賄賂を渡して買収だ
・金曜日の投下です
「えええええっ?!賄賂を渡せと言うんですか?私に?!」
目の前の若白髪の痩せたおじさん、賈詡さんは平然としています。
「はい、そう申し上げました」
洛陽の董家屋敷の薄暗い房子の中、筵に座った賈詡さんの顔がちょうど陰に入ってとっても邪悪な感じです。
いやいやいや。
この私、董青ちゃん14才が宦官に賄賂ですか……。
なんか暗黒と結託した悪役令嬢まっしぐらな気が。
いや、状況は分かりますよ。
せっかく涼州の反乱を治めたのに、新任の刺史が戦争下手なのに無駄にやる気があって勝手に突っ込んで負けたんですよね。その負けた罪を董卓パパが負わされて追放されちゃうかもですか……。
「いや?でも父上の信を読む限り、父上は唯一活躍したんじゃないですか?普通に功績を判断したら褒美を貰ってもおかしくないですよね?」
というと賈詡さんは一つため息をつきました。
「主公、いったい朝廷の政治が普通になったことがあるのですか?」
「あっ、はい」
主公ってのは私です。賈詡さんは反乱の罪で私の奴婢となっています。
「今回の戦は陛下の勅命を奉じたものです。もちろん陛下の命令が間違っていたなどと言えませんので、提案した刺史および現場が責任を取らされることになります」
いつもどおりろくでもない朝廷ですね。
「今回、董公は後方に回され、見事に味方を収容して撤退はされましたが、敵と戦ってはおりません。怯懦の罪を問おうと思えば問えます」
「いや、それで父上が涼州の戦線から外されたら、羌や月氏の抑えはどうなりますか?」
私やみんなが何のために努力をしたと。三国志を防ぐために頑張ったんですよ。
「それどころか、涼州豪族たちの不満も溜まっていましょうな。無理やり徴兵されて負けて戎狄がまた暴れだすわけですから。韓遂殿が生きておられればすぐにでも大反乱を再開するでしょう」
ああもう……。
頭を抱える私。
「まぁ、たまたま陛下のご機嫌がよく、報告書をつぶさに調べて真の原因を見つけ出し、適切な政略のもとに正しい賞罰がなされる可能性もなくはありません。また、負けを隠蔽するために董将軍だけ勝ったと強弁して褒美を与えようという姑息な手段を宦官が思いつくかもしれません」
「……可能性はどうでしょう?」
たまたま皇帝がその日だけ名君になったりしませんかね。しないかな……。
「分かりません。そうなるかもしれず、そうならないかもしれず。他人に任せれば他人が決めるでしょう。ただ、その状況を他人に任せるなど策謀の士ではありませんな。自らが状況を作りに行くのが『策を帷幕の中に廻らし、勝利を千里の外に決す』者のすることです」
「だから賄賂を贈れと?」
ぼけっと相手の動きだけを待っていたらそれに振り回されるだけ。
自分から動いて状況を作らないといけないということですね。
そのためには賄賂でもなんでもしろと。
「ええ、もっと早く申し上げておくべきでした。いや、人事自体は高名なお方が多く、涼州の民には悪くなかったので……しかし、ワシもまだまだ常識にとらわれておったようです。これからは常識を忘れまする」
いや、でも賄賂かぁ。
「主公も常識などとっくの昔に投げ捨てておられていたかと思いますが、賄賂はお嫌ですか?」
何ですかその評価。この常識人に向かって。
「いや、その、私利のために財を贈って法を枉げるのはどうも」
「主公が今回、賄賂を贈ったとして、私利を図るためですか?法を枉げるのですか?むしろ天下のために適切な政略のもとに正しい賞罰を行わせるためでは?であれば公益のために法を正しく執行させるだけのこと。問題は賄賂を贈ったと言う個人の悪評だけですな。それが問題ですか?」
「……いや?別に私個人の評判とかどうでもいいですね。司馬さんとの見合いをぶっ壊して以来、女としてはもう終わってますし?」
「では、董公のためでしょうか?」
「父上は……宦官に取り入るのは嫌がりそうですけど」
