外伝17話~BCクラシック《後編》~
サンタアニタパーク競馬場第5R:BCクラシック<GI>(ダート・良・左・2000m)
【馬番】【名前】【枠番】
①オーソレミオ⑭
②レブロンジョイユ⑩
③ドゥームネルト④
④ディールザット⑫
⑤グルグルバット③
⑥ハーブクルトン⑬
⑦アナザーレイン⑦
⑧マルク⑨
⑨リンカーン⑪
⑩ステイファートム⑧
⑪ウーバーイーツ①
⑫アニメイト⑥
⑬ティックトッカー⑤
⑭ヒューストン②
《第4コーナーを過ぎ! 役者は前に固まった! 栄えある栄光! 手にする栄誉はただ1頭のみ! 全てを決める、最後の直線迎えます!》
『「行くぞ!」』
迎えた最後の直線。俺の掛け声に合わせて横川さんも鞭を入れる。慣れた手つきで1番俺にとって分かりやすく、全力を引き出すこの入れ方! マジで最高だよ横川さん!
そうそう。ここ、サンタアニタパーク競馬場の最後の直線、栄光のゴールまでは約300mと非常に短くなっている。だから第4コーナーを過ぎてから鞭を入れ出すと脚を余す馬もいるらしい。
なのでごった返して乱れやすいコーナーから仕掛ける馬も多い。そう、内を突いたアメリカ三冠馬アナザーレインのように。
『あはははっ! あんたら全員ぶっちぎってやりますよ!』
『気色悪い笑いしてんじゃねぇよ! てめぇは俺のケツだけ眺めてろ!』
《先頭リンカーンとウーバーイーツ! あっという間にステイファートム並んで交わした! ステイファートム先頭!
内からアナザーレイン! 真ん中からドゥームネルトも来ている! アメリカの2頭もやってきている!》
『ステイファートム! 貴様を抜き去る!』
『やってみろドゥームネルト!』
『はっ! あいつがいればなんて言わせてたまるか! ここは……ここは! 俺のホームだぞ!!!』
あいつ、とはグルグルバットの事だろう。グルグルバットが居ればこのレースはあいつが勝っていた……絶対に誰にも言わせたくない言葉だ。その気迫、サウジCの時に出されたら俺も負けていたかもしれない。
『あんたら老いぼれの出る幕じゃねえんですよ! さっさと俺に譲りやがれ! 3流共!』
同じく鞭の入ったアナザーレインが内を通って一気に加速する。先頭である俺の1馬身後ろにドゥームネルト、さらにその1馬身後ろにまでアナザーレインは迫ってきていた。
《ステイファートム先頭! ステイファートム頑張る! ステイファートム頑張れ! 真ん中ドゥームネルト! ドゥームネルト!! 内からアナザーレインが来たァァァ!》
『クソがァ!』
『まず、1人目!』
《アナザーレインだ! ドゥームネルトを交わして先頭ステイファートムに並びかける!
残り200を切った! ステイファートム先頭! ステイファートム先頭! アナザーレイン2番手!
少しづつ! 迫ってくる! 前に迫ってくる!》
ホームの、古馬の意地を持つドゥームネルトを競り落とし、アナザーレインが内からさらに加速する。
「頑張れファー!」
横川さんの鞭が飛ぶ。ゴール板までは残り僅かだ。あと少し粘れば俺の……俺達の勝ちだ。勝てるんだ! だから、頼む!
『捕まえましたよぉ! ステイファートムゥゥゥ!』
『負けられねぇんだよ! お前にはなぁぁぁ!』
あぁ、明らかに向こうの方が脚が良い。サウジCの時のグルグルバットを思い出させる強さだ。俺一人じゃ、絶対に勝てねぇ。
《差が1馬身! 1馬身! 半馬身! 半馬身! ステイファートムにアナザーレインが迫る! 迫る!
BCクラシック! この2頭に絞られた! 頑張れ日本ステイファートム! アナザーレイン迫る! 迫る!》
「ファー! 粘れ!」
横川さんの叫びが耳に届く。それと同時に『頼んだぞ』……そのグルグルバットの言葉が頭の中で再生された。
『頼まれたら、託されたなら……応えるしかねぇよなぁぁぁ!!!』
来いよ、アメリカ三冠馬アナザーレイン。てめぇが相手にしてんのは、グルグルバットに後押しされた日本の運命旅程だってこと、分からせてやらぁ!
