表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メダリオンハーツ  作者: 紡芽 詩度葉
第二章;世界追憶編
59/61

第58話:イテ・ミサ・エスト

―――――――― 最期の言葉 ――――――――




 白い……。

 手を伸ばせば何かが掴めそうなのに、それは花弁を振りまき枯れていく花のように遠く、儚く散っていく。

 以前にもこんな光の世界には来たことがある。

 リックのルーンスキルXVIII、神の聖域。あれも、こんな場所だった。

 視界だけで捉えるに同じようだが、ここは質量を感じない。そもそも、俺が本当にここにいるのかすら定かではない。


 どうして、俺はこんなところにいるのだろうか?


 すると、何か。波のようなものが脳に打ち寄せたかと思うと、塩が傷口を擦り切らすような感覚と共に記憶が鮮明に蘇ってくる。


 そうだ……。俺は、大切なことを。

 口を開こうとするも傷だらけの唇が血を飛ばすのみに終わる。

 痛みはない。だが……、黒硬化した腕は自分のものではないかのように自己の意思に叛逆する。


 ふと目をこらすと、光の先に何かがいた。

 少しずつ、この場から動くことなく距離が近づいていく。

 そして、その姿を見た途端……。熱いものがこみ上げ、再び鼓動が爆発するように早鐘を打つ。


「ミ……、サ」


 名前を呼ばれた彼女はゆっくりと俺の方を見る。


「やっぱり、付いてきたのね。一人で……、逝きたかったのに」

「当たり前だ。俺の大切な仲間を見……」

「また、仲間。もう”仲間”という言葉は、聞き飽きたわ」


 ミサが着ている色の白いワンピースが周りの白と同化し光の中に溶け出してしまいそうで。

 突然、なんの予兆もなくこの場から消えて無くなりそうだった。


「何言ってるんだ、ミサ。お前、最近おかしいぞ」

「当たり前よ。この世におかしくない人間など存在しないわ。常に何かが壊れていて、常に何かが狂っている。私はもう、あなたの寛恕(かんじょ)な見栄えには見飽きたの。この世界すら、もう見たくない。どうして、死なせてくれないの? まとわり付くの? 依存と執着は悔恨しか生み出さないわ」


