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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
四章 来訪 編
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九十二、 采嬪



 采嬪は心細げな表情で二人を出迎えた。

 かたわらに控えている十人以上はいそうな侍女たちも、やはり似たような表情を浮かべている。

 朝も早くから彼女達が遭った出来事を考えれば当然と天香は思う。


 今日の采嬪は藤色の襦のうえに薄地の半臂を羽織っている。裙は鮮やかな翡翠色。

 没収された髪飾りの代わりにか、髪には白っぽい櫛をさしていた。


「まずは、今朝のお兄さまの非礼をお詫びするわ」

 そう言って麗瑛が頭を下げると、采嬪の侍女たちがいっせいにざわめいた。

 公主が頭を下げるのは異例と言っていい。麗瑛の気性からではなく、宮中の儀礼においての意味でだ。

 数人が麗瑛につられるように頭を下げ、そのほかの人間はどうするのがいいのかわからないといった風情でこちらを見ている。

 自身の侍女たちの戸惑いを代表するように、采嬪が言った。


「あの、公主殿下……? まず、わたくしたちも何が起きているのかわかっていなくて……。今日のことは、いったい――?」

「本来ならご自身でお渡りになって直々に仰らなければならないこととは思うけれど、今回の件についてはわたくしが主上から預かりました」


 安心させるように、麗瑛が言っている。

 天香はすこしだけ顔をしかめそうになり、目線を窓の外にそらす。

 麗瑛の言葉、それは嘘ではないが、預けられるといえるほど全権を任されたわけではない。采嬪にかけられた盗難の疑いが晴れなければ、そのときは青元に引き渡すことになる。彼女の処罰まで、麗瑛や天香が決められるわけではない。

 もっと言ってしまえば、天香は自分がどうすればいいのかわからないでいた。

 いや、采嬪にことの次第を質せばいい、ということはわかる。問題はその先で、果たして采嬪を疑えばいいのか、それとも信じればいいのか、そこが天香にはわからない。麗瑛はどちらかと言えば信じたいと思っている様子だし、今の言葉もそこから出たものなのかもしれない。青元は逆に頭から決め付けるような口ぶりだった。

 ――では、自分は?

 どちらかに決められるほど、自分は采嬪・采祥雲しょううんというひとをよく知らない。


 李妃派である。歳は十八、麗瑛と同い年だが、幼さを残す麗瑛に比べて大人びた容姿といえる。瞳はややつり目で、顔は細面。噂好き。あとは、本人が李妃派であるだけでなく、父親も李妃の父親・左大臣の派閥に属する高級官吏だという。ただし、貴族ではない。

 ……なんて、そんな情報はあくまでもこの人の外見であって、中身ではない。彼女に関して知っていることで中身の側と言えそうなのは、噂好きなことくらいか。


「――では、貴女たちも自分に何の落ち度があったかわからない、のね?」


 麗瑛の声に、考えのふちから引き戻された。

 天香が考えに浸っている間に、麗瑛は今朝のことについて質問していたようだ。

 采嬪の侍女のひとりがおずおずと答える。


「侍衛のかたに尋ねましても、追って沙汰を伝えるまで待て、としか帰ってこず……」

「なら、はっきりこの場で言ったほうがいいわね。じゃあ天香? 説明はよろしく」

「えっ、この場って――ここでですか!?」

「あなたがやりたいって言ったんでしょ」

「それは、そうですけど」


 采嬪にことの次第を質す――というのは、あくまでも彼女一人か、侍女は多くても高位のものを一人とか二人とか、そのつもりで言ったのだ。侍女まで集めた前で発表する言葉で自分に任されるとは思っていなかった。

