敬う
「わいわい……がやがや……」
帝都洛陽の宮殿の中庭。
白髪、白髪、禿、白髪、禿、禿……
見渡す限りのお爺ちゃんたちがむしろを敷いて座り込んでいます。
中庭の中央では巨大な大釜で粥が煮えていて、
宦官たちが柄杓で掬っては取り分け、大量の椀を盆にのせてひたすら配って回っています。
時は中秋。後漢では老人の長寿を称えるため、70歳以上の老人に対して消化の良い粥を与え、王杖を配ります。
今年は皇帝陛下の思し召しで、特別に首都のある河南尹の老人数百名が宮殿に呼ばれ、皇帝から直接おもてなしを受けることになりました。
あ、私は死人の董青ちゃん享年16歳。宦官の服を着て顔を隠して中庭の隅のほうで隠れています。だってこれから。
「皇帝陛下のおなーりー!」
宦官の声で、お爺ちゃんたちが一斉に頭を下げます。
宮殿の階段のところに、重臣たちを従えた皇帝陛下が現れました。
「陛下は父老の皆様を敬っておられます。どうかそのままで。頭をお上げください!」
宦官が叫んで回り、面をあげさせます。
ですが、皇帝陛下が中庭に進み出て、お爺ちゃんたちに軽く頭を下げるとまたお爺ちゃんたちが一斉に平伏してしまいました。
まぁお爺ちゃんであっても庶民ですからやむを得ないですよね。
「……」
「はっ!」
皇帝陛下が何か宦官に喋ります、それを聞いた宦官が平伏すると立ち上がり叫びました。
「父老の皆様!陛下のお言葉です!朕は若年にて未だ徳を修めること能わず。天下万民を安んぜんとするもその才に非ず。謹んで父老の賢に耳を傾け、徳を積まんと欲す!」
声が伝わるとお爺ちゃんたちに動揺が走ります。
こんなことは前代未聞でしょう。
そして皇帝陛下はお爺ちゃん一人ひとりに話しかけて、暮らし向きとか、作物の出来、困ったことはないかなどと会話しているようです。20人も話したでしょうか。
宦官が叫びます。
「……陛下は、これでは父老の皆様全員のお話をお伺いできないと仰せです!」
そりゃそうだろうとどよめくお爺ちゃんたち。
宦官たちが何か配り始めました。なんか石をたくさん持ってきて、あと壺をあちこちに置いています。
そしてまた宦官が叫びました。
「朝廷は今年も新規開墾を進めましたが、田畑は十分という方は白石!まだ不足というかたは黒石をいれてください!」
宦官たちが走り回って石を壺にあつめ、陛下の前に持って行って積み上げます。
ずいぶん黒いですね。やっぱり田畑はまだまだ欲しがられているようで。
「陛下は父老の皆様の教えに感謝し、来年も開墾をすると仰せです!」
おおお……どよめきが広がる。
皇帝が民に政策を問うなど初めてですからそうですよね。
「次に昨年、洛水の堤を補修しましたが、良かったという方は白、悪かったという方は黒を……」
今度は真っ白ですね。まぁ、こういうのは質問の仕方もありますし、皇帝の目の前で政策が悪いなどと言えないですよね。
というのが何回か繰り返され、お爺ちゃんたちや宦官たちがだんだん慣れてきたころ。
曹操さんが檻車を引いてきました。なんか誰か入ってます。
「陛下!御史中丞の曹操が申しあげます。この者は人材を推挙するにあたり賄賂を取り、また職務を怠けてその責任を部下に押し付け……」
御史中丞というのは役人専門の検察のようなものです、滔々と罪状を述べ立てていきます。
「廷尉(裁判官)どの!有罪であれば罰はいかが!」
「……有罪であれば、財産没収の上庶民に落とすのが適切かと」
皇帝は悩んだような恰好をしてから宦官に伝えます。
「陛下が仰せられるには、朕は若年非才にて父老のお教えを請いたい、と仰せです!」
一斉にどよめくお爺ちゃんたち。もちろんこんなことは前代未聞です。ただ、壺を持った宦官たちが走り回ると、何回も練習した成果か石をなげいれていきます。