 俺の前に立ち尽くすミサはもう、俺のことを見ていないような気がした。

 どうしてだ。どうして、ミサは俺に心を見せようとしない。

 昔、抱きついてくれた感覚が、歌っていた歌声が心の中で弾けるように霧散していく。


「嫌だから……。いなくなって欲しくないんだ。お前の存在だけが、信じられるから! 俺は……」


……抱き寄せる。


「好きだ……、ミサ」


 光の世界で暖かさも、感触さえも何も感じられない。

 だけど、ここにいるミサの存在だけは本物だと信じられる。


「他の誰よりも愛してる。この世界の……、誰よりも」


 これが、本当の心だ。

 仲間という言葉で包み込まない、本当の気持ち。

 ミサはまだ、表情を変えずに俺を見る。

 変えてみせる。

 心を開かないなら、俺が開かさせてみせる。


「俺にとってはお前だけが心の拠り所なんだ。だから……っ」


 ずっと温め憶い続けてきた戀い心を全て伝える。


「俺と、ずっと一緒にいてくれ!!」


 そして、ミサに唇を近づける――



――だが。今にも口付けを交わそうとした途端、ミサの表情が変わった





⌘  ⌘  ⌘  ⌘




……突き放した。

 ルナートは失望と哀感の瞳で私を見る。


「それが、貴方の答えなのね」


 がっかりだ。

 ルナートなら、私の気持ちを理解してくれると思っていた。

 ルナートの表裏の心が、私の心を突き動かした。

 この世の全てが自分を否定するつまらないものだと失望していた時に。

 だけど、やっぱりそうだったのね。


 人の心を読むのは昔から好きだった。

 いつしかルナートのその気持ちにも気づいていた。

 心理学説にもあるように人間は死を恐れるというが、私にはそんな恐怖は微塵もない。

 こんな下らない世界から早く去りたかった。

 次々と仲間が死んでいく中、どうして次は自分の番ではないのか、神へ問うた。


「他の誰よりも愛してる? 可笑しな話よね。どうして貴方は自分の愛を他者と比較するの? そんな上辺だけの愛の言葉なんて、私はいらない」


 信じていた物なんて何もないもの。

 常に世界には暗闇が差していた。

 ルナートは「違う……、違う」と虚心に怯えている。


「悪いのだけれど、私は早くあちらの世界に行きたいの。ここでむだ話をする気は……」

「……っ、それ以上言わないでくれ! 何がダメなんだ、何が……っ!! ずっと一緒にいただろ、どうして心を見せてくれない?!」

「あなたの振りかざしてきた正義が……、私には濁った詭弁にしか聞こえなかったから。貴方がどうして私に好意を寄せるのかは予想がつくけれど、私は望んでいない。ロジックの枠から逸脱しているわ。……理解できない」


 その言葉にルナートは歯ぎしりし、何かを飲み込む。

 手が震えている……と、思った瞬間。ルナートは嗄れた声で叫ぶ。


「ミサ….…、俺たちは人間なんだ。お前の好きな合理という名の枠にはまらないどうしょうもない人間なんだ。俺はお前が好きだから……。愛していたから助けたし、一緒にいきたい。それじゃあ、ダメなのか?」

「言ったでしょ、私は人間じゃない。いえ……、私は中身の死んだ人形でしかない。地下都市(あそこ)で全てを捨てた。人間の心を持っていない、失った……。自分で捨てたのよ! 本来ある世界の軌道から逸れた忌者。干渉してこないで。私は私、貴方は貴方。その境界線を越えようとしないで」


 嫌だ。むしゃくしゃする。

 だから、人と話すのは嫌なのだ。


「やめよう、こんなの。ミサ! 戻るんだ、みんなが待ってる!!」

「待ってなんていないわ! ただ……。ただ、一緒に時を過ごしただけじゃない。まだ貴方は仲間と言い張るの?! 愛する人と言い張るの?」


 ルナートの表情は丸めた紙のようにクシャクシャで。

 だけど、必死に手を伸ばそうとしてくる。

 どうして、私なんかに構うの?

 全部放っておいてくれればいいじゃない。

 私は一人がいいの。群れたくない。いや……、人といるのがしんどいの。

 一人で生きて、一人で死ぬ。

 私はそうしたい。

 私は他の人間とは違う。感情鈍磨アパシーなこの精神は、神に選ばれた存在であるからか、神に捨てられた存在であるからか。

 そんなことを問答していた時期もあった。

 様々なものを学んできたのは、その中に私の求めていた答えがあると思っていたから。

 ルーンスキルのみに固執していたのは、私自身を世界から遮断してくれると思っていたから。

 だけど、どうしてルナートは私の壁を壊そうとするの?


