泰山の山賊
泰山は漢朝の東部、青州と兗州の境にあります。
秦の始皇帝が天地を祭る封禅の儀式を執り行ったことでも有名ですね。
漢土にある五つの聖なる山の総本家ともされています。
なんでもその頂には人間の寿命を書いた帳簿が隠されているそうで道教の道士が聖地として崇めているのです。
で、泰山の周辺には広い森と険しい山々が連なっており、山があるのでアレが出ます。
「泰山支部の運営は好調でさぁ」
やぶにらみ気味に目つきの悪い真っ黒な髭をした男の人が報告します。
青州河伯教団の知識を活用し、泰山支部では主に泰山山麓の豊富な森林資源を用いた木工品、薬草採取および谷川の水田化が順調です。
そして支部の主力になっていただいているのが泰山の山賊……。
「山賊になれって仰ったのは巫女様じゃねぇですかい」
やぶにらみのお兄さんが不満げに口をゆがめましたが目は笑っています。
そう、この人こそが三国志で良く主人公たちに退治される泰山の山賊、臧覇さんです。
もともとは泰山の役人の息子さんでした。お父様は宦官に任命された太守が好き勝手に人を処刑するのに反対して、逆に逮捕されてしまいます。それに怒った臧覇さんが知り合い数十人を集めてお父様を奪回し、隣の徐州東海郡に亡命されたんだそうです。
ということもあって、泰山周辺の遊侠さんたちの間で有名なお方です。河伯教団にも青州の同業さんが沢山おられるのでその縁で加盟いただくことになりました。
宦官系の太守に対する恨みは泰山郡でも広まっていて、泰山支部もあっという間に数万人の集団に成長しています。
正史では確か本物の山賊になって討伐されちゃうのですから、道を踏み外す前に仲間に出来て良かったです。
「で、蜂起はいつですかい?」
「もう少し待ってください」
なんか最近、泰山も青州もあちこちの支部から「いつやるんですか?」と言われるようになりました。まぁ、あちこちで自分で言っているせいですが。
太史慈さんの準備ができ次第、青州周辺のあちこちの宦官系の太守や州刺史を捕らえ、悪事の証拠を全部暴いてやります。そして不正に蓄財した財産を民に分配するんです。
あとは、曹操さんか劉備さんに討伐に来てもらって、いつも通り降伏するだけです。きっと巫女の官位がまた上がることでしょう。
「いやぁ、洛陽に攻め上る日が楽しみでさぁ!成功すれば俺も将軍か太守か……」
「……え?」
あれ? そんな計画言ってましたっけ?
「いえいえ、悪い太守や州刺史を懲らしめるのが目的ですよ?」
「まずはそういうことですな! 分かってますって!」
「……分かってる?」
「もちろん!」
臧覇さんはボサボサの髭を震わせて言い切りました。
― ― ― ― ―
「分かっておられないですね」
「ですよね?!」
ちょっと不安になったので旦那様で河伯教団の教祖でもある公明さんに皆さんの認識を再確認してもらいました。
二人っきりで床の上で報告を聞きます。
「東方の河伯教団が蜂起して、宦官系の太守や州刺史を捕らえて懲らしめ、不正蓄財を没収して分配する、までは認識があっています」
「はい」
ええ、そこまではいいんです。
公明さんが目を伏せて深刻そうに報告を続けました。
「そのあと、民の支持を受けた教団軍は洛陽に攻め上り、大宦官の張譲、趙忠らを討伐。宦官を皆殺しにして政権につく、とか。酷いところでは新しい王朝が開かれるとか……」
「……それって誰が言ってるんですか?! そこまでしないですよ?! 太守や州刺史を懲らしめたらいつも通り降伏するんです!!」
私は愕然して聞きます。
「誰というか旧黄巾系の信者の皆さんから自然発生的に」
「うわぁ……」
え、これ、やばいかも……です? 黄巾の乱は起こさない予定が……。というかそこまでするなんて誰も……。
「失礼! 入室よろしいでしょうか!」
「……どうぞ?!」
来客の声を聴いて、公明さんが慌てて床から降ります。
戸口をくぐって表れたのは、若白髪の痩せたおじさん……賈詡さんです。
私たちを見て深々と揖礼をします。
「これはこれは! お祝い申し上げます! ついに決心されましたな!」
「えっと? 決心とは」
嫌な予感ばっかりですが、一応聞き返します。
「新王朝を建てられるとか。まさしく時は今しかございませんでしょう! 新皇帝陛下および皇后陛下には心からお慶びを……」
「誰が皇帝なんですか!」
え?という感じに賈詡さんが公明さんを見ます。
「違います!」
「むむ! なるほど、では巫女さまが皇帝ですか! まぁ、もはや男か女かなど細かいことは関係ございますまい!」
「え、え……」
「まずは泰山に誓いを立てますかな、お告げなど得られればさらに良いかと!」
さっそく策をどんどん出し始める賈詡さん。
ど、どうしましょう。賈詡さんが本気になってる……ってことは、つまり、新皇帝即位まで全部策が出来上がっちゃってるってこと?!