でも、三国志を防ぐのは一族皆殺しを防ぐ為で、董卓パパのためでもあるわけです。それで董卓パパに怒られてでもやるべきなんでしょうね。
「であれば、ご覚悟ください。腐敗を糺す政治改革は遠大な理想です。しかし、その理想を実現するためには政権が必要です。政権を手に入れるためには今の皇帝と宦官を正面から打ち倒すか、取り入って権力を譲ってもらう必要があります」
「わかりました、正面から打ち倒すのは内乱になりますのでそれは嫌です。であれば将来のために今は我慢しましょう」
「ありがとうございます」
筵の上で賈詡さんが深々とお辞儀します。
「で、今回は何を得ておきましょうか、どの問題を解決されたいですか?」
「そうですね……」
― ― ― ― ―
というわけで、趙忠さんのお屋敷にお邪魔して頭を下げているわけです。
趙忠さんがまるまると太った顔をゆらして質問します。
「で、何を持ってきたのかしら?」
「はい!」
私はそそくさと包みを開けました。
ふわりと漂う甘い香り。
「ご好物の桃餡餅です!」
「まぁまぁ。好物ではないですよ?なんどか毒見しただけで」
と言いつつ、目が餡餅にくぎ付けです。
さっそく、切り分けてお渡しします。
「あまり人前でものを食べるものではないですけど、まぁ木鈴さんですし?」
はむ……。
「ああ、美味しい……桃の汁がいいですね?」
趙忠さんはあっという間に半分平らげてしまいました。
侍童にお茶を持ってこさせると、軽くすすってふぅ……と一息つきます。
「……で、これで私を買収するつもり?安すぎないかしら?」
「ですよね……あははは」
趙忠さんが流し目をくれました。
ちょっと私の後頭部に冷汗が流れてとても涼しいです。
「まぁ、点心のお礼に話ぐらいはしてあげてもいいかしら?董将軍はまぁ、悪くはないんだけど……最初から心を合わせて全力で戦っていれば勝てたかもしれないのよ?というか董将軍が怠惰たから負けたって報告書が来てるの、これをどうするつもり?」
「これは誰が悪いというわけではないと思います。指揮権の統一が必要なのではないでしょうか?」
「指揮権?どういう意味かしら」
趙忠さんが不思議そうな顔をします。
「辺境では臨時に派遣される将軍、常設の護羌校尉などの将軍、そして州の刺史に郡太守、それぞれが個別に兵権を持ち、誰が偉いということもなくその時の話し合いで戦いをしています。そうすると、それぞれが最適な作戦を立てたとしても意見が合わずに心を合わせられないのです」
「続けて?」
「今回も、父はじっくりと兵を鍛えて戦うつもりで、刺史の速攻案と意見が分かれてしまいました。さらに兵は諸々の郡県からの寄せ集めで、敵の攻撃により簡単に散逸してしまいました。しかし、誰かが統一して指揮を執っていれば作戦は統一され、兵を集中して敵に負けることもなかったと思うのです。なのでせめて、常に外敵と戦う辺境の州については軍事責任者のもとに指揮権を統一すべきでないでしょうか?仰る通りなのです。心を合わせて全力で戦えば勝てたと思います。その仕組みを作れるのは、車騎将軍たる趙公しか居られません」
「はぁ……」
趙忠さんはそこまで聞いて、頭をひねりました。
「なんかそれっぽい意見だけど。私軍事はわからないのよね?」
軍事は私もわかりませんが!?
でもさすがに私もあんな仲たがいしてたら無理だと思いますよ?
というか軍事分からないのに車騎将軍に就任しないでくださいよ!?
戦記物でもたいてい意見の分かれるほうが負けて、意見を統一したほうが勝ちますから間違ってないと思うんですが。
「はい、じゃあお話はもう終わり。買収には全然足りなかったわね?」
あう……やっぱりお菓子の箱に金銀を埋めてくるべきだったでしょうか……。
・いいねくーださい♪
・漢書 張良伝 「運籌策帷幄中,決勝千里外」
・車騎将軍に気軽に面談できて点心を毒見なしに食べてもらえ、話まで聞いてもらえる女官……いったい何者なんだ。




