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公主殿下の寵姫さま  作者: 有内トナミ
二章 茶会 編
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四十三、 茶会 ~終わり、そして~



 茶会は、この一件を除けばつつがなく進んで終わった。


 天香が広間に戻った時には、それでもまださざめきと浮き足立った空気の残りが漂っているように思えた。

 麗瑛が、洪妃は別室で念のために安静にしているので安心するように。と宣言すると、その空気は次第に収まっては行った。とはいえ会話をかわし合う声は先ほどまでと比べればやや小さく、ぎこちないように感じる。


 特に洪妃派とおぼしき嬪たちは、洪妃のことが気になるのか、または単純に居心地が悪いのかどこかそわそわと落ち着きない。

 天香は給仕役たちにさりげなく指示を出してそういう嬪たちに声をかけさせたが、どれくらい効果があったかはわからない。

 対する李妃派らしき側も、会話はそれなりに弾んでいるようではあるが、その声もやはり抑え気味に聞こえた。

 声高に嫌味でも言っていてくれればわかりやすくて良かったのに。などと言う考えが一瞬脳裏によぎってしまい、天香は慌ててそれを打ち消す。

 さすがに失礼だろう。

 そんな物語のような聞こえよがしの嫌味など、なかなかお目にかかれるものではない。発言者よりも明らかに目上の人間――もちろんこの場では李妃――がいるところでは特にそうだ。洪妃は李妃が嬪を家臣のように従えていると言ったが、とはいえ聞くに堪えない嫌味で茶会の場を荒らされるよりはマシだったのかもしれない。天香はそう思った。



 茶会の終わりごろになってようやく広間に戻ってきた洪妃は、しかしやはり本調子とは行かないようで、麗瑛が散会の挨拶をしたあとは体調を理由に返礼もそこそこに足早に桃清殿とうしんでんへと帰っていった。実際まだ少し辛そうだった。洪妃派の嬪もそれに続く。そしてその他の嬪も返礼をしては続々と自分たちの殿舎に戻っていく。

 天香は麗瑛に従って、広間の出口に立ってその返礼をひとつひとつ受けていた。


 迦鈴は天香のことを気遣うような視線を向けてきたが、さすがにこの場で直接込み入った会話は出来ない。

「美味でした。また味わいたいもの」

「それはよろしゅうございました」

 だからそんな言葉を交わす。また遊びにきたときに出してあげよう。


 徐嬪は麗瑛に礼をした後で、天香と合いそうになった視線をふいっと逸らしてすたすたと歩いていった。

 今度は膝は震えない。

 洪妃の一件を経たからか。それとも隣に麗瑛がいるからか。――たぶん、後者だ。


「殿下、金針鳳華をこれ以上ない形で使っていただきまして、ありがとうございました」

 徐嬪を見送る天香の横で麗瑛にそう切り出した郭嬪は、華やかな笑顔を見せていた。

「おかげさまで、お茶会の間にもいくつかお話がありまして」

「お話」

「金針鳳華やそのほかの銘茶もお求めになられる方がいらっしゃいました。実家にもいい商いになりそうです」

 茶会で商談をまとめていたのか、と天香は呆気にとられた。自分ではなく実家の名と商品を売りに来た、と言っていた通りに動いていたらしい。商人のしたたかさを見た気になる。


 そして、最後に残ったのは李妃と、なぜか寧嬪だった。

 李妃は返礼順から言っても当然として、寧嬪は、と考えたところで洪妃の言葉を思い出す。

(家臣みたいな顔をして――)

 こういうところがそう言われる原因か、と天香は思う。

 洪妃に付いている侍女ならすでにいるのに、だ。加えて言うなら寧嬪自身も侍女を伴っている。

 ――寧嬪の侍女は、そんな主人をどう思っているのだろう。

 そんな、余計なお世話と言われそうな興味が湧いた。


 ともかく、特に返礼以外に発言するつもりもなさそうな寧嬪を従えて、李妃はていねいに頭を下げて返礼を述べる。

 その最後に、彼女は麗瑛からその傍らの天香に向き直って言った。


「ごめんなさいね、あの子の癇癪につき合わせてしまって」

「は」


 まさかこっちに話を振られるなんて思ってもいなかった天香は、慌てて頭を下げる。

 頭を下げはしたが、李妃の言葉に疑問と納得を感じていた。

 話の流れから言って、あの子とは洪妃のことだろう。なるほど、格下扱いだと洪妃が憤るわけだ。まるで女主人が自分の侍女の落ち度を謝すような、あるいは子供のわがままを、または愛玩動物の……そんな言葉で。

