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wikiっぽいもの~その1~

馬名:ステイファートム

香港表記:運命旅程

性別:牡

毛色:栃栗毛

生誕:2029年4月9日

死没日:2064年10月7日

父:ステイスターダム

母:プリモール

母父:クワイトファイン

生産者:館山牧場

馬主:宮岡オーナー

調教師:荻野調教師

主戦騎手:横川勤



通算成績:21戦15勝[15-6-0-0]

主な勝ち鞍:203*年 新馬戦2着 (同着)、エリカ賞1着


203〇年 GI皐月賞2着、GI日本ダービー2着、GI菊花賞2着、GI有馬記念2着、GII弥生賞1着、GII神戸新聞杯1着


203✕年 GI天皇賞・秋1着、GIジャパンC1着、GI有馬記念1着、GII札幌記念1着


203△年 GI大阪杯1着、GI天皇賞・春1着、GI宝塚記念1着、GI凱旋門賞1着、GIIニエル賞1着


203□年 GI安田記念1着 (同着)、GI BCクラシック1着、GI有馬記念1着、GIサウジカップ2着



タイトル

203×年 年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬

203△年 年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬

203□年 年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬



レーティング

203〇年 122(有馬記念2着)

203×年 128(有馬記念1着)

203△年 135(凱旋門賞1着)

203□年 132(有馬記念1着)



概要:日本競馬史上初となる凱旋門賞勝ち馬にして、GI10勝に到達した競走馬。パンサラッサに続く2頭目の海外芝ダートGIダブル制覇を成し遂げている。


また史上初となる3年連続の年度代表馬選出もされており、同じく史上初の春古馬三冠と史上3頭目の秋古馬三冠を達成した。


翌年にはオルフェーヴルの95.9%(1回目)、アーモンドアイ96.6(2回目)を超える脅威の投票率98.4%で顕彰馬入りを果たしている。


また父ステイスターダムの代表産駒となっており、レーティングはイクイノックスと並ぶ135を記録した。主な勝ち鞍は春古馬三冠、秋古馬三冠、凱旋門賞、BCクラシックなど。


JRAのヒーロー列伝第115弾で実装されている。1度目の天皇賞・秋を勝った時のステイファートムの写真が使用されており、キャッチコピーは『運命に導かれて』。



デビューまで:父はあのGI8勝のロードクレセントを破って日本ダービー馬に輝き、屈腱炎を発症した事で引退となってしまったステイスターダム。


母は父にクワイトファインというトウカイテイオー唯一の後継種牡馬をもつ非主流の血統ながらも、実践面ではティアラ路線を湧かせて牝馬ながら天皇賞・秋を横川勤と共に初制覇を成し遂げた名牝プリモールである。


事の発端は様々な種牡馬をつけながらも不受胎を繰り返していた所、館山生産牧場長の元に舞い込んできた1本の電話だった。


当時ステイスターダムは初年度産駒の育成牧場における評価は高くなく、日本ダービーの勝利もフロック視されていた事で種付け料も250万円から引き下げられた200万円と格安だった。


館山牧場長への電話はただのセールスだったが、ノーゼンの高額種牡馬を付け続けて不受胎を繰り返したので、少し価格を見直したステイスターダムをダメ元で交配することとなった。


すると見事に受胎が確認され、その後は何事も起こることなくステイファートムは2029年4月9日にプリモールの初仔として誕生する事となった。


なお余談だが、ステイスターダムとプリモールは同じ日に競馬場で走ったことがあり、その際に併せ馬を行った事が1度だけある。


その際にステイスターダムの方がプリモールの方をじっと見つめていた様子から、一部ではスターダムはプリモールに恋をしたと噂された。


元々気性の荒かったプリモールがこの種付け以降大人しくなり、母となった経緯もあるが真偽は不明である。


産まれた当時のステイファートムについて館山生産牧場長はこう語った。


無事に生まれててくれればそれだけで良かった。だが普通は1時間近くかかる最初の四足歩行を、ほんの10分ほどで達成したことで大きな期待は寄せていた。


それに綺麗な栃栗毛だった。母親似だったね。将来はオルフェーヴルのような、金色の馬体になるんじゃないかと思ったよ。


そして誕生から2ヶ月後、ステイファートムは母プリモールの馬主でもあり、自分の馬主にもなる宮岡オーナーとの出会う。


オーナー曰く、プリモールの初仔と言うだけで購入は決めていたそうだが、命名する際にファートムが見せた伝説のテイオーステップで名前がトウカイファートムにあわやなりかけたという逸話がある。


