第十五話
「男爵殿、お疲れさまでした。お背中をお流ししましょうか?」
「いえ、ランスローさんに背中を流させるのは忍びないです。むしろ、こちらがお背中をお流しいたしましょうか?」
爵位で言えば俺の方が上ではあるが、世間的な評価としてはいきなり出てきた俺よりも、騎士として国内でも上位に入ると言われているランスローさんの方が上も上で、普通に考えたら比べ物にならないだろう。まあ、もし声をかけてきたのがガウェインだったら、遠慮なく流してもらう……いや、あいつのことだから、絶対に悪戯を仕掛けてくるので、断って離れるのが正解だな。
「まあ、そう言わずに、素直に流されておきなさい」
と言ってランスローさんは、半ば強引に俺の背中を流してきた。
「ところでジーク、今回の訓練で、自分に足りないものが何なのか分かりましたね?」
いつもよりも丁寧な口調になっているのは、先程からかって爵位で呼んだことを続けているのではなく、お説教……と言うか、先達としての教育者のような立場から指摘するつもりだからだろう。
「はい、もしもあれが同じ戦力だった場合、結果は真逆になっていました」
自分の体と感覚で覚えろ! なガウェインやディンドランさんと違い、ランスローさんは順序を立てて丁寧に教える傾向が強い。
「ジークの場合、貴族や騎士としての教育の時間は短く、更には基礎を教わる前に学園を去ってしまったという理由がありますし、ついでに言えば個人で戦況を一変させる強さも持っていますから、あの結果になったのは仕方のないことではあります。しかし、今後ヴァレンシュタイン子爵家を継ぐ、もしくは自前の騎士団を持つということになれば、そう言うわけにはいきません。今後は、そう言った方面の勉強も意識しなさい。幸いなことに、カラード様に私、そしてガウェインと言った、実戦で指揮を執った経験のある者が子爵家にはいるのですから、分からないことは聞けばいいのです。それに、反則気味のやり方ではありますが、ジークの持つ王族とのコネを活用して、王城に保管されている記録を見せてもらうというのも一つのやり方でしょう」
と、かなり有効なアドバイスをもらうことが出来た。それに、アーサーを頼るという、確かに反則じみた方法も教えてもらったし、今度頼んでみるのもありだろう。ただ、少し納得できないのは、
「カラードさんとランスローさんは分かりますが、ガウェインは参考にならない気がするんですけど?」
ガウェインがランスローさんたちと同格扱いされていることだった。まあ、俺でも一応騎士団長なので、指揮を執った経験はあるだろうが……号令だけかけて後はランスローさんに丸投げし、ディンドランさんと共に相手に突っ込んでいくところしか思い浮かばない。
そんな俺の考えていることがすぐに分かったのか、ランスローさんは苦笑しながら、
「言いたいことは分かりますが、ああ見えてガウェインは指揮が上手いですよ。確かに戦術面で言ったら、私やカラード様の方が知識は多いとは思いますが、戦場の流れを感じるという点において、ガウェインは私とカラード様を大きく上回ります」
「つまり、野性的で勘が鋭いと?」
「ええまあ、そう言ってしまえばそうなのですが……それでも、そう言った場面で適切に指揮を執る際の判断力は、私以上と言っていいでしょう。もっとも、普段は私に丸投げすることも多いですし、敵に突っ込んでいくのが大好きですけどね」
などと、ランスローさんはガウェインを褒めた後で、ちゃんと落ちをつけていた。
まあでも、ランスローさんがそこまで言うのなら、参考程度には話を聞いてみても面白いかもしれない。ただ、かなりの確率で話が脱線しそうではあるが。
その後、俺もランスローさんの背中を流して湯船に移動……というところで、
「男爵、今日は色々と勉強になった! 礼を言う!」
フランベルジュ伯爵とカラードさんが風呂場に入ってきた……って言うか、この二人が入ってくると、他がくつろげないのではないか……と思い、湯船に入るのを止めて、他の騎士たちを見てみると、
「我々に遠慮せずに、ゆっくりとしていけばいいのに……」
すでに何人かの騎士がさりげなく風呂場から出て行っており、残っていた騎士たちも出るタイミングを見計らっているところだった。
「伯爵、流石に双方のトップがいる状況では、心が休まることは無いと思いますよ?」
