私たちの視線の先の光景に気が付くと、同じように固まっていた。
「何が起こっているの? 自然発生したものでは無いわよね?」
大分離れているところからでも分かるくらいの光が、間髪入れずに連続して発生している。
「まさか、今代の雷の魔法? だとすればジークは暗殺に失敗して、今も戦っているということ……よね?」
あの光は雷が落ちた時のものによく似ているけれど、雷にしては低すぎるし音も聞こえてこない。
つまり、ほぼ確実に今代の雷の魔法と言うわけだ。
「よし! 行くわよ!」
「「「おうっ!」」」
私の命令に、王都組は迷うことなく応えた。
「ほう……何か策があるというわけか」
領地組はまだ少しためらっているようだけど、私たちの自信満々な様子にバンは何か勘違いをしていた。
「はぁ? そんなものあるわけないでしょ」
ジークが今代の雷と戦っているのなら、私たちはその手助けをしなければならない。それはこの場に居る以上、当たり前のことだ。
まあ、逆に足を引っ張ってしまう可能性もあるけれど……その時はその時で方法を考えましょう。
「出来ることがあるならやる。無理なら一度引いて考える。怖いなら、ここで待つか帰りなさい!」
「あっ! ちょっと待て! ……って、速いな、おい!」
走り出した私たちに、バンたちは反応できなかったみたいだけど、遅れながらも走り出したみたいなので、一応ついてくる気はあるようだ。
「光が止まった? 戦いが終わったというの? まあ、どうせジークが勝ったに決まっている……わよね?」
今代の雷の強さを正確に知っているわけではないし、一度はジークもギリギリまで追い詰められたから不安はあるけれど、ジークが二度目の相手に後れを……結構とっているわね。いや、それらは訓練でのことだし、本気の本気でやりあったわけじゃないから数に含まなくてもいいわよね?
「ディンドラン! 何を不安そうな顔をしているんだ! 今はとにかく、ジークの元に到着することだけを考えんか!」
などと、バンが苦しそうな顔をしながら叫んでいるが……年寄りは黙っていてほしいわね。ただ、こんなところでもしもの時のことを考えても仕方がないのは確かだわ。
今いるところからだと、後五分もかからずに街へ入ることが出来る。そうすれば、後は一番被害が激しいところが騒がしいところを目指せばいいだけだから、ジークと合流するのは簡単でしょう。問題は敵兵に会わないかというところだけど……向かってくる奴は、全員叩き切ればいいだけのことよ!
そんなことを考えているうちに私たちは街へと足を踏み入れ、敵に会わないまま今代の雷がいたという冒険者ギルドの近くまで来た時に、
「見つけた! ジーク!」
ジークを発見した。
ジークは今まさに襲い掛かってくる敵兵を切り捨てたところで、その近くには何人ものファブール兵が血を流して転がっていた。ただ、
「何か様子が変ね?」
ジークは敵に囲まれているというのに魔法もダインスレイヴも使わずに戦っていて、おまけに足元がふらついている。その様子は酔っ払いか、もしくは寝ぼけているみたいにも見える。
「とにかく、ジークを囲んでいる敵を蹴散らすわよ!」
私たちの登場に敵は驚き怯んでいたが、明確に逃げ出そうと言った様子は見られなかった。
その隙を逃さずに、私たちは一気に襲い掛かり……数の差もあって、ジークを発見してからたったの数分で敵を全滅させることが出来た。
「周辺に敵が潜んでいないか確認しなさい! それと、何人かは街の外を監視し、敵が攻めてこないか見張りなさい! それ以外で手が空いている者は、怪我人の救助よ!」
指示を出すと、すぐに団員たちは各々で声を掛け合いながら役割を決めて動き、その様子を確認した後で、
「ジーク、怪我はない?」
「今代の雷はどうなった?」
私はジークに声を掛けた。何故か一緒にバンもついて来たけれど、今はジークの確認の方が先だ……というのに、
「ジーク?」
「寝ているのか?」
ジークに声を掛けても反応がなく、それどころか、
「うおおぅ! なんだ⁉」
肩に手を置こうとしたバンに向かってジークは剣を振りぬいた。
「余程バンに触られたのが嫌だったのね」
「そんな冗談を言っている場合か! 明らかに様子がおかしいだろうが!」
確かに、ジークの様子はおかしいが……バンが嫌だったからというのは、あながち間違いではない気がする。
「この状態のジークは、久しぶりに見るわね」
「何か知って、おわっと!」
今のジークは、完全に意識を失っているというのに、本能だけで動いている。つまり、自分に触れようとしたバンを、無意識のうちに敵と判断したということだ。
こんな状態になるのは、ジークがまだ子供のころに、私たちが調子に乗って訓練を付けた時以来……いえ、正確にはジークの学園入学前に、調子に乗ってお酒をガンガン飲ませた時依頼かしら?
あの時のジークは、私や団長のみならず、挑みかかった団員のほとんどを酔い潰していたわね。
「バン、ジークを傷つけないようにするのよ! しばらく相手にしていたら意識を取り戻すだろうから、それまで踏ん張りなさい!」
そういって私は、二人から距離を取ろうとしたのだが……
「お前も手伝わんか!」
バンがジークの攻撃をよけながら足元にあった石を蹴り飛ばしてきたので、私は思わず剣を抜いてその石を弾いた。すると、
「ジーク、今のはちが……来るなーーー!」
剣を抜いてしまったことでジークは私も敵だと認識したようで、バンのみならず私にまで攻撃を仕掛けてくるようになってしまった。
そうしている内に、異変に気付いた団員たちがジークを止めようとして……揃って攻撃対象とみなされてしまったのだった。




