アーサス
パァン! と高い音が鳴り響く。
そして、青い光の中で一際大きくブレイヴの体が輝くのと同時に、魔王の胸元から黒い半球状の何かがズズ、と浮かび上がった。
『アノ、ジジイ……!』
浮かび上がった、おそらく魔王の魂らしきモノが、忌々しげな声を上げた。
『コンカイ、ハ、スコシ、オモシロイカナ、ト、オモッタノニ、ナァ……!』
完全に迫り出した魔王の魂は、ォオオオォオオオォォォオオ……と死霊の怨嗟のごとき音を鳴り響かせて、青い光の中に溶けて消える。
光の柱が消えた後に残ったのは、膝からくず折れて、地面に伏したブレイヴの体だった。
「……どうなった?」
地面に膝を着き、纏鎧を解いたバックラーは、ウィズと、魔王同様に倒れ伏した王妃に目を向ける。
立ち上がろうとする様子は見えるが、立てないようだ。
「スート! ウィズは!?」
バックラーと同様に動けないらしいレイザーが、駆け寄ったスートに声をかける。
ウィズを抱き起こした彼女は、少し安堵した様子で首を縦に振った。
「……息してますよー! 生きてます!!」
そのまま、回復魔法を行使するスート。
「マーシィ様も、息はしてるよー♪」
彼女と同様にマーシィに駆け寄っていたカノンの言葉に、バックラーが安堵したような表情を見せるが、こちらに目を向けて再び表情を引き締める。
「……ティーチ。ブレイヴは?」
ティーチは、痛みのぶり返してきた腕を押さえながら、ジッとブレイヴを見下ろしていた。
横に転がる毛玉スライムも、本来の肉体も、どちらも動いていない。
「ブレイヴ」
声をかけると、動き出したのは……魔王が宿っていた、本来の肉体の方だった。
指先が縮んでひび割れた祭壇の床を掻き、呻きながら身を起こす。
ティーチは、まだ警戒を解いていなかった。
魔王が消えた、と断定するには、あまりにも呆気ない結末に思えたからだ。
ーーー手応えはあったが。
身を起こしたブレイヴに、ティーチは大きく息を吸い込む。
ぼんやりした顔で自分の体を見下ろし、ぎこちなく指を開いたり閉じたりした後、こちらに顔を向けて。
ブレイヴは、ニヤリと犬歯を見せて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「よう、悪友。信じられねぇ奇跡の展開だが……演技に見えるか?」
その言葉に、ティーチは安堵とドッと襲ってきた疲れを感じて、大きく息を吐く。
「魔王様にその顔が出来るなら、大した演技力だと思うよ、クソ勇者」
戻ったのだ。
ブレイヴの魂が、元の肉体に。
そこで、ボロボロになった祭壇に上がってきたグラスが、ぐるりと祭壇の上を見回す。
「ここにいる人は、全員、無事かな?」
「グラス。……アーサスは……」
薄々勘づいていたが、聞かないわけにもいかない。
ティーチの問いかけに、軽く片眉を上げた後、グラスは片手を腰に当てて髪を掻き上げる。
「死んだよ。禁忌の自爆魔法を使ってね。……レイザーの意識の断片を感じてたけど、多分、君と会うだいぶ前に、もう死んでたみたい」
「…………そうか」
助けられなかった。
連れて来なければ、などという以前の問題だった。
空を見上げると、そこにあったのはいつもの青空、ではなく。
無数のひび割れが走る、奇妙な状態の空だった。
そこで、ふと気付く。
「なぁ、ブレイヴ。そういや、ここと俺たちはどうなるんだ?」
ここは魔王の作り出した結界の中、だということは予想がついたが。
その核である魔王が消えた後、この場がどうなるか分からない。
「さぁな。普通の魔族と同じなら、奴が消えたことで砕けて、俺たちは元の場所へ還るはずだが……そうなるにしちゃ、砕けるまでが長いな」
『ーーーヒヒヒ。そりゃ、わっちとツレが抑えてるからねぇ』
二人の疑問に答えたのは、ゆらりと空中に現れたトゥスだった。
「抑えてるって、何のために?」
「てゆーか、コレを維持するって、爺さん何者だ?」
『わっちはただの、山に遊ぶ小僧さね。それ以上でもそれ以下でもないねえ』
空中にあぐらを掻いたまま、キセルを吹かした仙人は、チラリとこちらに目を向ける。
『勇者の兄ちゃんが宿ってた毛玉も、どうやら生きてるみてーだねぇ。重畳重畳』
「はん?」
言われて足元を見ると、確かに毛玉が動き始めていた。
何故かティーチの足元に這い寄り、足をよじ登ろうとするので、ひょいと掴み上げて肩に乗せると、収まりが良かったのか、そのまま動きを止める。
『ヒヒヒ。ろくに意思がねぇ生き物にも懐かれるたぁ、兄ちゃんもなかなかさね』
「まぁ、別に良いんだが」
毛玉を軽く撫でたティーチは、仙人を見上げた。
『手触りが良さげな毛玉さね。どれ』
白い顎髭を撫でたトゥスが、コン、と膝でキセルと打つと、ポンッ! と音を立てて姿を変える。
青白く透けた老人だった彼は、黒い縞とまろ眉を持つ、二等身の獣に姿を変えた。
着流し姿であぐらを掻いているのは変わらないが、獣の毛並みが全身を覆い、二股に割れた尾をゆらりと揺らす。
『ヒヒヒ。なかなかに珍妙で良い姿だと思わねーかい?』
片目を閉じる仙人の意図は読めなかったが、多分、ただの茶目っ気だろう。
やりたいことを、やりたいようにやる……きっとこの仙人は、そういう類の人種だろうから。
「まぁ、可愛らしくていいんじゃないか。……で、俺が訊きたいのは、トゥス翁がなんで、ここの崩壊を押さえてんのかってことなんだが」
『何、悪ガキを始末した兄ちゃんに、ちっとばかり褒美をやろうかと思ってね』
言いながら、ふー、とトゥスが煙を吐くと、空中に金縁を纏う闇の断片がゆらゆらと浮かび、やがて球体の形を取ってトゥスの目の前に浮かぶ。
「何だ?」
『アーサスの、魂さね』
トゥスの言葉に、ティーチは目を見開く。
「助かるのか!?」
『そこまで都合良くはねーねぇ……が、まぁ、勇者の兄ちゃんと同じような状態に、してやることは出来らぁね』
仙人は、キセルの先をアーサスの魂に向け、問いかける。
『ま、本人の意思次第だがねぇ。どうだい?』
その問いかけに答えるように、ゆらりと、アーサスの魂が揺れ……人の形を、取った。




