表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/62

空から降る雪

エリー王女のクリスマスの続きの短編になります。

https://book1.adouzi.eu.org/n7088dr/

 灰色の空は薄暗さを保ったまま太陽が高く昇る。しんしんと降り積もる雪。新雪が大地を覆う。

 静かな部屋、暖かい温もり。セイン王子とエリー王女はまだまどろみの中にいた。

 カーテンからこぼれる光はそれほど強くはなく、安眠を促す。凍えるような寒さを全く感じさせない温かな布団の中では、二人の呼吸は穏やかに刻まれていた。


 エリー王女がゆっくりと瞳を開けると、あちこちに傷跡のある腕が目に入ってくる。もう痛くはないとセイン王子が笑いながら言うが、こんな風に傷がつく機会があるのだと思うと、エリー王女は不安でたまからなかった。なかなか会うことができないセイン王子と離れていたくなくて、そっと自分の手をセイン王子の腕に絡ませ、頭を寄せた。


「んん……」


 するとセイン王子が身をよじり、きゅっと抱きしめ、頭を二回優しく撫でた。


「あっ……起こしてしまいましたか?」

「んーん」


 まだ寝ぼけている様子ですぐに寝息が聞こえ、エリー王女はほっと胸をなでおろす。セイン王子の寝顔を見つめながら、昨夜の出来事を思い出していた。


 セイン王子とデール王国のエーデル王女の二人の仲の良さに嫉妬してしまったことや、小さな喧嘩をしてしまったことが蘇り、エリー王女は僅かに笑みを零した。恋人らしい出来事がエリー王女にとって新鮮で少し嬉しかった。


 そんな風に昨日のことを思い出していると、コンコンと扉を叩く音が遠くで聞こえてきた。

 マーサが起こしに来たのだろう。

 朝方に眠りについたとはいえ、さすがに起きないといけない時間。ずっと寝ているわけにはいかないだろうと分かっていつつも、この時間がいつまでも続けばいいと願い、セイン王子の腰に手を回した。


「おはよう、エリー」

「おはようございます」


 セイン王子も扉の叩く音で起きたようだ。軽く唇を寄せ合い微笑み合う。


「疲れ、取れた? あとでギルを呼ぶね」

「いえ、大丈夫です。セイン様、今日はゆっくりされるのでしょうか?」

「あー……ごめん。今日は午後から陛下と一緒に公務に当たらないといけなくて。でも、夜はまたここに来るから」

「はい。待っております」

「うん、ありがとう」


 セイン王子の立場であれば確かにゆっくり滞在は出来ないだろうなと思っていた。だからエリー王女はそれに対して不満を感じることはない。公にはしていないが、アトラス王国の次期国王になる人物である。少しずつ王としての器を作って行く必要があった。それはエリー王女にとって喜ばしいことである。