ちなみにステイファートムは皆さんご存知、『ステイ』は旅程。『ファートム』は運命。合わせてステイゴールドの黄金旅程に合わせて『運命旅程』として命名された。


そして母親のプリモールと共に、無事に成長したステイファートムは大切にされながら育成牧場へと旅立つ事となる。


しかしプリモールは初仔のファートムを取られることに敏感になっており、気性悪化を危惧した館山牧場長は本来より少し長い期間ファートムとの時間を過ごさせたそうだ。


牧場長は後に、育成牧場での馴致などの訓練が他の馬より遅れたことが、ファートムが晩成傾向の戦績を残す事となってしまったかもしれないと語っていたが真偽は定かではない。


育成牧場ではプリモールを手がけた荻野厩舎の荻野調教師に非常に目をかけられており、同じく荻野厩舎となったタガノフェイルドと共に『うちには未来のGI馬が2頭いる』と太鼓判を押されていた。


そんなステイファートムだが、育成牧場ではボス的存在だったGI7勝のマイル王タガノフェイルドと唯一対等に過ごせる馬として時を過ごした様子であったとされている。


そして育成牧場でステイファートムは運命の相手と出会うこととなる。全てのレースにおいてその手綱を握ることとなる不動のパートナー横川勤騎手との出会いだ。


当時のステイファートムは『まず間違いなく重賞レベルだ』と出会ったばかりの横川勤騎手を言わしめるほどのオーラだったそうだ。(なお実際はGI10勝をあげる歴史的名馬となるので過小評価にも程がある)


そうしてステイファートムはタガノフェイルドと共に荻野厩舎で育成され、怪我もなく無事にデビューを迎えることとなった。


競走馬時代:GII札幌記念開催の札幌第5レース新馬戦にてステイファートムはデビューする事となる。


そこでは後の皐月賞馬ディープゼロス、日本ダービー馬ロードクレイアス、最強の未勝利馬と呼ばれたタマモクラウンに加えて、3階級制覇を成し遂げたシャドーフェイスや暴れ馬として親しまれたバーストインパクトが顔を揃えた。


また本レースは出走した競走馬のうち一頭を除く全頭が最終的にはオープンクラスまで勝ち上がっており、非常にレベルの高い新馬戦となっていた。


これによって本レースは後の名馬達が集結した『伝説の新馬戦』を超える『神話の新馬戦』『神代の新馬戦』『創世の新馬戦』などと揶揄されることとなる。


レース展開はシャドーフェイスが中盤まで先頭を引っ張る形で始まり、バーストインパクトがかかって捲り戦法をとる。


最後は粘るステイファートムの後ろから差してきたディープゼロスとロードクレイアスとの叩き合い。その果てにディープゼロスがハナ差の勝利となった。


ステイファートムはロードクレイアスと同着での2着となり、GI10勝馬のメイクデビューとしては順調なスタートとは言えなかった。


なお1走前ではタガノフェイルドが衝撃の8馬身差でのデビュー勝ちを果たしており、同厩舎の同日メイクデビュー勝利という記録は達成されなかった。


その後は未勝利戦に進むと思われたステイファートムだが、今回のレース後に骨の一部が欠け摘出する手術を受ける事となった。


術後は順調に進み、復帰戦は12月のOPクラス、格上挑戦となるエリカ賞に出走を決めた。芝2000mであり、ステイファートムの得意な距離である。


未勝利ながら前走の勝ち馬ディープゼロスがGIIデイリー杯2歳Sを、ロードクレイアスが東京スポーツ杯2歳Sを完勝したことで単勝1.1倍に推される事となる。


なおこの時、ステアファートムは見事なゴールドシップと同じ二本脚立ちを見せてオッズが1.3倍まで跳ね上がり、テイオーステップを初披露したことで1.1倍に戻るという訳の分からないことをやってのける。


