外伝18話~3択~
周りに急かされながらステイファートムの写真撮影や表彰式、国内外を問わないインタビューを終えた僕が一息ついていると、そこに1人の男性が現れた。
「勤……」
「父さん……どうしたの?」
僕と同じようにBCデーに遠征してきた父さんが声をかけてきたのだ。
「いや、その様子なら問題ないな。まだレースは残ってる。カーテンコールも勝って3勝してこい」
どうやら様子を見に来たらしい。国外のダートGIで故障発生。ホクトベガの悲劇が頭をよぎる。でも父さんは僕の様子を見て大丈夫と判断したのか、次のレースの激励をしてくれた。
「うん。……父さん、忠告ありがとうね」
グルグルバットが故障した時、正直怖くなった。でも、すぐに立て直してファーを落ち着かせることが出来たのは、父さんの言葉があったからだと思う。
言うなれば影のMVPというか……もちろんファーも含めて荻野陣営全員の勝利なんだけど、今回に関しては父さんもそのうちの一人だと思うんだ。
「気にしなさんな」
父さんは僕のそんな思いなど気にする様子もないけれど……さて、次はBCマイルをコールの奴で勝ってきますか。僕は晴れやかな表情をしながら歩みを進めた。
***
《第4コーナー! 横川勤! カーテンコールは外に出した! 兄に続いて勝利できるか!
外に回したカーテンコール! 同じ位置から上がっていくディバインゲートを! 交わす! 交わす!
先頭カルフォルニアティアン! カーテンコール来る! カーテンコール一気に2番手! 後ろを突き放す!
カーテンコール先頭! カーテンコール先頭! やはり強い! 兄と弟に続いてまたしても! 勝ったのはやはり!
カァァァテンコォォォォォォルッッッ!!! マイルGI5勝目!!! そして、横川勤! 今日GI3連勝!!!
信じられない! なんという血筋! なんという一族! これが日本の誇る運命の血! マイル女王カーテンコールです!》
桜花賞、香港マイル、ヴィクトリアマイル、そして同着の安田記念に続いてカーテンコールはBCマイルを制し、GI5勝の実績を築きあげた。
***
《競馬に関する速報について語るスレ》
1:名無しの競馬ファン
【祝】アメリカGI日本勢3勝!!!!!
BCクラシック ステイファートム
BCマイル カーテンコール
BCターフスプリント ポインセチア
2:名無しの競馬ファン
見事に運命旅程一行で草www
3:名無しの競馬ファン
ワナビアヒーローの2着もあるんだが、やっぱりこの3頭よな
4:名無しの競馬ファン
海外でもステイスターダム、プリモールの話題が上がってるらしいぞ
5:名無しの競馬ファン
そらステイスターダムはこの3頭以外はGIII勝ち馬が1頭だけやし怖いやろ
確かポインセチアまで出た辺りでプリモールと似た血統の馬が大量に付けられたらしいけど
6:名無しの競馬ファン
プリモール自体血統が零細すぎてそれでも30頭も居ないという
7:名無しの競馬ファン
親プリモール⇒秋天
長男ステイファートム⇒GI9勝
長女カーテンコール⇒GI5勝
次男ポインセチア⇒GI2勝
控えめに言って異常だよな???
8:名無しの競馬ファン
ド派手定期
9:名無しの競馬ファン
国内外問わずどこの種牡馬に付けるべきかネットでは議論されてるけど正直ステイスターダム一択なんだよなぁ
10:名無しの競馬ファン
実績が違いすぎるしな。今2歳のエンドジャーニーは去年のセールで3.3億円ついてたし
11:名無しの競馬ファン
今なら5億超えても買う価値はあるだろうなww
12:名無しの競馬ファン
でももしこの先も同じ血統の馬がどんどん産まれて種牡馬入りしたら……
13:名無しの競馬ファン
そうならないように生産者側も色々試してるんだが不受胎になるんだよなぁ
プリモールの子供でファートムの上の仔、5歳、1歳がいないのは不受胎を繰り返したからだし
14:名無しの競馬ファン
リーディング種牡馬や外国馬とか色々試してるらしいね。相性良い馬が見つかればいいけど
15:名無しの競馬ファン
まぁ全頭GIを勝つとかえぐいことはさすがに起きんやろww
16:名無しの競馬ファン
それはねぇだろwww種牡馬にしなかったり、最悪国外追放すれば安心
17:名無しの競馬ファン
牝馬も生まれるだろうしな
ヴィクトワールピサが懐かしい
18:名無しの競馬ファン
そう言えばオーソレミオの着順出てたな
7着
19:名無しの競馬ファン
明らかに苦手そうなのに1桁には来てるの草
20:名無しの競馬ファン
走りにくそうに最後方でわちゃついてたけど最後の末脚だけはいつもの片鱗を見れたな
21:名無しの競馬ファン
それでも3つ目の黒星が初ダートだし評価は落ちないでしょ
22:名無しの競馬ファン
次走は未定らしい。年内休養入らないんだな
23:名無しの競馬ファン
ステイファートムも次走予定出てないな。さすがに6歳だし引退臭いか?