「そうだ、ちょっと待ってて」


 ベッドから降り、椅子にかけられたジャケットから小さな箱を取り出した。戻ってくるとベッドの上に座り、笑顔でその箱を差し出す。


「はい、クリスマスプレゼント」

「ありがとうございます。開けてみても?」

「もちろん」


 水色の箱にかけられた白いリボンをほどき、箱を開けると中には雪の結晶をモチーフにしたブローチが入っていた。


「綺麗……とても美しい光を放つのですね……こんな輝きをする宝石は見たことがございません」

「これにはね光の魔法が施してあるんだ。エリーを守ってくれるようにって願いを込めてね」

「嬉しい……。セイン様、ありがとうございます。大切にします」

「よかった、気に入ってもらえて」

「私も用意しております。マーサ、持ってきてくださいますか?」


 隣の部屋で控えていたマーサがすぐに現れ、エリー王女にプレゼントの箱を手渡した。


「あの……セイン様。こちら、お受け取りいただけますか?」

「うん。ありがとう」


 エリー王女のプレゼントは青緑色をしたカフスボタンだった。


「あ、これってもしかして、俺の瞳の色?」

「はい……この色を見るとセイン様を思い出すので、私にとって大好きな色なのです。素敵な石でしたので、カフスにしていただきました」

「ありがとう。これからこれを付けていくから。エリーが俺のことを考えてくれることが凄く嬉しいよ」


 セイン王子の優しい笑顔を見て、エリー王女はもっとセイン王子を喜ばせたいなと思った。






 ◇


 昼食は他国から来た来賓客と共にクリスマスのパーティーの続きが行われた。昨夜ほどの規模ではないが、ホールに集まった人々は楽しそうに談笑している。


「エリー様。今日もお会いできて私、嬉しいです!」

「エーデル様、私もです。今日もとても素敵なドレスですね」

「ああ、嬉しい! そんな風に褒めて頂けるなんて本当に嬉しいですわ!」


 瞳を輝かせるエーデル王女は、エリー王女に抱きついた。

 黄色のドレスにレースが多くあしらわれており、ふわふわと揺れている。昨夜はセクシーなドレスであったが、今日は胸元が大きく開いている以外はとても可愛らしいデザインだった。


「ふふふ。エーデル様はどんな衣装も着こなせるのですね」

「ああん。もう、そんなに褒められたら私、おかしくなりそう」


 頬を赤く染めるエーデル王女は、幸せを噛みしめるように瞳を閉じた。


「あっ、そういえば、セイン様のお姿が見えませんが」


 思い出したかのようにエーデル王女はホール内をきょろきょろと見渡す。


「セイン様は陛下とおられます。今日はお忙しく過ごされるようです」

「まぁ、そうだったのですね! では、エリー様……あの……今日は、私と一緒に過ごしてくださいますか?」


 自信がないのか、声が少しずつ小さくなっていくエーデル王女。その様子にクスクスとエリー王女が笑った。


「ええ、もちろんです。私で良ければ喜んで」

「あああ、もう!! エリー様が良いです。もう、エリー様しかいませんわ! ああ、何をして過ごしましょう? 私、こういうことをしたことがないので何も思いつかないのです。エリー様、良い案はございますか?」

「そうですね……。デール王国では雪が積もらないと聞きます。雪で遊んでみますか?」

「まぁ、素敵!! 是非とも体験してみたいです!!」




 ◇


 暖かいドレスとコート、ブーツを履き、真っ白な庭園に足を運んだ。


「真っ白な世界! 木々が白く染まってとても美しいですわ! それはこのアトラス城の計算された庭園だからこそ、この景色を作り出しているのですね! ふふふ、凄く歩きにくいですわ」