なお結果はレコード勝ちであった。後のLクラス勝ち馬のメイプルフェスタを2着にし、骨折明けにも関わらず上がり3ハロン33.1で5馬身差をつける圧勝。


その後ステイファートムはクラシック期のライバルとなるディープゼロス、ロードクレイアスと共に3頭の怪物と呼ばれることとなる。


ちなみにライバルと呼ばれるロードクレイアスだが、ステイファートムが三年連続年度代表馬に輝く一方で2歳王者はディープゼロス、最優秀3歳牡馬はゼッフィルドと特別賞タマモクラウンに年度代表馬タガノフェイルド。4歳時5歳時は共に自身が特別賞受賞。


つまり一度もまともなタイトルが取れていないこの不遇ぶりを当時のファンは今でも嘆いている。なんで2歳GI勝ってダービーも勝って海外GIも有馬記念も勝ったGI7勝馬がJRA賞取れてないんですかねぇ?


ともかくこうして2戦1勝2着1回で2歳シーズンを終えたステイファートムの年明け初戦はGI皐月賞トライアル、GII弥生賞であった。


この弥生賞でステイファートムは1.9倍の1番人気に推されるが、この時の出走メンバーも振り返って見れば中々に豪華である。


若駒Sを3馬身差で圧勝し、6歳でGI天皇賞・秋を制するサザンプール。GIホープフルS4着であり、GII2勝をおげる最凶世代の逃げ馬ジェミニリストが集結している。


レース展開は大逃げの手を打ったジェミニリストをステイファートムが差し切って勝利となった。なおサザンプールは3着である。


そして迎えるのはGI皐月賞。人気はホープフルSから直行してきたロードクレイアス。ステイファートムは2番人気に推されており、ディープゼロスは3番人気であった。


3頭の怪物が上位オッズを占める形となっており、4番人気は共同通信杯から直行してきた無敗馬であり、のちに香港GI2勝をあげるドゥラブレイズ。未勝利馬タマモクラウンは5番人気であった。


他にも3階級制覇を成し遂げるシャドーフェイス、黄金の血を始祖にもつ暴れ馬バーストインパクト、サザンプールにジェミニリスト、名ステイヤーのメイショウザクロスなど豪華な顔ぶれとなった。


皐月賞ではまず1番人気のロードクレイアスがディープインパクトさながらの出遅れをしてしまい悲鳴があがった。


そしてシャドーフェイスが1000m通過タイムを56.9という異次元の走りを見せたが、この逃げは4コーナーで早くも不発に終わる。


そんな中2歳王者のディープゼロスが抜け出し、ステイファートムをハナ差で下し戴冠することとなった。逆にロードクレイアスは出遅れが響き、3着のタマモクラウンと写真判定の結果4着となる。


これがのちにロードクレイアス逆襲の末脚へと繋がる事となった。また、タマモクラウンのクラシック皆勤全て3着の珍記録樹立へのスタートともなる。


皐月賞を2着で終えたステイファートムは続くクラシック二冠目であり3歳の頂点を決める1戦。GI東京優駿日本ダービーへと駒を進める。


ここでも1番人気はロードクレイアス。ステイファートムは2番人気だった。府中コースの経験の差と鞍上人気、さらに前走出遅れながらも上がり最速で突っ込んできたクレイアスは府中なら、という声が大きかったためだ。


出走メンバーは皐月賞の上位組からタマモクラウンや惨敗したシャドーフェイスなどが出走。マカヒキ産駒期待の星、マカマカも出走している。


そしてGI安田記念を勝つナベリウスなど未来の名マイラーも参戦していた。なおサザンプールは熱発のため取り消しされている。


レース展開はシャドーフェイスが59.9というミドルペースの単騎大逃げを行い、後ろの通過タイムが61秒を超えるスローペースとなった。


そしてシャドーフェイスが第4コーナー過ぎで捕まると同時にステイファートムが抜け出す。タマモクラウンが差し脚を伸ばして食らいつき、ロードクレイアスが大外から驚異的な末脚を伸ばしてくる。


そしてステイファートムを半馬身差で突き放し、ロードクレイアスが上がり3ハロン32.5で日本ダービーを制覇。竹豊の日本ダービー7勝目を飾ることとなった。


ロードクレイアスはその後凱旋門賞への挑戦を目標に掲げたため、クラシック連続2着のステイファートム、そして連続3着のタマモクラウンが秋の主役となるだろうと予想された。