「どうして……、私と分かり合いたいなんて言うの?」

「言っただろ……、愛してるからだって。お前は愛を知らない。他人と比較する? 違う。自分の愛には嘘をつけない。お前にもあるだろ……、愛するものがっ!!」

「そんなの、ないわ。愛なんて執着の成れの果て。ただの依存よ。それを愛という言葉で覆い、美化しただけに過ぎない」

「そんなことない。愛は……、人と人の心を繋ぐ物の終着点だ! 人の幸せを願うから――」

「――人に願われた幸せなんて、もういらない。行きなさい、そして散り散りになって。もう、触れようとしないで」


 光の世界がどんどんと遠ざかっていく気がした。

 ルーンスキルXX、リ・セクレイム・ルナティアンなら、私の望む死に方が出来ると思っていた。

 早く、歩き出したい。

 だけど……、どうしてか。ルナートを置いていけないような気がしてならない。

 もう、死ぬ決意は出来ていたのに。次の世界に旅立つ抑揚感に浸っていたのに。


 そう思っていると、再びルナートが歩き出す。そして、私の腕を掴む。


「もう……、そんなことばかり言うのはやめてくれ。ミサ、男ってな……。愛した女は離したくないものなんだよ! だから……。一緒に、戻ろう。みんなの所に」

「……そんなこと、知らないわよ」


 ルナートの必死の表情に熱いものがこみ上げてくる。

 涙を拭う。

 私の周りに張っていた膜が一枚一枚剥がれていくような気がした。

 こんなにも、私を必要としてくれている人がいるのに。

 私は……、まだこんな弁舌を振るうというのか。


 いつしか……、私の深層心理に存在した黒い殻を纏った感情に綻びが生まれていた。






⌘  ⌘  ⌘  ⌘






 ずっと、一人が好きだった。周りの人間といるのが辛かった。

 ずっと、一人が嫌だった。偽の自分を使ってでも周りに人がいれば安心できた。


 初めて、人に本当に必要とされた。

 初めて、人を本当に愛せた。


 ルナートは、他の人間と違っていた。あの表情の裏にあるもの。私が観察しても見抜けないそれが何なのか。ずっと、興味があった。

 ミサは、他の人間と違っていた。いつも手の届かないところにいて、本当の心を見せようとしない。だけど、いつしかその心に触れてみたいと思っていた。


 こんな人生、こんな世界だったけど、私には生きる意味はなかった。ただ、時だけが無常に過ぎていた。全てがつまらなかった。

 こんな人生、こんな世界だったけど、俺には生きる意味があった。ずっと引っ張ってきたみんなに、しっかりとした人生を歩ませたかったから。


 だけど、そんなものが詭弁だということは知っている。

 だけど、そんなものが建前だということは知っている。


 私は人の深層心理が見たかった。その為になら嘘をついてでも恐怖に陥れたかった。そこで見られる、その人間の本当の顔が見たかったから。

 俺はミサの心が知りたかった。いつも気高く、遠くにいたミサの心に。その為にミサに嫌われないように見放されないように善人の自分を演じ続けた。


 いつからだろうか、ルナートへの興味が失せたのは。

 いつからだろうか、ミサへの愛が芽生えたのは。


 どこかで、ルナートとの歯車が外れた。

 どこかで、ミサとの歯車が噛み合った。


 一人で塞ぎ込んでいただけだった。傍観していただけだった。何が起きても動じず、仲間……。いえ、共にいただけの人間が死のうと、何も思うことはなかった。彼らの死は、人を殺し続け、生きていることの罪の償いの為の真の生贄だと思っていたから。ただ……、私は生き残ってしまっただけ。

 人をずっと殺してきた。自分の心を殺していただけだった。仲間が死んでいくのが……、自分の身体を刻まれるかのように痛かった。それなのに、俺はまだ人を殺すことに躊躇いを持たない。俺の刃を何処に振るえばいいのか分からない。


 私は涙の止め方を知っている、絶望の苦しみも知っている、人が死んでいく景色も知っている。

 俺は血の味を知っている、死の臭いも知っている、人の殺し方も知っている。


 こんな中身のない人形が、人と本当の意味で愛し合えるはずがない、その資格なんてない、だからこそ互いが分かりあうこともままならない。

 こんな中身のない兵器が、愛し合うことなんて出来ない。だけど、人として生まれたからこそ、その資格があるはずなんだ。


 少しずつ意識が薄れていく。

 少しずつ意識が遠のいていく。


 何故だか、ゆっくりとルナートと一つになっているのを感じる。

 何故だか、ゆっくりとミサと一つになっているのを感じる。


 そして、私はそっと口を開く。

「ねえ、ルナート。ルナートは、生きたい?」

 その声に、俺はゆっくりと口を開く。

「あぁ、生きたい。だけど俺は……、お前がいる世界で生きたい」


「そう……」

「あぁ……」


 ルナートは強い意志を感じさせる表情でそう言った。

 ミサは消え入りそうな表情でそう言った。


「でも、私はやっぱり行けない。このスキルを使った時点で、私にはもう生きる権利はなくなったの」

「XX……、自滅スキル。そこまでして、お前は……」


「でも、あなたのおかげで少しだけ、生きたいと思ってしまった。ルナート、私ずっと生きている意味というのが分からなかったの。だけど、今気づいたわ。私……、昔に言ったわよね? 貴方だけが心の拠り所だって」