 頬は赤く、瞳を輝かせ、白い息を吐きながら両手を広げて感動を素直に伝えてくるエーデル王女。


「そうですね、少し寝転んでみますか?」

「え!? そんなことをしてもよろしいのですか?」

「もちろんです。アルバート、色々と用意してもらえます?」

「はい」


 側に控えていたアルバートが笛を吹くと、使用人が走ってきた。アルバートは使用人に何か伝えると、使用人はまた走って城に戻っていく。


「用意が出来るまで雪人形でも作ってみましょう」


 エリー王女が提案し、しゃがみこんだ。エリー王女は学校で子供たちと遊んだ日のことを思い出しながら雪を集め始める。


「雪をまず丸い大きな玉になるように固めてもらえます? ほら、このような感じにすると良いですよ」

「凄いですわ……雪というのは形を作ることが出来るのですね。あら、意外と難しいですわ……んん?」

「ふふふ。こう、焦らず少しずつきゅきゅっと固めるのです。ね?」

「はい……」


 言われたとおりに真剣な表情で取り組むエーデル王女に、エリー王女は顔をほころばせた。


「ある程度の大きさになりましたら雪の上に置いていただけますか?」

「こうですね?」

「はい、そうしたらこのようにころころと転がしてみてください」

「……あああ! す、すごいですわ! 大きくなりました! こんな……まぁ、どんどん……」


 雪玉を転がすと少しずつ大きくなる姿にエーデル王女が感動している。


「少ししたら形を整えてくださいね。そうすると丈夫できれいな形になるんですよ」

「勉強になりますわ……これ、凄く夢中になりますし、体が熱くなってきますね」

「そうなんです。雪遊びをすると体がポカポカしますよね。ふふふ。では、どちらがキレイな丸になるか競争しましょう」

「わぁ、エリー様と!? エリー様と争うだなんて……」

「そういう遊びですよ?」

「そう……そういうものなのでしたらやらせていただきますわ!」


 雪玉を雪の上で転がしていく二人。転がすのも重くて大変なくらい、雪玉はどんどん大きくなった。


「んんー。これ以上は無理ですわ。でも、意外ときれいな球体になったんじゃありませんか?」

「ええ、初めてなのに凄くお上手です。アルバート、エーデル様の雪玉をこちらに乗せていただけますか?」


 アルバートがお辞儀をしてから、エーデル王女の雪玉を持ち上げ上に乗せる。


「あら、エリー様の方がずいぶん大きいのですね? これは私の負けですね」

「いえ、大きさはこれで良いのです。形はエーデル様の方が美しい球体ですので、エーデル様が勝ちですよ」

「ふふふ。優しいエリー様。どういう結果でもきっと私の勝ちだと言ってくださったのでしょう? ええ、私にはわかりますわ。それで、これをどうするのでしょう? そういえば雪人形と仰っていましたものね?」

「ええ。今から枝と石を探しましょう。それを腕や目に使います」

「まぁ! そういうことなのですね! わかりました探しましょう!」


 嬉しそうに駆け回るエーデル王女を見ながら静かに後をついて歩く。この枝はどうか? この石はどうか? と何度も聞いてくるエーデル王女を見て、教え子たちを思い出していた。挨拶もできないままK地区を去ったことがずっと心残りだった。エリー王女の顔に影が落ちる。


「どうされたのですか?」

「えっ、いえ。その枝、良さそうですね」


 エーデル王女の声に笑顔で取り繕う。


「そうですよね! では、これで全部そろったのでしょうか?」

「ええ、雪人形さんにつけてきましょう」


 置いてある雪人形の場所に戻ると、先ほど拾ってきた枝や石を取り付けていく。目には丸い石。口には小さな枝を。腕には太い枝を挿した。


「アルバート、もう用意ができたかしら?」

「はい、準備できております」


 アルバートが手を挙げると、いつの間にか数名の使用人が多くの荷物を広げており、その中の一人が近づいてきた。手にはショールと円柱の赤い器。


「エリー様、これを」

「とても良さそうですね。エーデル様、仕上げはこちらです」


 雪人形の首にショールを巻きつけ、赤い帽子のように円柱の器が置かれた。


「まぁ、なんて可愛らしいのかしら!! これが雪人形ですのね!! これは永遠に取っておけないのかしら? 私の城まで持っていきたいですわ」

「取っておけたらいいのですが、雪は暖かくなると溶けてしまいますから……」

「ああん、こんなに可愛い人形が溶けてしまうだなんて!! なんということでしょう」

「ですので、今いる間、精いっぱい眺めましょう。では、こちらに敷物を」


 エリー王女の合図で、雪人形の側に何重にも敷物が置かれた。


「こちらで少し休みましょう。ほら、寝転がってみると空から降る雪が違って見えるんです」


 言われた通りに敷物の上に仰向けになってエーデル王女が寝転ぶ。その隣にエリー王女も寝転び、一緒の空を見上げた。ゆっくりと落ちてくる雪。頬に落ちるとすっと溶けた。


「……ねえ、エリー様。見上げる雪はそれほど美しくないんですね」

「ふふふ。そうなんです。下に積もる雪、立って横から見る雪。そして見上げる雪。どれも違って見えます。見方を変えるだけで美しいものもそうではなかったり、また逆もしかり。私たちの世界は一見華やかに見えますが、中にいる私たちは知っていますよね。そうではないことを」

「はい……。ですが、どうしてそんな話を?」


 むくっと起きあがり、エーデル王女が不思議そうにエリー王女を見下ろす。


「私、エーデル様も最初の一面しか見ていなかったのです。ですが、こうして一緒に過ごし、色々な顔見て、もっと知りたいと思ったのです。好きな人ほど色々な一面を知りたくなりますから」