 疑問点はまさにそこで――なぜ、自分が上であるように振る舞っているのだろう。なぜそんなに自然に、自分が上であると振る舞えるのだろう。


「困ったものよね。なぜか知らないのだけれど、あんなふうによく癇癪を起こすの」

「なぜ李妃さまが洪妃などの振る舞いを謝られるのです!」

「そうです。姫さまが頭を下げられる必要などございません」


 李妃に対してもやもやとした感覚を抱えていると、寧嬪が、そしてその逆側にいる洪妃の侍女が語気を強めた。

 どちらもあまり良い言葉ではない。

 特に寧嬪は、洪妃を敬称を省いて呼んだのはいいのか。

 ちらりと麗瑛に目線を送れば、公主殿下は小首を傾げて口元を片側だけ上げてみせる。

 少し見ていましょう、そのほうが面白そうだから。そんな表情だった。

(殿下ぁ……)

 天香は胸のうちで息をつく。

 そんな視線を交わす二人をよそに、李妃が口を開いた。


「何を言っているのあなたたち。後宮の妃嬪のかけた迷惑ならば、わたくしが謝るのは当然ではないの。それが妾の務めでしょう。それからあなたはまだ癖が抜けないようだけれど、もう姫さまなどと呼ぶのはおやめなさい。妾はこの国の妃なのですからね」

「李妃さま……」

「なんというご厚情……」


 穏やかな口調、至極当然といった態度で放たれた言葉だったが、それだけに天香が心の内で覚えるもやもやはより大きくなる。

 あの義兄帝によって、妃嬪の順は定められていない――定めさせてすらもらえない。その中で、いま李妃はなんと言ったか。

 後宮妃嬪のした事ならば自分が謝るのが当然。

 まるで、自分がすべての後宮妃嬪を代表する立場であるかのように。

 まるで、――正妃でもあるかのように。


 その上、左右に控える二人はそんな李妃にむしろ感服するように、心酔に近い眼差しを送っているのだ。

 天香はその様子に、混然とした何か――気味の悪さ、認識のズレ、軽い嫌悪感、疑念、そんなものが一体になったような感情を覚える。総称するならそれは違和感と一言でまとめられるのだろうけれど、その一言では表しきれないようにも思えて。


 なんだろう、これは。

 背筋を軽く震わせる。

 李妃たちに向けた顔を崩さないようにしながら。

 天香のそんな緊張を打ち破るように、麗瑛が口を開いた。


「妃として……ね」

「なんでしょう、殿下」

「あなたは妃の自覚に満ちているのですね、と思いまして」

「ええ、陛下にもお褒めいただきます」

「そうですか。お兄さまはそんなこと仰っておられなかったものだから、存じあげなかったわ」


 李妃は首を少し傾げて尋ねる。

 麗瑛が何を言おうとしているのかわからない、と言いたげに。


「陛下とはよくお話を?」

「もちろん。兄妹ですもの。色々とお話いただきます。……後宮のこともね」

「気になりますわ。妾のことを陛下がなんと仰っていたのか」

「あなたが気にされるほどの事は何もなくてよ。……けれど、今日のことはよくお伝えしておきましょう」

「まあ、それは嬉しいお言葉ですわ。陛下によろしくお伝えくださいませ」


 にこやかな表情で交わされた会話に、李妃に従って立つ三人――正確にはそのうち侍女と寧嬪の二人の顔にも満足げな笑みが浮かぶ。李妃自身下がり気味の目尻を更に下げて相好を崩している。

 洪妃の言葉通りだ。そう天香は思った。

 陛下とは呼ぶが、青元の名は呼ばない。

 意識してやっているのか、それとも無意識なのかはわからない。でも、だからといって洪妃のいうようなことを思っているかどうかはわからない。もちろん天香と違って洪妃はもっと多く李妃と接しているのだろうし、他の判断基準があるのかもしれない。けれど、今回の茶会で一度会っただけの天香には、そこまで判断は付かない。

(様子見……かな)

 しっかりと胸中に記帳メモしておく。胸の中なら字が下手でも問題ないから気が楽だ。

 いやそういう話じゃない。


 それにしても、帝に伝えると言っただけであんなに嬉しそうにすることはないじゃないか。天香は訝しがり――そこで、唐突に思い出した。自分自身ころっと忘れかけていたけれど、福玉がたしかに言っていたこと。


 この茶会は正妃を決めるためのものだという噂がある、と。


 まさか、と思い至る。

 献上品や何やらで動いていたのが嬪だけだったから、二人の妃はそんな噂に流されてはいないと思っていた。

 実は妃たちもそれを信じていたのだろうか。

 もしくは半信半疑だったけれど、今の麗瑛の言葉に更に勘違いを、都合のいい勘違いをしたのか。そうでなければ説明が付かない、そんな笑みだったけれど。


 けれど、麗瑛の言葉はもちろんそんな意味ではない。

 そもそも正妃を決めるなんて誰も言っていない、のだから。

 そう思いつつ、落ち着かない思いを天香は感じていた。



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