「言った……。俺にとってお前は唯一の心の拠り所だった。お前の存在が俺の生きる意味だった」


「私……。あなたの心の拠り所であることが、生きる意味だった。……ということに今なったわ」

「はは……っ、今なのかよ」


「ふふ……っ。ルナートも感じたと思うけどこの世界は暗いし息苦しい、死ねてよかったって思ってる。……だけど、最期の最後に貴方と話せて良かったわ」

「確かにこの世界はおかしいよ。だからこそ変えたいと思った。その側にはお前もいてほしい! だから……。行かないでくれ、ずっと一緒にいよう」


「ごめんなさい。もう……、時間がないわ」

「どうして?」


「セラフィムが、呼んでいるの。私のことを」

「セラ……、フィム?」


「えぇ。……ねぇ、ルナート、最期に私のお願いを聞いてもらってもいいかしら?」

「何でも、言ってくれ……っ!!」


 ルナートは更に手を強く握る。震えたその手を私はしっかりと握り返す。

 ミサに強く握られる。ようやく……、ミサが本当の心で話してくれている。そんな気がした。


「私……、歌を歌いたいの。貴方に、最期に私の歌を聴いてほしい」

「あぁ……。聞くよ。何度でも聞く! だから……、ずっと歌っていてくれ! ずっと一緒に――」


 私は微笑みながら握っていた手を解き、ゆっくりと両手を胸へ押し当てていく。最期に貴方に届けたい。

 俺は解かれた手を伸ばし少しずつ遠ざかっていくミサに向かって声を張り上げる。だけどもう、その声は届かない。


 私は思い切り息を吸い込む。そして、腹の底からゆっくりと歌を……、紡ぐ。

 ミサの色の薄い桃色の唇が柔和で扇情的に、ゆっくりと開いていく。




 光の世界に歌が流れた。




「わたしが、人々の言葉や御使(みつかい)たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは鐘や騒がしい鐃鉢にょうはちと同じだろう。


 わたしに預言をする力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を移すほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。


 愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない。自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。


