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お別れ。


「おししょー!! 朝ですよ、おししょー!!」


 今日も元気なスートが、ガンガンとフライパンを打ち鳴らしながら寝室に現れる。


「起きてくださーい! ご飯できましたよー!! ぐーたらなおししょー!」

「やめろ……二日酔いの頭に響く……」


 昨日の酒は美味かった。

 そしてこうして飲み過ぎて起こされるのは、最早日常と呼んでもいい。


「おししょー! 口と顔ばっかりカッコよくて、中身がダメダメなおししょー! これで何回目ですかー!?」

「覚えてねーよ……」

「今日はお出かけする日ですよー!? 急いで下さいねー!!」


 スートが去り、ティーチは呻きながら体を起こした。


「はぁ……」


 力の移譲を終え、トゥスと白竜が維持していた空間を消滅させて、元の世界へ還った後。


 どうやら、ブレイヴとマーシィが消えたことで大混乱だったらしいというのを、しばらくして村に訪ねてきたカノンが教えてくれた。


 ティーチとスートは、それから特に変わらない、今まで生活を送っていたのだが……。


「……面倒ごとを持ってくるんじゃねぇと、あれほど言っただろうがよ」


 ブチブチ言いながら、寝巻きを着替える。


 片腕のない生活にも、だいぶ慣れた。

 最後に、床をもさもさと這っていた毛玉スライムを左肩に乗せて、食卓に向かう。


 いつも二日酔いの翌日に用意されている、シジミのミソスープ。

 その近くに、昨日飲み明かした相手であるトゥスが、ふよふよと浮かんでいた。


 キセルの煙を、ふー、と吐きながら、ニヤリと笑みを見せる。


『よう、兄ちゃん。起きたかい?』

「起きたくなかったけどな……」


 くぁあ、とアクビをしながら、時々遊びに来るようになった仙人に応えたティーチは、席についてズズ、とミソスープをすすった。


 体に染み渡る味だ。


 ティーチは、チラリと部屋の隅に置かれたものに目を向ける。

 それは、大剣と鎧、それに偃月刀が丁寧に梱包された布袋だった。


「あの野郎、本当に毎度毎度面倒ごとばっか押し付けやがって……」


 毎度のごとく、事の発端はブレイヴだ。

 

 押し付けられたのはーーー勇者の装備一式と、ティーチの偃月刀を、他者の手の届かない場所に安置する、という作業だった。


 場所をブレイヴに教えたのは、トゥスらしい。

 どうやら気まぐれで案内を買って出たらしく、それを兼ねて昨日訪ねて来たのだ。


「それは仕方ないですよー! あれに触れるの、おししょーとブレイヴさんだけですし!」


 勇者の装備は、勇者以外を拒絶する。

 女神の加護を受けており、彼女に認められた者だけが扱えるのだと言い伝えられているからだ。


『ヒヒヒ。ま、旅ってのは乙なもんさね。ついでだと思ったらいいんじゃねーかねぇ』

「ついでで背負って旅するにゃデカ過ぎるんだよなぁ……」

 