 エリー王女も起き上がり、エーデル王女の手を取ってゆっくりと語ると、エーデル王女が俯き肩を震わせた。ぐすっと鼻をすする音が聞こえ、エリー王女は優しく抱きしめた。エーデル王女の生い立ちについてアランから聞いていたエリー王女は、ただ何も言わず静かに背中を撫で続けた。




「失礼します。少し冷えてきましたのでこちらを」


 暫くするとアルバートが、ぶ厚いブランケットを沢山持ってきて二人の膝に掛ける。背には沢山のクッションが置かれ、風よけテントが張られた。


「まぁ、素敵。ずいぶん暖かく感じます。それにこの紅茶。とても体が温まりますわ」

「気に入って頂けたみたいで良かったです。私も実のところ、こんな風に過ごしたことはないのです。ふふふ」

「では、私とが初めてなのです? それは素敵! エリー様は本当に私を幸せにしてくださいます」


 目の隅を少し赤くしたエーデル王女がはにかむ。


「そうですわ! 好きな人と言えば、セイン様もエリー様の好きな人でいらっしゃいますわ。もう色々な一面を知ってらっしゃるのですか?」

「実は……そこまで多くのことは知らないのです。ですので、もっと知りたいと思っているのですよ」


 エリー王女は優しく微笑む。


「もしも……見上げた雪のようにあまり素敵じゃない部分でしたらどうされるのですか?」

「どうでしょうか……。ですが、多くの良い部分を知っているので問題ないことかもしれないですね」

「そういうものなのですか……。では、今日は新しい一面を見るために何かしませんか?」

「何か? 例えばどのような?」

「そうですね……あっ。普段しなさそうなことをするのです。今日の私みたいに! 何か思い浮かびますか?」


 手をパンっと合わせてエーデル王女が瞳を輝かせると、エリー王女はアルバートの方に視線を送った。


「そうですね、セイン様が経験したことがないということであればエリー様と何かを経験することではないでしょうか」

「私と……どのようなことがいいのかしら?」


 うーんとエリー王女が考えていると、エーデル王女が首をかしげる。


「冬の遊びはどうでしょう? もうされたことありますか?」

「いえ、セイン様とは遊ぶというようなことはしたことがありません」

「まぁ! では丁度良いではありませんか!」

「そう……ですね。では一緒に準備いたしましょう!」




 日が落ち、夕食を食べ、普段であればゆっくりと過ごしている時間にセイン王子が城に戻り、食事をするために席に着いた。大きなテーブルにはシトラル国王とセイン王子だけが座る。壁には側近らが立ち並び、前を向いていた。

 食事が運ばれると共に、セイン王子に一枚のカードが渡された。


「エリー様からです」


 セイン王子がカードを受け取り、内容を確認するとんーっと唸った。


「どうかしたのか?」

「はい、用事が終わり次第庭園に来てほしいと書かれており、このような時間ですので不思議に思いまして」

「今、エリーは外にいるのか?」


 シトラル国王がセロードに視線を送ると、セロードが部屋から出て行き、すぐに戻ってきた。


「陛下、エリー様は我々が食事に入る頃にエーデル様と共に庭園に向かったそうです」

「ということは、すぐに来てほしいという意味で送ったということか。そう考えると想定してこのカードを渡しているだろうからな」

「そうですね。何かあったのでしょうか?」

「どうだろうな。何にせよ冬の夜空の下に長いこと待たせるわけにはいくまい。セイン王子、娘の願いに応えてやってくれないか」

「もちろんです。では、すぐにでも向かわせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、疲れているところ申し訳ないがよろしく頼む」

「いえ、私は大丈夫です。陛下と一緒に食事することが出来なくて残念ではありますが。では失礼いたします」


 セイン王子は食事には手を付けず、席を立ちすぐにその場から立ち去った。

 残されたシトラル国王は苦笑いを零す。


「エリーは、セイン王子のためならこんな風に自分を通すのだな」




 ◇


 使用人の案内のもと、セイン王子はアラン、ギル、アリスを引き連れて庭園へ向かった。

 雪も風もない静かな夜の中、一か所だけ一際明るい場所が一点見える。セイン王子は不思議に感じながら除雪された道を歩いた。


「セイン様!」


 一行が到着するとエリー王女が輝く笑顔で迎え入れる。


「エリー、ただいま。えっと……これ、どうしたの?」


 セイン王子が辺りを見渡すといくつもの雪人形と雪で出来た家のようなものと、大人一人分ほどの高さのある滑り台があった。辺り一面には魔法薬で灯されたランプがいくつも置いてあり、それらを美しく映し出している。