 不義を喜ばないで真理を喜ぶ。


 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。


 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるだろう。


 なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。


 全きものが来る時には、部分的なものは廃れる。


 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るでしょう。


 わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るでしょう。


 このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛なのだから」





 一筋の涙を、(こぼ)す。

 息を吐き出し、遥か彼方にいるルナートに向かって、紡ぐ。



「ありがとう、ルナート。愛を教えてくれて。……さようなら」



 ゆっくりと呻吟しながら黒い衣を纏ったルナートにきっと、人生で初めて心の底から笑う。


 今なら、こう言おう。


 ルナートの生きる世界に……、幸あれ。






⌘  ⌘  ⌘  ⌘



――



 眼を覚ますと、どこかも分からない、冷たいところに横たわっていた。

 身体の細部を動かしてみる。

 右腕が……、全く動かない。


 何か、心の中の大切なものが抜け落ちてしまったような気がする。

 何だったのだろうか、俺の心にあったものとは。

 ミサ……。

 悔恨、自責……、虚。

 全てが幻のようで、一瞬のようで、永遠のようで。

 ミサがイスラルを倒した後、光の中に消えていくところから記憶が途絶していた。


 あの後、何かがあったんだ。ミサと、何か。

 だけど、何も思い出せない。


 記憶の断片を拾い集め探すも見当たらないそれに、鬱憤が蟠りとなり胸を圧迫していく。

 その感情を無理やり押しやり眼をこらす。周りを見ると灰色……、おそらく鉄でできているのであろう天井が手に入る。

 ここは、どこだろうか。


「おっ、眼覚ましたか。おーい! みんなールナートが目ぇ覚ましたぞー!」


 銀髪の長い髪が見える。フルールか。

 すると、みんなが一斉に集まってくる。

 俺はゆっくりと態勢を整え腰を落ち着ける。


「ここは?」

「地下だよ。ユウが爆弾で遊んでいたら見つけたみたいなんだ」

「いや、遊んでねーし。実験だし」


 ユウがリックの言葉に反論する。

 また、地下……か。

 俺は、まだ朦朧とする意識の中、スレイアに尋ねた。


「あれから、どれだけ経った?」

「2日だ。都市外からビラガルドに戻るときに、ルナートが一人で倒れている所をリックが発見した」

「俺の他に、誰かいたか?」

「いや、見ていない。それより、あれからミカも行方不明なんだ。ルナート、何があったか、話してくれないか?」

「何が、あったか……」


 俺は、それからみんなに説明した。

 ミサ、ミリアム、エリシャが捕まっていたこと。

 イスラルに操られた国王が処刑をする寸前だったこと。

 俺とミカがイスラルと闘い、ミカが死んだこと。

 ”3人を助けて”都市外へと逃げたこと。

 途中で追いつかれたイスラルに”3人を殺された後、俺がトドメを刺したこと”


 真実だ。これが、真実だ。

 俺の記憶の中にある、すべて……。


――///『嘘』///――



 どこからともなく、声が聞こえた。


――///『自分の本当の姿を見せたくないから、過去を捏造する。それが、貴方の姿』///――


 違う。


 これは、なんだ。幻聴か?


――///『私は、ずっと見ているから。死ぬまで、ずっと』///――


 何なんだ。これは、このミサの声は。

 俺が自ら流しているというのか?

 本能的に”嘘”をついて、自分の弱さを欺こうとした自分を誅すために?


 こみ上げてくるような、破裂しそうな感情が俺を犯していく。

 これから、どうするか。そんなもの、決まっている。


 ゆっくりと立ち上がりながら、みんなを見る。

 どうして、こんなにも俺の心は凍っているのだろうか。

 今はもう、全てが偽物のようだ。


「ミサたちは……、死んだ。この国が狂っていたから、何の関係のないミサたちは巻き込まれた」

 俺が、見捨てて、ミサだけを助け出した。

 なのに、守れなかった。


「俺は……、何もできなかった」

 怖かったから、弱かったから。

 二人を見捨てた。ミサに見捨てられた。


「誰かが、変えなければ行けない……っ。こんな世界を。こんな事を許容している世界を」

 こんな世界、変える必要なんてない。変わるべきは自分だ。強く、ただひたすら強く。


 黒衣の留め金にゆっくりと右手を添える。

 そして、思い切り引き裂いた。

 ずっと、身につけてきた。自分が殺した者たちの血が染み付いたこの衣を。

 だが、その戒めとも決別する。


「なぁ……、みんな。俺たちはずっと、無慈悲に無意味に、人を殺してきた」

 心を殺すなどと善化させ、一つの快楽のように。壊れた機械のように。


「だけど、この強さは誰かのために……、世界の為に振るうべきだ」

 誰かのためじゃない、自分の為だ。世界という名目でないと、自分の強さに盲信してしまうから。


 足元にあった、手頃な鉄棒を手に取り、引き裂いた黒の衣を結いつける。

 そして、黒衣を纏った鉄棒を思い切り地面に叩きつける。

 鳴り響いた音は何よりも高く、空気を震わす。


「集え! この黒き旗のもとに。俺は、この世界に革命を起こす! 死んでいった者たちのために、俺たちの強さを世界の為に使うために!」

 集う必要などない。俺一人で充分だ。ただ、みんなは俺のサポートをしていればいい。

 死んでいった者の為になどではない、全ては自分の為だ。

 みんなの瞳に何かが宿ったかのように俺を見る。

 そして、各々が衣を脱ぎ、俺の掲げた旗を見上げる。


「この戒めの黒衣を纏うことは、もうない。これから俺たちが行うのは変革だ……、そして……」

 戒めは必要なくなった。

 そうだ、これから俺が行うのは……。


「死んで逝った、仲間たちへの……」

 俺の元からミサを奪ったこの国への……、あの王への。



「……弔いだ!」

 ……復讐だ!