《ステイファートム差を保つ! 1馬身! 1馬身! アナザーレイン迫る! しかし!》
『ちっ! 諦めが悪いなぁ! 3流の癖に、俺の先に居るんじゃねぇよ!!!』
アナザーレインも脚を伸ばす。凄まじい末脚だ。だが……。
《しかし差が詰まらない! ステイファートムだ! アナザーレイン2番手!》
『なん、でっ……! ふざ、けるな! 3流が俺に勝っていいはずないだろ! 俺に勝っていいのは、1流だけだ!!!』
『ならおめぇ、俺が条件を満たしてるじゃねぇか!』
『っ……そんな事がぁ! あぁってぇぇ! たまるかぁぁぁぁぁ!!!』
アナザーレインの言葉に対して俺がそう言うと、アナザーレインは僅かに言葉が詰まり、目が泳いだ。ほんの少し、わずかな隙。
しかし決定的な隙だった。1%はあっただろう、アナザーレインの勝率を0にするぐらいには。なぁ、グルグルバット……俺は、勝つぞ。
《これは決まった! GI9勝の! あの女王に並ぶ! 運命旅程! ステイファートム! 今! BCクラシックを制しましたぁぁぁぁぁぁ!!!!!!
アメリカ三冠馬アナザーレインは2着! 日本の運命旅程ステイファートムがGI9勝目! 初めてのダートGIタイトル!
3着はドゥームネルト。そして、なんとグルグルバットは故障発生です。倒れることなく立っています
痛々しい姿ですが騎手が落馬することもなく、グルグルバットは立っています。大事がないよう祈りましょう》
「っしゃぁぁぁっっっ!!!!」
数回しか聞いた事のない横川さんの心からの叫びを聞き、俺は勝ったことを再度確信する。だが悪い横川さん、今はグルグルバットの奴を確認するのが最優先だ。
「っとと……ファー、分かったよ」
俺の様子が変なことに気づいたが、その理由を察した横川さんは俺の首を撫でながら促す。
『よう、グルグルバット』
『ステイファートム……勝ったか』
『当たり前だろ』
グルグルバットの脚を見る。恐らく骨折。だが肉から骨が飛び出しているようには見えないし、きっと大丈夫だろう。
それでも痛いだろうに、コイツは騎手を落とすことなく最後まで他の脚で身体を支えて立っていた。立派だよ本当。
『でも、お前に勝った訳じゃねぇ』
『当たり前だ。俺が走っていればサウジCの時のように勝っていた』
『うっせぇ。……それでも、今回このレースに勝ったのは俺だからな』
『それはそうさ。たらればなんて言っても仕方ないからね。おめでとう……そして、ありがとう』
グルグルバットの奴は強い。だから俺が勝てない可能性はある。事実、1度は負けた相手だからな。でも、今回のレースでは結果して俺が勝った。それが全てだ。
『ステイファートム……またな』
『おう。ちゃんと怪我治せよ』
グルグルバットはそうやって去っていく。アイツは最後の最後まで王者だった。さて……あそこにいる年下三冠馬君にでも絡みに行くか。
『……ありえない』
『アナザーレイン』
『っ……認めない! お前が1流なんて俺は認めません!』
話しかけて早々言われた言葉がそれだった。一流だぁ? そう言えばレース最後にもそんな言葉が聞こえたっけ。
『あぁ? 認めるも何も、同じ1流のてめぇに勝った俺が1流じゃねぇわけねぇだろ』
『俺が1流なわけないだろ!』
…………はぁ? アナザーレインの言い訳かと思いきや、飛んできたのは予想外の言葉だった。アナザーレインが自分のことを1流ではないと、そう言葉を発したのだ。
『訳分からんねぇぞ、おい?』
『俺は1流じゃない……』
あー……どしたん話聞こか? 俺はだるそうにしながらも、そう尋ねていた。そしたらアナザーレインの奴はぽつりぽつりと語り出す。
それはもう話す話す……長ぇよ!? こいつの半生聞いた気分だわ!? でもまぁ、拗れてる原因は分かった訳だが……三冠馬でもガキってのは共通点かよ。ドゥラスチェソーレも驕っていたし。ったく、仕方ねぇな。
要約すると、アナザーレインの新馬戦にそれはもう強い奴がいたんだと。そいつが自分のことを1流と言っていたと。ならば2着だった自分は2流だって認識をしていたらしい。
それ以降勝ち進む度に強いっていう奴らを倒してきた訳だ。2流の自分にすら勝てない奴らが威張ってるのがウザイらしい。
んで、肝心の自分を倒した奴はどうやら怪我をしてそのまま消えたらしい。それは倒した他の馬から聞いた情報らしいがな。
んで……唯一自分を倒したその馬が自分の中の1流となっていて、さっき俺に負けた時、その幻影が見えたんだとよ。でも3流扱いした俺が1流な訳が無い……らしい。
そう言えばこいつ、俺らのことを3流呼ばわりしていたけど1度たりとも自分の事を1流呼びしてなかったな……。
『なるほどな』
『あぁ……俺はアイツに1流となって顔向けするためにも、アイツと会うまで負ける訳にはいかなかった。……でも、2流のあんたにも負けちまった。ははっ、無様だな』
『んなわけあるかこんちくしょうがぁぁぁ!?!?』
『ごはぁぁあっ!?!?』
ふざけたこと抜かしやがって! そう思い俺はアナザーレインの奴に頭突きをかます。あと2流2流うるせぇんだよ! 俺様は超1流じゃボケェ!