もし入ってきたのがフランベルジュ伯爵かカラードさんのどちらかだけならば、隅の方で大人しくなる程度だっただろうが、両方が入ってくれば遠慮してしまうのは仕方がないだろう。現に今現在風呂場に残っているのは、双方の騎士団でもベテランや上の役職に就いている者がほとんどだ。
俺の指摘が指摘すると伯爵は残っている面々をみて、「それもそうだな」と笑っていた。そして、
「エイジ、何を恥ずかしがっている? さっさとこっちにこい!」
大きな声で入り口の辺りで立ち止まっていたエイジを呼んだ。
父親から呼ばれて、エイジは渋々と言った感じで近寄ってきたが……エイジからしてみれば、自分から柄かって言って返り討ちにあった相手がいて、しかもその父親と国内で有名な騎士がいる場所に近づくのは、出来ることなら避けたいところではあるだろう。
「さて、風呂に入る前に汗を流さねばならんが……ジーク、悪いが背中を流してくれ」
カラードさんが、そのまま湯船に入ろうとしそうな伯爵をけん制する為なのか、わざとらしくそう言うと、伯爵は苦笑を浮かべながら、
「それならこちらはエイジに背中を流してもらわんとな」
と言った。
一人残された形のランスローさんは、一瞬俺の代わりに背中を流そうかとしていたみたいだが、カラードさんと目が合うと静かに湯船の方へと向かっていった。
「そう言えば、ジークに背中を流してもらうのは久々だな。風呂は一緒になることが多いのだがな」
「そうなのですか。うちのは風呂に誘っても、嫌がって入ろうともしませんでな」
背中を流し始めると、カラードさんが気持ちよさそうにしながらそう言った、すると伯爵もエイジに指示を出しながら言い、二人して笑っていたが……俺はともかくとして、エイジの方は何となく恥ずかしそうにしていた。
まあ、年頃の男のにしてみれば、親と一緒に風呂に入って背中を流すというのは恥ずかしいものなのだろう。
俺からすると、前の世界の記憶……と言ってもあまり詳しくは覚えていないが、そう言ったものも含めると今の年齢以上の経験があると言えるし、そもそもヴァレンシュタイン家に来た時からガウェインたちと風呂に入ることが多かったので、一番下っ端だった俺が背中を流すことは当たり前みたいな扱いだったのだ。
もっとも、男爵となって身分がヴァレンシュタイン家の男で二番目の地位となった今でも、背中を流させようと命令してくる奴がいるし、訓練後の付き合いの一環でお互いに背中の流し合いをすることはよくあるので、別に恥ずかしいことでもないと思っている。
「ふ~……ところで男爵、エイジと戦ってみてどう思った? 以前よりは考えるようになったと俺は思うが、相変わらず手も足も出ないようだったのでな」
湯船に移動して早々に、伯爵がエイジについて聞いてきたので、
「前よりは少しマシになったというところでしょうか? 少なくとも、エリカの真似をしなくなったのはいいことだと思いました」
と答えた。正直に言えば、マシになったと言ってもそれは毛が生えた程度の成長だが、ここで馬鹿正直に言えばエイジの努力を無駄だったと言ってしまうようなものだろう。流石に親の前でそれは酷すぎる。
「成程……エイジ、聞いたな? 男爵はマシになった言ったが、それで一撃も入れられないようなら大した成長ではないということだ。今後も精進するように、幸い、今後もしばらくはヴァレンシュタイン家との訓練は続く、得るものは大きいぞ」
俺が石化う言葉を濁したというのに、伯爵はあっさりと本当のことをエイジに告げた。まあ、俺も嘘は言っていないとはいえ、あのままではエイジの今後の成長に響く可能性があるという伯爵なりの親心だったのだろう。
案の定、エイジは少し落ち込んだみたいだが、エリカの弟ならこれを今後の糧にするだろう……多分。
「それで、エリカの方はどう感じた? 見ていた限りでは、かなりいい線を言っていたように見えたが……まあ、割と簡単に逆転されていたようにも見えたから、親のひいき目かもしれなんがな」
エイジの話が出た時から、次はエリカの話になるだろうと予想していたが……こちらに関しては、特に気を使わなくても大丈夫だ。