 そう不服を思いつつも麗瑛の眼差しを見て、何を言っても無駄だと天香は悟る。

 麗瑛に代わって前に立つ。向けられる視線が不安一色から、好奇の混ざったものになるのを感じる。あれが、とか小さなささやき声を聞いた気がしてしまうのは、気にしすぎか。


 小さく息を吐いて、天香は布包みを取り出す。中に入っているのは、青元と御史室長に許可を得て持ち出してきた、例の采嬪の蝶の髪飾りだ。

 丁寧に布を解き、手のひらの上に取り出して示してみせる。

 螺鈿細工の羽が、陽光をわずかに反射してちらりと光った。



 そして。

 自分が身につけていた髪飾りが盗品だと知らされた采嬪は、ぽかんとした表情を浮かべ――一瞬あとに震え上がった。


「そ、それが、盗まれたものだと……!?」

「宮中の工房から紛失、いえ、盗難にあったものということです」

「わたっ、わたくしは、そのようなことは、誓って、決して――!」


 混乱し恐慌を起こしながら、采嬪はそう言って跪く。

 その顔は血の気が引く、という言葉を絵に描いたように真っ青になっている。目は焦点が合わず、唇も震えが止まらず、舌も回らない。

 その反応は、嘘をついているようには思えない。演技であるとするなら瓦舎げきじょうでも人気の名優になれそうだ。

 突然にお前が皇室の御物を盗んだのだと言われれば、そうもなるだろう。

 というか、と天香は思う。

 ――この様子では、御史たちは何の罪の疑いがかかっているのかも知らせていなかったのか。

 そのことにまず、驚きよりも呆れを強く感じる。


「落ち着いてください采嬪さま」

 天香は震える采嬪の肩に手を置いて、落ち着かせようとできるだけ穏やかに言葉をかけた。


「私たちは事情を伺うために参りました。すぐに罰を下すためではありません」

「は、はい……両殿下には、申し訳なく……」

「いいですから、まずは落ち着いて――皆さんも」


 浮き足立っているのは侍女たちも同じだった。天香はざわつく彼女たちのほうを向いて声をかける。

 そしてやや落ち着いたか、天香の手の下で肩を上下させる采嬪の顔を覗き込むようにして。


「では、どちらで手に入れられたのかから、説明していただけますか」


 そう問いかける。

 一度ひゅっと息を呑む音がして、采嬪はびくりと身を強張らせた。


「それは、その……ええ、あれは、侍女が城下で見つけてきたと……わたくしに似合う、と……」

「それはどこで? 誰という侍女が? ここにいるのならすぐに――」


 ぼそぼそと喋る采嬪に、麗瑛が割って入った。


「瑛さま、私が聞きますってば」

「でも」

「でもじゃなくて――任せるといったのなら、最後まで任せてください」


 またここで蒸し返されてはたまらない――と、天香は麗瑛に視線を合わせる。

 麗瑛は若干不服そうにしていたが、一歩下がった。


「それで采嬪さま。殿下の繰り返しになりますけど、その方がこれを手に入れたのはどこで、ですか? 

「み、見つけたのは――鷲京みやこの西市の、小間物屋と言っていました。た、確か、店の名前は、緑とか青とか……」


「こちらにいるのなら直接話を伺ってもよろしいのですけど」

「いえ、あの、彼女は今は実家に帰っていて」

「ではこちらから使いを出しましょう。どちらのなんという方です?」

「それは、その……」


 采嬪はなぜか口ごもって、そのままの姿勢でじっと床に視線を落としている。さっきよりも血の気は戻っているが、表情は硬い。

 顔を上げて侍女たちのほうを見れば、その視線をはっきりと避けるまでのことはしない。それでも同じように目を落とし、あるいは視線を泳がせている。何のことかわからないという顔の人間はいない。

 露骨なほど、何かを隠そうとしている。天香にすらわかるように。

 さっきの反応の限りでは、盗難の一件ではなさそうだ。でなければ、あれほどうろたえるはずがない。


 ――追及が進めば、話さないではいられないでしょうに。と天香は思った。

 何かを知っている、いや隠しているのは確かだが、それが何かを話してもらわなければいけない。では、どうやって喋らせるか、だ。……脅すようなことはしたくないのだけれども。


「こちらに来る前、私と瑛、いえ、蓮泉公主殿下は陛下に直訴しに参りました」


 追及の手を一旦止めて話し始めた天香に、采嬪が目線を上げる。侍女たちの視線も同じようにためらいがちに集まる。


「事前の通告もなく妃嬪の殿舎に御史を踏み入れさせるとは何事か、と公主殿下は激しく憤られて陛下に訴えられ、そこで陛下もご自分の過ちを認めて謝罪されました。そして先ほど殿下が仰られたように、私たちに一件を預けられました。が」


 ただ事実を伝えるだけ、脅しと取るのはあちらの自由。そんなことを思っても、それは自分に言い聞かせているだけ。どう繕っても脅しは脅しだ。もっとうまく運べる方法がどこかにある気がしてならない。それを思いつけないし実行できない自分に、単に無力さを覚える。

 とはいえ今できないのなら致し方ない。ここは――義兄に悪者になってもらう。


「この盗難事件なんとしても解決するぞと、陛下は大変意気込んでおいででした。どうしてもご自分の手で追求したいとお考えのようで、それゆえ先走って今朝の愚挙に及ばれたのですけれども」


 言葉を一度切って。


「話していただけないのであれば、その陛下直々の詮議となりましょう……そのことは、理解されておいでですか?」


 びしり、と、その場の固まっていた空気に亀裂が走る音がするのを、天香は確かに聞いた。

 このような状態であっても、主だった妃嬪であれば国帝に――青元に自分を向いてほしいとは思っているはず。采嬪がそうでないという話は聞かない。

 しかし、向けてほしいのは疑いの目ではないだろう。


「解決に繋がる情報となれば、陛下の目もすこしは緩む――かもしれません・・・・・・・


 言い切れはしない。

 采嬪とその侍女たちがそもそも何を隠しているのかもわからないし、それに繋がるとも限らない。

 お目こぼしを匂わせてはみるが、内容によっては限界だってあるだろう。

 ただ、盗難についてあれほど否定するくらいならば、重大な罪過ではないのではないか――例えば不義密通のような、死罪になるほどには。


 天香が考えられるのは、せいぜいがその辺までだ。

 あのいやに芝居がかった鄭玉柚なら、もっと深くまで突き詰められるのかもしれない。そう言ったら、彼女はどんな顔をするだろう。……過大な評価だと、嫌がるだろうか。

 それならそれですこし見てみたいし、麗瑛にも見せたい、と思う。


「では、どちらでこの髪飾りを見つけられたのか、詳しく説明していただけますね?」

「は……はい……」


 観念したように、采嬪は今度こそうなだれた。




2018年もよろしくお願いいたします。

なかなか一定しない更新ペースですが、考えてはいる展開に沿っていけるように進んでいくつもりでいますので、できればお付き合いいただけると幸いです。

これとは別に短編もいくつか書いてみていたり…

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