1着で引退とか最高やろ
24:名無しの競馬ファン
【速報】グルグルバット引退!!!
25:名無しの競馬ファン
おぉ! 生き残ったか!
26:名無しの競馬ファン
生きてて良かったぁぁぁ!!!
27:名無しの競馬ファン
脚の骨折手術終了して競走能力喪失したらしいけど
生きててくれただけで十分
28:名無しの競馬ファン
ダートGI12勝。コパノリッキーを超えての勝利数1位はえぐい。こんな歴史的名馬に出会えて良かったよ
29:名無しの競馬ファン
しかもサウジCとドバイWCを2勝ずつあげてるから当たり前だけど取得賞金ランキングも世界1位。えぐすぎwww
30:名無しの競馬ファン
今後はノーゼンファームで種牡馬入りらしい
当たり前だよなぁ!?
31:名無しの競馬ファン
初年度種付け料は1800万! イクイノックス。ロードクレイアスの父でもあるGI8勝ロードクレセントについで初年度の額では歴代2位!!!
32:名無しの競馬ファン
ロードクレイアスは父も健在だったからか1500万スタート
タガノフェイルドはマイル専だったこともあってか1300万スタート
33:名無しの競馬ファン
その点グルグルバットは世界の良血で日本での需要も高いからな
まぁダートがメインのせいで低くなってるが……それでもダート馬最高額まで更新しやがった
34:名無しの競馬ファン
今後これ以上のダートホースは見られないだろうなと感じるこの頃……
35:名無しの競馬ファン
【速報】ステイファートムの今後、決定する!
36:名無しの競馬ファン
うおっ、マジだ!
37:名無しの競馬ファン
公式が声明出しとる!
38:名無しの競馬ファン
引退種牡馬入りか!
39:名無しの競馬ファン
引退式の情報書かれてるんかね!?
40:名無しの競馬ファン
さすがにどこかでラストラン走らないよね?
41:名無しの競馬ファン
同じレースでグルグルバットが故障したしそれはねぇだろ
42:名無しの競馬ファン
どうせなら芝とダートの最強馬、同時の引退式とか盛り上がりそう!
43:名無しの競馬ファン
個人的には有馬記念走って欲しいんだがなぁ
44:名無しの競馬ファン
無理言うなってwwwもう6歳やぞファートムは
45:名無しの競馬ファン
ちょwwおまえらコレ見ろwww
46:名無しの競馬ファン
おぉ、マジか……
47:名無しの競馬ファン
ステイファートム、いや、ステイファートム陣営は本当に凄いことやろうとするなwww
***
ファーがBCクラシックを勝ったことを祝う、荻野陣営祝勝会に僕は参加していた。
「ははは! 勝った勝ったぞ!」
1番喜んでいるのは僕の肩を組む荻野さんだ。いつもそうだが、ファーの勝利をここまで激しく喜ぶのはこの人だろう。
「今度うちの庭に銅像作りましょうよ!」
「いいですねぇ! 私も半分出しますよ!」
「「ははははは」」
ファーの生産牧場を運営する館山さんと、馬主の宮岡オーナーも肩を組んでそんなことを言ってる。確か、銅像って4歳の時に作ってなかったっけ?