壺を一斉に開けると、結果はほとんどが黒、つまり有罪でした。
曹操さんが罪状をわかりやすく簡潔に説明して誘導したのが成功したようです。
「陛下は、朕も父老のご意見が正しいと思う。廷尉は判決を進めるよう、と仰せです!」
お爺ちゃんたちがもう何度目かわからないどよめきを上げます。
何が起きたのかよくわからないですが、今までなかったことが起きたのは確かです。
というわけで、漢民族はじまっていらいの人民の裁判が始まりました。
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朝廷は大紛糾したそうです。
名士たちが庶民に名士を裁かせるなど君臣の礼儀を崩し儒教を貶めるものだと大反論。
それに対し、曹操さんが喧嘩を買います。
「まず、君臣の礼というが、役人は庶民の君主ではない」
「そういう話ではなく、爵位や身分が違うのに庶民が上を裁くのはおかしい!」
「おや、廷尉(裁判官)は今まで官位が上でも裁いてきましたが?」
「それは役職であろう!」
「陛下は父老に助言を求めただけ、これは助言する役職に臨時でつけたようなものではないのですか?」
「違う!孔子は下が上を裁くようなことは乱を起こすようなものだと忌み嫌った!」
「ふむ、父老は下ですか?」
「庶民であろう!」
「孔子は仁が一番大事とおっしゃいましたよね?」
「もちろんだ、だから下が上を裁くのは礼に反する!仁ではない!」
「孔子は『孝弟也者、其為仁之本與』、つまり親孝行で老人を敬うのは仁の本だと仰せです」
「……ぐ!?」
「礼記には『年之貴乎天下久矣、次乎事親也』、つまり天下は年長者を尊んできた。孝行の次に大事なのが年長を敬うことだ。とあるが?父老は上とするのが仁ではないのですか?」
名士はしばらく黙り込むと叫んだ。
「……があああ!違う!間違っている!とにかく何かおかしい!」
「何も違わないと思いますが、いかがでしょうか大将軍」
曹操さんが董卓パパに振ると、パパ上はそれを受けて宣言しました。
「うむ!朝議がここまで混乱したのは孤の不徳である!よって引退いたす!」
居並ぶ百官は大騒ぎ。
パパ上は大混乱の百官を意にも介さず皇帝陛下の前に進み出て印綬を返上しました。
「陛下に大将軍の印綬をお返し申し上げる」
「おお、董卓がいなくては朕はさらに判断に迷ってしまうがやむを得ないな。今後は百官に広く意見を聞いて判断することにしよう」
おお……と名士たちが主導権を手に入れたと錯覚した瞬間。
「それでも悩むような難問については天下に広く問うしかない、父老の知恵もまた借りることになるのでその役職を作ると致す」
「はっ、ではさっそく文書で勅命にいたします」
賈詡さんが恭しく勅語を給わり、とどめを刺したそうです。
裁判についてはやり方が何回か改善されていきました。まず数百人もお爺ちゃんを集めるわけにいかないので裁判ごとに交代で数十人に減らし、その代わりお爺ちゃんが特定されて恨まれないように誰がでてきてどう投票したかは秘密に。検察役の御史の告発だけでは不公平なので被告にも反論の場を与え、また裁判官役の廷尉は双方の言い分をお爺ちゃんたちに分かりやすく整理して示すようになりました。
その結果、いままで権力者の都合で恣意的に運用されていた裁判がすこしは論拠をもって運用されるようになりました。とはいえ、口のうまい曹操さんが検察だと有罪率が半端ないわけですが。
リハビリのため書いたチートなし転生転移なしファンタジーものです。
よろしければどうぞ。
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