なお皐月賞馬ディープゼロスはNHKマイルCに進んでマイル王タガノフェイルドの2着に敗れ、その後もマイル路線でしばらく低迷の道を彷徨うこととなる。


ダービー直後、鞍上の横川勤は悔しさの涙から結果をまともに見ることが出来なかった。しかしディープゼロスの主戦であった福長騎手からの激励により立ち直ったエピソードもある。


ステイファートムは秋に備えて夏は休養を挟む。その時に行われていたステイファートム見学会にて、ステイファートムを語るに欠かせない人物は出会うこととなるのだった。


ネットでの通称は『運命単複ニキ』。ステイファートムの新馬戦に応援馬券10万円を賭け、以降ステイファートムが走るレースで今までの儲けを全て賭けるという頭のおかしい行動をした青年だ。


ステイファートムの種牡馬晩年時期には、厩務員となってステイファートムのお世話を亡くなるで付きっきりで行うというまさに運命のような、ファン垂涎の話の中心となった人物である。


ちなみに限定100人で開催された見学会の時に発売されたステイファートムのグッズはプレミア化しており、今のメルカリ相場で缶バッジが10万円を超える。


話を戻すがひと夏を越えて万全の体制を整えたステイファートムは菊花賞トライアルとなるGII神戸新聞杯へと足を進めることとなった。


この年の神戸新聞杯は大雨の影響で重馬場開催となっており、ステイファートムにとっては復帰戦であり、馬場適性の有無について測る一戦となった。


有力な出走メンバーは暴れ馬のバーストインパクト、皐月5着のクラフトオーの他に、夏の上がり馬として注目されていた後に芝ダートの二刀流であり、スプリンターズSを勝つサリオス産駒のサレグスが二番人気とされた。


レースは2番手に付けたステイファートムが直線をノーステッキで駆け上がり、2着に4馬身半差を付ける圧勝劇。俄然、本命の菊花賞のタイトル獲得への期待が大きく膨らむこととなった。


そして迎えたGI菊花賞。皐月賞馬はマイルCSに、ダービー馬は凱旋門賞に向かったためクラシックホースの参戦は見られなかったが、最後の1冠を得るべく揃った猛者達。


1番人気は春クラシック連続2着のステイファートム。2番人気はGII青葉賞とGIIセントライト記念を2馬身差で勝った無敗馬ゼッフィルド。


3番人気はGII札幌記念を勝ったドゥラブレイズで、4番人気がクラシック連続3着でセントライト記念2着のタマモクラウンだった。


レースはキセキノアシが引っ張る形で進み、バーストインパクトやゼッフィルドなどが捲りを見せる異次元のペースを展開。


4コーナーで逃げ粘るステイファートムをゼッフィルドがレコードタイムで差し切ってゴール。ステイファートムのクラシック制覇は夢に終わった。


ステイファートムはクラシック三冠全て2着、タマモクラウンは全て3着。しかも勝ち馬は全頭別という珍記録を残した異色の世代となった。


なお、この時のレースでゼッフィルドは繋靭帯炎とまでは行かない程度の怪我を負い、年内全休。最初は来春全休の予定とされていたが翌年に春天を勝つ。


また鞍上の横川は今回の敗戦で馬主に鞍上の交代を自ら申し出たが、馬主の宮岡オーナーはそれを拒否。ステイファートムとの相性と信頼関係を重視したためだ。


また本人に発破をかけるつもりで来年は春三冠と秋三冠を全勝しなければ乗り替わらせると脅しをかけられたそうだが、この条件は前提が覆り破談となった。


この時の条件はテイエムオペラオーの主戦騎手、和田竜二騎手が言われた2000年は全勝しろという言葉が元になっている。


知っての通り、ステイファートムの馬主である宮岡オーナーは日本競馬が大好きな人なので、古馬王道路線については人一倍熱く語る事が関係者から語られている。


また横川勤はこの時のことを、宮岡オーナーの寛大な心で救われたと当時を語っていた。宮岡オーナー自身も横川勤を買っており、人馬共に成長を促すための決断でもあったそうだ。