「かなり強くなっていますね。振る速度も強さも上がっているみたいでしたし、勢いづかせてしまうとかなり厄介です。後手に回れば、並みの相手ならそのまま押し切られるでしょう。ただ、相変わらず想定外の出来事に弱いというか……集中しすぎて、周りが見えない時がありますね。それと、とどめの時に力む癖が出てました」
何せ、そのままの感想を言えばいいのだから。
「ふむ……それを男爵からエリカに言ってほしいところだが……俺から言った方がいいだろうな。男爵からだと、下手をすると考えすぎるかもしれん。それにしても……よく見ているな」
「ええまあ、ヴァレンシュタイン家を除けば、一番訓練の相手をしていますからね。もっとも、学生時代の話ですが」
と、そう言った瞬間、下手するとエリカは学生の時から大して成長していないと取られるのではないか……と思ったが、伯爵は面白そうに笑うだけで、何故かカラードさんとランスローさんも笑みをこぼしていた。
「今後、戦争が始まるまでに何度か訓練する予定ではあるが……出来ることなら、その後も時々こうして交流を持てるといいな」
「ええ、そうですね。それはこちらも同じ考えです。我が家は少数精鋭と言われてはいますが、裏を返せば訓練の相手が少ないということですからね」
という感じで、今後も伯爵家との訓練という交流は続く可能性が高くなった。
その後、長湯をし過ぎたせいか、メイドがすでに食事の準備が出来ていて、先に上がった皆が待っていると呼びに来たことで、俺たちは急いで風呂から上がったのだが……エイジは訓練の疲れがたまった状態で長湯をしたせいかのぼせてしまい、風呂から上がったところで倒れそうになってしまったのだった。
「流石に長湯が過ぎましたね」
「めったにない他家との交流だからな。伯爵が話しやすいというのもあるが、新しい友人との語り合いは楽しいものだ」
ランスローさんとカラードさんが楽しげに話しながら会場へと向かう中、俺はというと、
(あれ、エイジのトラウマにならないか?)
裸の状態で伯爵に担がれていったエイジを心配していた。
風呂場から上がって倒れかけたエイジは、とっさに伯爵に腕を掴まれたおかげで大事には至らなかったのだが、完全に目を回していて俺たちが着替えている間も横になった状態で気を失っていたので、伯爵が背負って医務室に運んだのだ。
その際、エイジの腰にはタオルが巻かれたのだが……伯爵が背負った拍子にエイジのお尻と大事なところが丸見えになってしまい、その瞬間を様子を見に来ていたメイドたちにばっちり見られてしまっていたのだ。
まあ、目撃者が秘密にしていればエイジが知ることは無いはずだが……人の口に戸は立てられぬともいうし、こういった話はどこからか自然に漏れてしまうものなのだ。
それがエイジの耳に入りでもしたら……本人の心に深い傷が刻まれるかもしれない。
(これがヴァレンシュタイン家なら……ガウェインが積極的に言いふらすだろうな、絶対に)
頭の中で馬鹿笑いするガウェインを思い浮かべて少しイラっとしたが、あくまでも想像でしかないのでガウェインからすればお門違いではあるだろう。もっとも、もしこれをランスローさんたちに話せば、俺の意見に同意してくれると確信しているけどな。
「おや?」
「珍しいな」
二人が足を止めて何かを見ていたので、俺も自然とそちらに目を向けたのだがその先に居たのは、
「ディンドランさん……と、エリカ?」
と、ヴァレンシュタイン家とフランベルジュ家の女性騎士たちだった。
どうやらディンドランさんたちは、今回の目的通り女性同士で交流を深めているようだ。ただ、それのどこにカラードさんが珍しがる要素があるのか分からなかった。そんな俺に、
「……ジークは、いまいちあの光景の珍しさが分かっていないようですね。まあ、仕方がないことかもしれませんが」
と、ランスローさんがあの光景の説明をしてくれた。
それによると、カラードさんが珍しがっていたのは、ディンドランさんが他家の騎士と仲良く話しているからだったそうだ。
何でもディンドランさんは人見知りするところがあるらしく、仕事と割り切っていれば初対面でもそれなりに話すことは出来るそうだが、あそこまで親し気に会話することは稀なのだそうだ。
「そんなディンドランがあそこまで楽しそうに会話するとは……恐らくはフランベルジュ嬢が懸け橋となっているからだとは思いますが、本人の成長もあるのでしょう。喜ばしいことですね」