『まず! レースってのは強い奴が勝つ。それはそうさ! 勝った奴が弱いなんて口が裂けても言えないし、言っちゃいけねぇ!』
『あ、あぁ』
『でも! それなら負けた奴は弱かったのか? って話になるが、それは違うだろ! 負けても強いやつだって居るんだよ!』
『あ、あぁ……?』
『お前に勝った俺だって何回負けたか知らんのか!? 知らんよなぁ! 教えてやるよ! ディープゼロスに2回! ロードクレイアス! ゼッフィルド! タマモクラウン! グルグルバットの4頭に1回ずつ! 合計6回負けてますがァァ!?!?』
『は、はい……』
ちなみにタガノフェイルドにも非公式だが俺は負けたと思っている。
『もちろん負けた奴らにはそのあと勝ったり勝ち越ししてますがね!? それでも負けるんだよ俺も! グルグルバットにも負けてる! それでだ! なら今回勝ったのもグルグルバットの奴が怪我してなかったら俺が負けてたってのか!? ふざけんじゃねぇぇぇ!!!』
『は、はひぃ……』
これで俺が負けてたとか言ったら捻り潰してたぞこの野郎。
『俺に勝った奴がいようが、このレースを勝ったのは俺だ! 今まで積み重ねた勝ち星は! 俺だけの物だ! そこに誰かが入る隙間なんてねぇよ! 例えお前に勝った奴がいても、それで今まで勝ってきたレースの全てまで否定してんじゃねえよ!!』
『っ……』
『レースなんて勝ち続けるやつもいるが、普通は勝ったり負けたりする。いつも通りの実力が発揮できたか、発揮できる展開や馬場かどうか、得意なコースかどうか、その全てが上手く噛み合ったか。そんな幾つもの運っていうのが転がってきた時に、自分の物に引き寄せるだけの力があるか! 色々あるんだよ! 簡単に1流2流とか言ってんじゃねぇ!』
たった1回の負けで全てが決まるなんて馬鹿げた話だ。負けても強い馬だっている。次に勝つかもしれない。勝った馬が次も勝てる保証なんてない。それでも……。
『勝つためにターフに立っている。それだけで皆1流だよ。俺はもちろん超1流だけどよ……。だから、いつまでも幻影に囚われてねぇで前向けや。三冠馬だろ、お前は……』
『……俺は、いいのか? 誇ってもいいのか? ……ずっと、1流になりたかったんだ。そのために、頑張って頑張って何度も勝った。……苦しかった』
『そうか、言ってやるよ。お前はずっと前から1流だよ。三冠馬になった時でも、初勝利をあげたときでもねぇ。その1流って奴に負けた時からずっと1流だよ、お前は』
その言葉でアナザーレインは緊張の糸が切れたかのように泣き出した。1流という言葉に囚われ、縛られ続けた今までのレースを、こいつは楽しいと思った事があるんだろうか?
まぁ、それは今後のこいつ次第か。それよりも今すぐやらなきゃいけねぇのは……。
「ファー頼む! 動いてくれ! 早くターフからどいて写真撮影とか色々詰まってるからってうぉぉ!? 急に動くなよぉぉぉ!?」
アナザーレインの話が長いせいで横川さん達に迷惑をかけてしまった! 急がねばァァァ!
BCクラシック<GI>結果
1着 ステイファートム
2着 アナザーレイン 1馬身
3着 ドゥームネルト 1 1/2
4着 リンカーン 3
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競走中止 グルグルバット