――腐り狂った非情の世界で


 彼らは願った、世界の平和を


 彼らは振るった、無力な刃を


 彼らは掲げた、革命の旗を


 そして彼らは自らの心の在り処を探し求める――






⌘  ⌘  ⌘  ⌘





――――



「それから、程なくして。ルナートはミサと瓜ふたつのミアを連れてきたんだ」


 全てを……、吐き出した。

 心の中の蟠りが払拭され、少しだけ気持ちが楽になったような気がした。

 あれから、どれほど話していただろうか。

 人生でこんなにも話していたことなどないのではないだろうか。

 それほどまでに時間が経過していた。

 だが、セアとルビンは一度も口を挟まず最後まで、真剣に聞いてくれた。


「話してくれてありがとう。俺、ルナートたちのこと、忘れない。あいつたちの分も俺が生きるし、ルナートたちの過去を俺も背負う」

「ミサさんに、会ってみたかったわ。そんな人生を送って……。みんな……、革命で……っ。カッコいい生き方で、カッコいい死に方じゃない……」


 ずっと、背負っていた物だ。

 43人いた仲間も今では、もう二人。

 まだ、全員のことを鮮明に覚えている。


 少しずつ朝日が昇ってきた。

 すると、カサササ、と草を掻き分ける音が聞こえてくる。


「誰だ?」

「……っと、あれ?! 3人ともこんなとこで何やってんの?」


 ひょこっとサクヤが草の合間から顔を出し、ゆっくりと歩み寄ってくる。


「少し、昔話を聞かせていた」

「……そっか」

「お前は、何やってるんだ?」

「いやー、早く終わったからちょっと帰りに墓参りでもしとこうと思ってな。あ、大丈夫、博打はバッチリ勝ってきたからガッポリだ」


 相変わらず、空気を読まない奴だ。

 サクヤはあの頃と何も変わっていない気がする。周りに同じようなやつが一杯いたから、あまり意識はしていなかったけど。

 いざ、こうして二人になると、みんなのことが恋しくて仕方なくなる。


 四人を照らす朝日がいつもより眩しい。


「そう言えばまだ、聞いていなかった。なぁ……、セア。よければ、お前の過去も教えてくれないか。どんな人生を歩んできたのか、俺も知りたくなった」

「……いいよ」


 何も訊き返さず、セアは答える。

 そしてセアは、ゆっくりと語り始めた――。





⌘ ⌘ ⌘ ⌘





 セアが語り終えると、すっかり夜が明けていた。朝日は、四人を照らしていた。

 セアの歩んできた人生も、俺たちよりは酷くないが壮絶なものであった。だけど、セアにも幸せな時があり、俺たちにも幸福な時間があった。

 苦しみの中で見出した、とても小さな幸せ。その価値を、その尊さを今になって気づくなんて、あまりにも遅かったように思う。


 この街にいると、どうしても思い出してしまう。

 死んだ仲間のことを。

 それに、昨日のこともあるから、街は<零暗の衣>解散の報で一杯だろう。

 取材士に寄ってたかられても厄介だ。


「取り敢えず、一番近場の都市に行こう」

「ルビンちゃーん、ここからだと何処が近いー?」


 ポーチから地図を取り出したルビンは少し睨めっこをしてから指を指しみんなに見せる。


「ここね」

「そうか」


 俺はゆっくりと立ち上がりながら息を吐く。

 手に持っていた十字架を、ミサの墓につける。

 サクヤが隣で手をあわせる。


「行こうか」


 そう言って、ミサの墓と突き立てたルナートの短刀を一瞥しこみ上げてくる涙を抑えてから翻る。

 そして、歩き出した。

 長い追憶の果てに、決別した過去をここに残して。




 背後で、ルナートとミサが手をつなぎながら笑顔で『『行ってらっしゃい』』と、声をかけられているような。

……そんな気がした。





――「メダリオンハーツ」第二章;世界追憶編、完。――

三章、ようやく完結致しました!

ここまでお付き合いくださって本当にありがとうございましたっ^ ^

これで、<零暗の衣>の物語は完全に終わりです。

それではまた次章でお会いしましょうっ。


(活動報告も載せているのでよければっ)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