「そうだな。なまじ才能が有り過ぎたせいで、子供のころから大人に交じって訓練させていたことも関係していたのだろうが、常々どうにかならないかと頭を悩ませ、あの年ではどうにもならないのだろうと半ば諦めていたが……人はいくつになっても成長できるものなのだな」
二人は涙こそ流していないが、かなり感動しているみたいだ……と言うか、カラードさんの言い方だと、下手をすると俺も同じような道を歩むことになりかねていたんじゃないか? ……と思ったところで、そう言えば年の近いアーサーがよく遊びに来ていたな。俺が人見知りにならなかったのはアーサーのおかげだったのかもしれないな……などと考えていると、
「とはいえ、このまま見ているわけにもいきませんね」
「そうだな。それに、伯爵がもう少し遅れるということも教えておいた方がいいだろう。そう言うわけでジーク、フランベルジュ嬢たちに声をかけてきなさい」
いや、なんで俺が? ……と思ったが、確かにランスローさんだと向こうの騎士が緊張するかもしれないし、カラードさんではなおさらだろう。
そうなると、エリカの同級生である俺が一番適任だと言われればそうだと言えるのかもしれない。
なので、向こうに気が付かれやすいように正面から近づき、
「エリカ、ディンドランさん、談笑中に横から口を挟んで申し訳ないけど、伯爵が諸事情でもう少し遅れそうだ」
二人に声をかけた瞬間、
「そ、そう」
と言ってエリカが返事をしたものの、何故か数歩下がってディンドランさんの後ろに隠れるような仕草をした。
そしてディンドランさんはディンドランさんで、エリカをかばうような形で一歩前に出てきている。
何故か嫌われたような雰囲気を出され、微妙に気落ちしそうなところに、
「ジーク、用事が済んだのなら向こうに行っていなさい。女の子の会話の邪魔よ」
などとディンドランさんは言いながら、犬を追い払うかのように手を振った。
流石にそのしぐさにカチンときたが、それ以上に気になったのは、
「女の……子?」
ディンドランさんを現すには、少々不似合いな言葉だった。
確かに、エリカなら俺と同い年だし、女の子と言っても問題ない年齢だ。ただ、ディンドランさんは……女の子と言うには、少々……具体的には、十年ほど過ぎているような気がする。
まあ、ある程度年かさの人が、自分より若い女性を女の子扱いする時もあるだろうが、自分で言うのは違うだろう。
それに、フランベルジュ家の女性騎士の年齢は知らないが、今日訓練に来ているヴァレンシュタイン家の女性騎士は、ディンドランさんと同じか上の年齢だったはずだ。
「ジーク? 何か言いたそうな顔とセリフね?」
そんな思いが伝わったようで、ディンドランさんは……と言うか、ディンドランさんとヴァレンシュタイン家の女騎士たちはゆっくりと俺の方に体を向けて、じりじりと距離を詰めてきた。
ちなみに、エリカを始めとするフランベルジュの女性騎士たちは、どういった反応をしていいのか分からずに、ことの成り行きを見守っているだけだ。
このままだと、ディンドランさんに後ろを取られて囲まれてしまうが……その前にある場所まで逃げれば問題ない。何故なら、
「卑怯よ、ジーク!」
流石のディンドランさんも、主と上司には逆らえないはずだ。しかも、ディンドランさんたちに声をかけたのはカラードさんの指示なので、卑怯も何も俺がカラードさんに助けを求めるのは当然の権利なのだ。
「ディンドラン、落ち着きなさい。カラード様の前ですよ」
ランスローさんの言葉で静かになった後で、
「ディンドラン、先程のやり取りは全て聞いていたが……まあ、確かにジークにも問題はあった。それは確かだ」
カラードさんが口を開いた。
なんか風向きが悪くなったような気がするし、ディンドランさんの口元が少しニヤついているようにも見える。しかし、
「だがそれ以上に、ジークへの態度は見逃せない。確かに普段のお前たちは、傍から見ると姉弟のように接しているが、ジークは男爵でディンドランは騎士だ。そして、ジークはディンドランにとって主ではないが、それに近い立場にある。我が家だけの中でなら、ジークが気にしないなら別に問題にする気もないが、ここはフランベルジュ伯爵家だ。そのことをよく考えた上で、先程の己の態度を振り返ってみろ」
あまり見たことがないくらいの迫力で、ディンドランさんはカラードさんに怒られたのだった。