「驚きました? 私とエーデル様、それに多くの使用人にお願いして作ったのです」

「エリーが? え、どうして?」

「本当は一緒に作りたかったのですが、セイン様は明日もお出かけになられると聞きまして、それならば作ったものを一緒に楽しむのはどうかとエーデル様と話したのです」


 エリー王女がエーデル王女と顔を見合して微笑みあっている。


「んー……、そうか。俺と何かしたかったってことだよね。それでこういう場を作ってくれたんだ」

「はい。無理にこちらに来ていただいてすみません。きっとお食事せずに来ていただいたのですよね?」

「あー、うん。あれでしょ? アルバートの案でしょ?」

「あ、そうです。そうすればすぐに来ていただけると……。あまり気は進みませんでしたが、そうじゃないといつまでたってもここに来ることはないとアルバートが言うので……すみません……」


 怒らせてしまったかと思い、肩を落とし、上目遣いでセイン王子を見つめた。


「ははは、大丈夫だよ。俺はエリーに早く会いたかったからね。それにしても立派だ。幼いころ、俺も庭園で造ってもらったことはあったけど、自分で作ったことはなかったから。大変だったんじゃない? エーデル様も大丈夫でしたか?」

「はい! とても楽しく過ごさせていただきました! あの、是非、エリー様と雪ぞりをしてほしいのです!」


 エーデル王女が指し示す方向には大きな滑り台。しっかりと階段があり、上には木でできたソリが置いてあった。


「へー、こんな重いソリを置いても崩れないなんて、本当にしっかり作ったんだね」

「はい。そちらはほとんど専門の方に作って頂きました。失敗すると危険ということでしたので」

「そっかそっか。これ、二人で滑ったらいいの?」

「あ、はい! あの……よろしくお願いします」


 差し出した手をエリー王女がそっと取ると、雪の階段へとエスコートをする。先にセイン王子がソリに乗り、その前にエリー王女が座った。


「エリーはソリに乗ったことがあるの?」

「はい、学校で。セイン様は?」

「ローンズは雪が多いからね。乗ることは多いよ。でも遊びで乗るということはなかったからね。なんだか新鮮だ」


 その言葉にエリー王女は何故かほっとした。


「じゃ、行くよ?」

「は、はい」


 セイン王子が足で蹴るとソリが滑らかに滑り落ちていく。それほど高さがないため程よいスピードであっという間に止まった。


「あはは、一瞬だったけど気持ち良かったね。次はエーデル様とエリーで乗ってごらん」

「セイン様はもう十分なのですか?」


 立たせてくれるために手を伸ばしたセイン王子に少し不満をぶつける。一緒に遊ぼうと思っていたのに一回で終わってしまうのは少し寂しかったのだ。


「こういうのってさ、みんなで遊ぶから楽しいものでしょ? 順番が来るのを楽しみに待つって良くない? また番が回ってきたら一緒に乗ろう? ね?」

「あっ……。そうですね。なんだか私、子供みたいでした。セイン様の考え、凄く好きです」

「あはは、そう? ありがとう」


 ギルがソリを引き、みんながいる場所に戻ってくるとセイン王子が周りを見渡した。


「今いるのは七人だけだ。使用人はいない。エーデル様が嫌じゃなきゃ、みんなで順番に遊ぼうよ。もちろん無礼講でさ。どう?」

「私はセイン様やエリー様がそうするのであれば、異論はもちろんありませんわ! ですが、最初はエリー様と乗ってもよろしいです? 私、作ってるときから乗ってみたいって思っていたんですの」