はは、もう既にだいぶ酔っているようだ。そうなるのも無理はないか。僕だってSNSをしていたら岡部さんもびっくりのポエムを書いているだろうから。あ、だから荻野さんに止められたんだっけ、はは……。
「まぁ、ファーは今年で引退だしなぁ」
唐突な宮岡オーナーの言葉に僕はドキリとする。やっぱりそうなのか……。いや、当然である。GI9勝……もう6歳になる。この偉大な血を後世に残さねばいけないのだから。
「それで、どうします? このまま引退するのも1つの手ではありますが」
「悩んでるんだよ。グルグルバットの怪我を見てから特にね……。私はファーに怪我をして欲しくない。だからもう、引退してもらうのが1番なんじゃないかって」
「ファーは、まだ走れます!」
引退……分かってはいた。それでも叫ばずには居られなかった。乗っていて分かるのだ。まだやれると、ファーは言っている。
「横川君、走れるから走る。そういう訳には行かない。万が一怪我をされては、私は私を抑える自信が無いからね」
「えぇ……それでも、あと1戦。ファーなら走れます。ずっと乗ってきた僕がそう断言します」
「宮岡オーナー、勤はあぁ言ってますがそれでレースに出る場合、それが本当にラストランです。今回はまだ勝てましたが、全盛期は緩やかに過ぎてきてます」
それを聞き、宮岡オーナーは腕を組み悩む様子を見せた。僕はあと1戦、走りたい。ファーも走りたいだろう。荻野さんも1回は走れるとは伝えてくれた。
「それならファーに直接聞けばいいでしょう」
「直接?」
そんなことを言い出したのはファーの生まれ故郷である館山牧場を経営する館山さんだ。
「えーと……こうして、こうして……これをファーに選ばせましょう」
館山さんがそう言って見せてきたのは3枚の紙だった。そこには『ラストラン香港ヴァーズ』『ラストラン有馬記念』『引退種牡馬入り』と書かれている。
「これ見せて一番最初に選んだ奴にしましょう」
「えぇ……まぁ、ファーが選ぶのではあれば、仕方ないか。走るのは本人なんだし……それでいきましょう」
館山オーナーの普通ではありえない提案に宮岡オーナーは困惑しつつもすぐにその案を受け入れた。僕も、荻野さんも何も言わない。ファーの今後はファーに委ねられることとなったのだ。
***
ファー、疲れましたわ。グルグルバットの奴は生きてるのかね? あー、今になってタマモクラウンのことを思い出してきた。死なねぇよな、あいつ……。
ゼッフィルドの奴も見なくなったし、ちゃんと生きてるか確認できてねぇんだよ。頼むから俺と関わった奴ら全員生きてますように……ってなんだ?
俺がそんなことを考えていると横川さん、荻野さん、宮岡オーナー、館山さんの4人が入ってきた。
横川さん、荻野さん、宮岡オーナーの手には1枚ずつ紙が握られている。館山さんはカメラを回していた。おー、こりゃなんの撮影だ?
んーとなになに? 横川さんは『ラストラン香港ヴァーズ』。荻野さんは『引退種牡馬入り』。宮岡オーナーは『ラストラン有馬記念』って書いてあるな。
……ん? ひょっとしてこれ、俺に選べって事か!? 初めてだぞこんなの!? ……最初で最後ってことか! OK! 任せろ!
館山「なんか、いい感じに悩んでますね」
宮岡「さすがのファーも困惑してるんじゃないか?」
横川「これ、紙ってより人で選ばれません?」
荻野「おい悲しいこと言うなよ」
4人がなんかボソボソ言ってるが気にするな。さてさて、横川さんが持ってるのは香港ヴァーズ……これ! 俺が去年ラストランで走る予定だったレースじゃねぇか! 忘れ物を取りに行けって事かね?
とりあえず2つ目、荻野さんの引退種牡馬入り……あっ、そうだよな。俺はあったとしても次がラストランって訳か……あと種牡馬入りはあれだな。父親になる奴だ。なるほどね……。
最後に宮岡オーナーのこれは、有馬記念か! タマモクラウンに負けた1度目。ドゥラスチェソーレに格の違いを見せつけた2度目。……懐かしいな。これは日本のレースだった。あれからもう2年も経つのか……。
「思ったより悩んでますね」
横川さんの言葉が聞こえた。でも悪いな横川さん、選択肢全部見たら俺が選ぶ道は一択なんだわ。見とけ館山さん! とそこのカメラ! 俺が選ぶのは……これだァァァァァ!!!!!