「申し訳ありませんでした」
確かによくよく考えてみれば、ランスローさんはいつも以上に丁寧な言葉遣いと態度で俺に接していた。
それからすると、ディンドランさんの態度は俺、もっと言えばヴァレンシュタイン家を軽んじるものだったとなる。まあ、俺もカラードさんも、別にそこまで深く考えてはいないが、他人からすればそう取られてもおかしくない態度だったということだろう。
ディンドランさんがカラードさんと俺に頭を下げたことで、この件は終わった……かのように見えたが、
「ディンドラン、この続きは子爵家に戻ってからするといい。しかし、伯爵家にいる間はしっかりと反省せよ」
「はっ! 了解いたしました!」
などというカラードさんの爆弾発言で、第二ラウンドが子爵邸に戻ってから確実に行われることが決定したのだった。
俺は思わずランスローさんの方を見たが、
「ジーク、諦めなさい。それに、いつまでも根に持たれるよりも、早い段階で解消した方がジークにとってもいいでしょう?」
と言って突き放されたのだった……前から思っていたが、カラードさんもランスローさんも、ディンドランさんに対しては結構甘いよな……
などと、避けることの出来そうにない運命を思いながら、俺はどうせならガウェインも巻き添えにしてやろうと、心に決めたのだった。
「おい、ジーク! お前、ハメやがったな!」
「お前が自分から勝手にハマりに行ったんだろうが!」
子爵邸に戻って早々に、俺はディンドランさんたちに捕まる前にガウェインを探し出し、伯爵家で起こったこと(特にディンドランさんの発言)を教えたところ、思った通りガウェインは大笑いし、俺を探しに来たディンドランさんに向かって女の子発言をいじり出したのだ。
そう言った理由から俺は今、ガウェインと共にディンドランさんに追いかけられている。ちなみに、あの場に居た他の女性騎士たちも追いかけてきているので、このままだといずれ捕まるのは目に見えている。そして、逃げれば逃げるだけ、ひどい目にあうことになるとも……
なので、
「サマンサさん、調停人をお願いします!」
人を間に入れて解決を図ることにした。
「何を企んでいるのかは知らないけれど……まあ、引き受けましょう。あまり屋敷の中をバタバタと走り回られても困るしね」
こうしてサマンサさんという調停人を置いて話し合うことになったのだが……俺側の席には俺とガウェイン、反対側の席には女性騎士代表のディンドランさんにケイトとキャスカだ。
ちなみに、わずかに用意された傍聴席には、カラードさんとランスローさんが座っていて、他の傍聴希望者たちは、部屋の扉を開いたり窓の外に回って中の様子を窺っている。
「一対三か……まあ、なんとかなる……か?」
「いや、俺も頭数に入れろよ」
ガウェインが何か言っているが、人数的に言えば俺の方が不利だ。なので、
「サマンサさん、まずは俺からいいですか?」
「そうね。発言を許可します」
先手必勝で逃げ切りを目指すことにした。
「まず今回の原因の一つに、ディンドランさんが自分を女の子と表現したことにあります。通常、女の子とは女の子供……女児を表す言葉です。まあ、他にも年若い女性をそう呼ぶこともありますが、それは相手との年齢差で変わるでしょう。つまりこの場合、俺より年上のディンドランさんが、俺に向かって自分のことを女の子だと言うのは不自然です」
「まあ……確かにそう言われればそうね」
最初の一撃は、サマンサさんに響いたようだ。
これに関してディンドランさんが何か反論しようとしたが、
「確かに、俺の言い方も悪かったでしょう。それは認めます。ただあの時、俺はカラードさんに言われて、フランベルジュ伯爵が諸事情で少し遅れるという話を、主催者側の一人であるエリカ・フランベルジュに伝えようとしていました。なのに、エリカには避けられるし、ディンドランさんにはまるで犬でも追い払うかのように邪険に扱われました。そこに女の子発言です。多少反応が強くなってしまうのは仕方がないのではありませんか? もしもあの時、ディンドランさんが女の子ではなく、『女性』と言うような言葉を使っていたとしたら、俺はあそこまで過剰に反応しなかったでしょう」
俺はその隙を与えずに、自分にも悪いところはあったが、その原因を作ったのはディンドランさんの方だと主張した。