「ええ。もちろん」


 アルバートがソリを滑り台の上まで運び、二人が座るのを手伝った。


「お二人とも足はソリの中に入れててくださいね。じゃ、押しますよ? 三、二、一、それ!」


 ソリの後ろを押すと、ソリがまた程よいスピードで降りて行った。


「キャーーーー!!」


 エーデル王女の楽しそうな声が遠ざかる。


「いいね、二人が楽しそうにしている姿を見るのは」

「そうだな。エリーにもやっと王族の友人が出来たな」


 セイン王子とアランが奥で楽しそうに笑っている二人を見ながら言葉を交わす。


「もう、今日はずっとあんな感じで楽しそうだったぜ。それにこれ、今までやったことのない遊びをすることで、セイン様の違う一面が見たかったんだとよ」


 ずっとエリー王女の側にいたアルバートが補足した。


「あー、そうなんだ。だから唐突にこういうことを……。確かに俺とエリーは遊んだことないもんな。俺の一面、これで見せられるかはわからないけどさ、一緒に思いっきり遊んでいつもの俺、引き出してよ」

「おう! 任せとけ!」


 それから七人は何度も滑り台を順番に滑り降りたり、雪玉を作って投げ合ったりして思いっきり雪遊びを楽しんだ。エリー王女とエーデル王女は普段それほど動かないため、疲れ、雪の家で休んでいた。


「ふふふ、エリー様。セイン様ってあんな風に笑うのですね」

「そうですね。凄く楽しそうで生き生きとしています。私に見せる笑顔はすごく大人っぽいのですが、今日は子供のように笑っていて、それが新しい発見です」

「違う一面、良い一面でしたね」

「はい、私たちの提案を受け入れ、さらにより楽しめる提案をして下さったこともすごく嬉しかったです」

「あー、羨ましいですわ。エリー様にそんな表情をさせるセイン様が」

「まぁ! ふふふ」


 二人は顔を見合わせ、笑い合った。




 ◇


「すっかり遊んでしまい、お食事がまだだったことを忘れておりました。本当にすみません」

「ううん、楽しかったから俺もすっかり忘れてたよ」


 二人っきりになり、エリー王女の部屋で軽食をつまむセイン王子はなんてことはないというかのように笑った。


「俺ね、嬉しかったんだよ。エリーが俺と何かしたいと思って準備してくれたことがさ」

「もっとセイン様のことが知りたいと思ったのです」

「うん。俺ももっとエリーのことが知りたい。エーデル様と一緒にいるエリーは俺と一緒にいるときとはまた違う雰囲気だったね。素敵な友人が出来て良かった」

「はい。勘違いしたままじゃなくて本当に良かったと思います」

「あー……そうだね。ごめんね」

「あ、いえ! セイン様を責めたわけじゃないんです。先入観って怖いと思ったのです。それは気が付かないことが多いですから。もしかしたら私たちもお互い何か先入観を持って見ているかもしれませんね」


 エリー王女が顔を覗き込んでセイン王子の顔をじっと見つめる。


「んー、確かにそうかもしれないね」

「ですが、どのセイン様もきっと好きだと思います。記憶がなかった時のレイと今のセイン様はやはり立場上の関係もあってだと思いますが雰囲気は違います。ですが、私はどちらも変わらず好きなのです。あ、今日遊んでいた姿はどちらかというとレイに近かったと思います。やはりセイン様とレイは一つなんです」

「あはは。そうだね。でも、どちらも好きって言ってもらえて良かった。これから色々なことを一緒に経験して絆を深めていけたらいいね」

「はい。よろしくお願いします」

「うん、じゃあ寝る前に遊んでお互いまた新しい発見をしようか? ね?」


 セイン王子が唇を寄せると、エリー王女が何かに察したのか頬を仄かに染めた。


「明日は早いと聞きましたが……大丈夫なのですか?」

「うん、大丈夫。行こうか」

「……はい」

 

 揺れる暖炉の炎からパチンと音がはじける。

 アトラス城の庭園の雪人形は寄り添い、チラチラと舞い始めた雪と混ざり合った。





 

こちらは削除予定なので、お手数ですが感想は「https://book1.adouzi.eu.org/n3992du/9/」の方にお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