これがきっかけかは分からないが、ステイファートムはその年を全戦全勝で終え、翌年も変わることなく全戦全勝の結果を残し2年間の無敗記録を樹立している。


後にそんな偉大な名馬であるステイファートムとその陣営が次走に選んだのは人気投票で2位にも選出されたウィンターグランプリ、1年の総決算とされるGI有馬記念であった。


この有馬記念ではファン投票を堂々の1位となったグランプリ3連覇の古馬最強格となるシュトルムが参戦を表明していた。


前走の凱旋門賞では7着と掲示板に入れなかった彼のラストランとして、負ける訳には行かないとの意気込みだったそうだ。


調教師曰く調子は9割ちょっと。残りの1割がどうしても埋められなかったとの事で、少しだけ本調子とは行かなかった事が後に明かされている。


その他にも同じ5歳世代なら去年の秋天勝ち馬トーセンゲートはもちろん、一昨年の皐月賞であり大阪杯を制したラストランを迎えるディバインフォルド。


それに加えて一昨年のダービー馬ライジングウェーブ、さらに一昨年の菊花賞馬のアサヒメイキッドの3頭が集結。この世代のファンにとって垂涎物のレースとなった。※なお結果は……。


4歳世代からは皐月菊2冠を達成したアメリカ帰りのネオエイジ。さらにオークス秋華賞の2冠牝馬にして、去年のエリザベス女王杯と今年のヴィクトリアマイルを制した現役最強牝馬のカレンニサキホコル。さらに今年の秋天勝ち馬ホワイトローゼンセが参戦。


同期ではクラシック全て3着の珍記録を持つ未勝利馬タマモクラウン、善戦マンのイメージが定着したドゥラブレイズに暴れ馬バーストインパクトなどが顔を揃える。


GI馬8頭による豪華な1戦となった有馬記念。1番人気は推されたのは凱旋門賞帰りであり、史上初のグランプリ4連覇と有終の美が期待されるシュトルム。ステイファートムは大外の8枠16番が嫌われて6番人気であった。


なおこの時ステイファートムは初めてレースで牝馬を、カレンニサキホコルを見たことに戸惑いを見せたと後の横川勤は語っている。この時に繋がった縁が後世に語られるあの産駒誕生へと繋がるのだが、それはまた別のお話。


そして始まる有馬記念。今回のレース展開は最高のスタートを切ったステイファートムの逃げで始まる。横川は大外枠なのもあり先陣を切る予定は無かったが、最高過ぎるスタートと逃げ馬のトーセンゲートが出遅れたこともあって誰も行かないので、もう行くしかないと語った。


そして向正面でバーストインパクトがいつも通りの捲りを行う。ペースを落としたステイファートムに痺れを切らしたレーゼドラマが競りかけ、ステイファートムが先頭を譲る形となった。


団子状態で迎える4コーナーで再び先頭に立ったステイファートムが内で逃げ粘る中、真ん中からシュトルム、そして外からタマモクラウンが迫る。


そして残り200を切った所でステイファートムとシュトルムが抜ける形となり、2頭で決まったと思った次の瞬間、タマモクラウンが驚異的な伸びを見せ3頭ゴールにもつれ込んだところで決着となった。


結果はタマモクラウンがハナ差での初勝利を飾ったことで、2着ステイファートムはGI4連敗を喫することとなった。


こうしてステイファートムの3歳時代は、凌ぎを削ったライバル達に負け続きとなる結果となったが、これが来年から始まる無双の前兆であったと分かるのはまだ先のことである。


そしてこれがステイファートム最後の芝レースでの敗戦となり、以降ステイファートムは一戦を除き白星を獲得し続けることとなった。


なおその連敗記録を止めて古馬唯一の黒星を献上したのは、日本最強ダートホースの名前を欲しいままにした怪物グルグルバットである。


芝レースではこの有馬記念以降、1度たりとも黒星を付けたことがない。まさに晩成の極みとされる戦績である。


なお、タマモクラウンは唯一の勝利となった有馬記念で怪我を負ったことで引退種牡馬入りとなる。ステイファートムが1度負けた競走馬のうち、唯一リベンジを果たせなかった馬となった。(レース途中の故障で失格となったグルグルバットを除く)


6戦2勝2着4回の戦績でステイファートムは3歳時を終えることとなった。そして翌年、運命旅程の無双が始まる4歳時のエピソードが幕を開ける。

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