「確かにジークの言い分はもっともね。ディンドラン、何か反論は?」
「う……ありません」
元々いつもの調子でふざけたところ、俺から反撃を食らって引っ込みがつかなくなっていたというのが大きいみたいだったので、正式な場と仲裁できる人を用意し、どちらに非があったのかをはっきりさせれば、勢いのなくなったディンドランさんは引くしかできないのだ。
まあ、それでもサマンサさんが多少はディンドランさんの肩を持つ可能性もあったので、ここまで完璧にことを運べたのは運がよかったと言えるだろう。
しかし、
「でもサマンサ様、ジークは私たちの悪口を団長に吹き込んでいました」
と、最後のあがきというか、ディンドランさんにとって納得のいかなかったことを吐き出したが、
「それについては、少し違います。確かに俺はガウェインにディンドランさんのことを話しましたが、正確には『伯爵家との訓練はなかなか面白かった。ただ、訓練終わりの入浴後に女性陣に声を掛けたら、ディンドランさんに女の子同士の会話の邪魔をするなと言われた』と、報告ついでの話の流れで言っただけです」
つまりは、事実に基づいた報告なのだ。しかも、訓練が面白かった以外は脚色などしていない。おまけに、ガウェインは俺たちの帰宅に気付いて我先にとやってきていたので、俺の周りにはそのことを証明する人物がいた。それが、
「ランスローさん、確か俺のすぐそばで話を聞いていましたよね?」
「ええ、確かにジークはガウェインに対し、脚色無しの事実しか伝えていませんでした。そしてその中に、ディンドランの話題が出てきたことは確かですが、ジークの言うように悪口に当たるような言葉などは無かったと思います」
ランスローさんは俺に話を振られて、苦笑しながらサマンサさんにそう証言した。言い方に多少の含みを持たせていたのは、俺は確かに悪口は言っていなかったが、ガウェインが調子に乗るように誘導はしていたと確信しているからだろう。
「え? ちょっと待てよ、おい!」
急に仲間だと思っていた俺から梯子を外されて単独犯にされたガウェインは、焦りのあまり俺の体を強く揺さぶり始めたが……
「サマンサ様、ジークとの件に関しては私の方に非があったことは認めます。しかしながら……団長に関してはその限りではありませんよね?」
「そうね。ガウェインとのことに関しては、あなたは完全な被害者よ。好きにしていいわ。ただし、その前にジークに謝っておきなさいね。では、解散」
多少飽きが来ていたらしいサマンサさんは、半ば投げやりな形で調停を終了させると、カラードさんと共に調停の場となっていた部屋から出て行った。
「ジーク、今回のことは不幸な行き違いだったわ。ごめんなさいね」
そして謝罪をするように言われたディンドランさんはというと、全く反省していないような様子で形だけ謝罪の言葉を口にした後で、
「団長、覚悟!」
ガウェインに飛び掛かった。
「ば! ……畜生! ジーク、覚えていろよ!」
ガウェインは飛び掛かってきたディンドランさんをやり過ごそうと、椅子を倒して後ろに飛んで回避しようとしていたみたいだが、俺がさりげなく椅子の背もたれを押さえたせいで逃げ遅れてしまい、ディンドランさんと手四つの状態で力比べをするハメになっていた。
「危ないし、このまま暴れられると椅子やテーブルが壊れそうだから、回収しておくか」
俺は二人の周辺にあったものを片っ端からマジックボックスに入れて退避させると、さっさと部屋から出て行こうとした。だが、
「ジーク、先程のアレは貸し一つですよ」
俺に協力をさせられた形となったランスローさんに、肩を掴まれてそう言われたのだった。
ちなみに、しばらくの間力比べをしていたらしい二人だったが、流石にガウェインの方が腕力が上だったようであの場から出げ出すことに成功して身を隠したせいで、しばらくの間ディンドランさんと悪乗りした有志たちによって結成されたガウェイン捕縛隊が、ヴァレンシュタイン家の敷地内を走り回っていたのだった。
なお、俺もその捕縛隊にちゃっかり参加し、見事隠れていたガウェインを発見して身動きを封じ、ディンドランさんの前に引きずり出すことに成功したのだ。
そして捕縛騒動の数日後、俺はボルスさんに頼んでいたショートソードの一振りを、借りを相殺する為形でランスローさんに献上したのだった。