 正直、憂鬱である。

 ここまで来る暇があるなら、自分で置きに行けと言いたい。


 向かう先も、王都を挟んで反対側……『女神の湖』と呼ばれる、耳の長い亜人の住む地の近くらしいので、なおさらだ。


「でも、楽しみですよう! 旅の途中でカノンさんたちにも会えるし、バックラーさんとウィズさんのお子さんに会うのも初めてですし!」


 スートは、ご機嫌だった。

 出不精のティーチと違って、彼女は今口にしたことが本当に楽しみなのだろう。


 そしてブレイヴの狙いも、多分そこにあることが分かっていたので、強く断れなかった。

 断れないことが分かっていて頼んで来ているのもほぼ確定なので、相変わらず、腹黒い野郎だと思わざるを得ない。


「レイザーが迎えに来るんだったか?」


 護衛として向かわせる、とブレイヴは言っていた。


 レイザーとは、全てが終わったら手合わせをする予定だったが、さすがに片腕がない状態では勝負にもならないので、結局していない。


 それもそれで厄介なのだが、お前さんの勝ちでいい、と言っているのに、レイザーが納得しないことだ。


 理由がさっぱり分からない。


 そのレイザーの話題が出たことで、スートが渋面になる。


「……来なくていいのに」


 本当に嫌がっているわけではないだろう。

 スートがこういう態度を取る相手は彼だけなので、喧嘩するほど仲が良い部類だ。


 なのでその発言はスルーして、ティーチは食事に集中した。


※※※


 そして数ヶ月後。


 ―――王国北東部、女神の湖近辺。


『ここさね』


 ティーチがたどり着いた先にあったのは、陽光を照り返す美しい湖の横にある切り立った崖の中腹。

 そこにぽっかりと空いた穴だった。


『この辺りは、エルフ連中の聖域さね。だからもし、誰かがもし悪さをしようとしても、手が届かねぇって寸法さね』


 ティーチは、トゥスと二人でこの場を訪れている。

 挨拶に向かったエルフ族が、それ以外の立ち入りを認めなかったからだ。


 武具を安置したティーチは、少し休憩することにした。


 岩に腰を下ろして、トゥスに問いかける。


「なぁ、翁」

『何かねぇ?』




「―――魔王は、死なねーのか?」




 それは、ずっと気になっていたことだった。

 勇者と戦い続けている、と、そして自分たちもまた装置なのだと、魔王は言っていた。


 だが、他の連中の前で話すようなことでもないと、今まで黙っていたのだ。


『ヒヒヒ。そうさねぇ……ま、お前さんたちが生きてる間には、もう出てこねーだろうけどねぇ』

「……やっぱりそうなんだな」

『そもそも、誰も殺せねーのさ。勇者と魔王は、そういう運命があるからねぇ』

「そうか」


 であれば、将来また、この武器たちが日の目を見なければならないのだろう。

 出来ることなら、そんな事態になって欲しくはないが。


 ティーチは、腰を上げた。


「今までありがとな」


 出る間際に、地面に突き立った偃月刀……元は黒い木刀だった自分の武具に、声をかける。


「―――ついでに、未来をよろしく頼む」


 武器が、声なき声を発したような気がしたが、それはティーチの感傷が聞かせた幻かもしれなかった。

 

※※※


 その日の夜。


 夕食を終えて、軽く散歩に向かうのに着いてきたスートに、ティーチは何気なく声をかけた。


「さて、スート。俺は村に帰るが……お前さんはどうするんだ?」

「え?」


 その問いかけは、彼女にとって予想外だったようだった。


「お前さんは、もう十分に強くなった。ブレイヴたちも、十分に認めるくらいにな。そうだろ?」


 狼狽えるスートの頭を、ティーチはぽんぽん、と叩く。


「世界を旅して生きるのもいい。ブレイヴたちを助けるために、国で働くのもいい。お前さんの望むように、好きに生きるといい」


 スートとの日常に戻ること、は、ティーチの最後の一押しになったが。

 彼女は別にもう、ティーチに師事して、無精な自分の世話を焼くような、退屈な日々に戻らなくても良いのだ。


「おししょー……」

「どうしたい?」


 そう尋ねると、彼女は不意に、怒りの表情を浮かべた。


 ―――?


「おししょーは、全然何にも分かってないですね!」

「あん?」

「私は村に戻りますよー! だっておししょー、私がいないとご飯もまともに食べないし、お酒は全然控えないし、お掃除も洗濯もたまにしかしないから家が汚くなりますし!!」

「……おい」

「私がいないと、おししょーは全然ダメダメですから!! 少しは自覚してください!」


 けちょんけちょんに腐す愛弟子に、ティーチは口をへの字に曲げてアゴの無精髭を撫でた。


「あー……まぁ、なら、帰るか?」


 なんかよく分からないが、別にそれでいいとスートが言うのなら別に構わない。


 元々、彼女に何かを強制するつもりはなかった。

 すると、ティーチの言葉にスートは満面の笑みで応える。


 

「帰りましょー、おししょー!!」

 

 

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