董卓専横!
董卓パパはすぐに大将軍になったわけではなかった。
数万の民に推戴された新帝陛下(弁くん)は堂々と帝都洛陽に帰還。
運命を悟った袁紹と袁術は宮殿に火を放って自刃した。
袁紹の取り巻きをしていた過激派の反宦官名士たちはお互いの義挙を誉めあい、殺した宦官の数を誇っては同じように死んでいった。
そして大量の「反宦官挙兵の正しい歴史書」なるものを残していったがそれを読んだ弁くんが激怒してすべて焼き捨てさせた。
当然、袁一族も連座。袁氏の総帥たる袁塊をはじめ全員が公職追放となった。
勝手に軍を動かした丁原も死刑。その幹部である呂布や張遼は辺境に流された。
おみこしとして反乱軍に担ぎ上げられた大将軍の何進は這う這うの体で逃げ出したが、劉備の率いる西園軍に逮捕。
弁くんは何進を処刑するつもりであったが、母である何皇太后に懇願されたため命だけは助け、何進は全財産没収の上で平民に落とされた。
また反乱に参加しなかった何苗などの一族も連座して自発的に役職を返上、何皇太后も政治の全権を弁くんに返還することになった。
皇帝劉弁は天下に対し、服喪は私事であり、政治は公事でありわけなければならない。
よって服喪したまま政治を取ると宣言。
宮廷を牛耳っていた三大勢力のうち、何進大将軍は追放、張譲と趙忠は引退。
弁くんの祖母である董皇太后と驃騎将軍の董重は恭しく実権を奪われ名誉職に祭り上げられた。
こうして皇帝独裁が確立された。
朝廷の最上位となった前将軍の董卓パパは皇帝に政治について尋ねられ。
「まずは党錮の禁を解き、徳と名声のたかい人物を朝廷に招きましょう」と提案し、受け入れられた。
穎川の陳紀(陳羣の父)、おなじく荀爽(荀文若の叔父)、陳留の蔡邕など名高い名士が朝廷の要職を得ることになった。
司徒には袁氏に並ぶ三世代連続で三公を出した楊彪(楊脩の父)がつき、これで4代連続である。
司空に荀爽。太尉は曹嵩である。
曹嵩はさておき、三公九卿の大臣クラスが名声のたかい人物で占められ、
これらの人事は名士たちの評価を大いに得て皆が口をそろえて皇帝の徳を称えた。
が、政治の実働部隊は曹操、賈詡、羊くんであった。
曹操は百官の犯罪を調査する御史中丞につき、名士たちの行状を見張る。
賈詡は皇帝の勅書をつかさどる尚書にすべりこみ、弁くんの秘書役として常に悪だくみを吹き込む。
そして中常侍についた羊くんが宦官たちを統制し、宮廷および河伯教団のコネを使って情報を集める。
この三人のコンビが皇帝に本当のことを報告するため、徳の高い名士大臣たちも皇帝にやりこめられ緊張感をもって仕事をするようになった。
なお、劉備は新設された西園将軍に昇進、皇帝直轄の即応軍として内外に目を光らせている。
地方では牧を置いた効果で反乱や異民族の侵攻などに早期対応できるようになり、皇帝の新治世は落ち着くかに見えた。
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政治が落ち着いたのと、ようやくあきらめがついたのか、皇帝の弁くんは私の可愛い白ちゃんを皇后に立てることに納得。
白ちゃんは大喜びで後宮に入り、中常侍の羊くんたちを従え煌びやかな生活を始めた。
そして外戚として董卓パパが大将軍に任命され、朝廷の最上位として政権を主導することになった。
ここまではいいんじゃないでしょうか。
私、董青は読み終わった新聞を脇に丸めて、平伏している賈詡に話しかけます。
「でも父上は政治なんてできないですよね?」
「はい、なので孟徳(曹操)どのと私めが台本を作ってですな」
苦笑しながら若白髪の賈詡さんが答えます。
そういえば着ている服がずいぶん立派になりましたね、血色もいいですし。まぁ反乱軍や奴婢から数えるとかなりの出世。頑張ったんですね……。
「徳が高いというだけで呼び出された名士たちの全員が仕事をバリバリできるわけではなく、人物がいいだけで仕事は丸投げというもの、一部は名声だけは高いが実際には賄賂を取ったり癒着して利権をむさぼるものもおりましてな」
「はい」
「そういう連中について羊常侍に宦官網を使って調査いただき、調べ上げた情報をもとに孟徳(曹操)どのがガンガン告発。
私めが陛下にご助言の上で、逮捕や罷免して政治をどんどんただしていきました」
「いいじゃないですか」
「で、それらを朝廷首座として実行されたのが董閣下でして、クビにされた連中が恨んで董閣下を独裁専横だと」
「逆恨みじゃないですかーーーーっ?!」
私は新聞の上に転がった。
リハビリのため書いたチートなし転生転移なしファンタジーものです。
よろしければどうぞ。
https://book1.adouzi.eu.org/n8454jy/




