おししょー、朝ごはんですよー!
「ッ……!」
激しい音と体を叩くような暴風の中。
一瞬、全員が凍りついたように動きを止め、ティーチは、ウィズの体を貫いた刃と、舞い散る血飛沫を見つめていた。
ーーーウィズ。
死んだ。
俺を庇って。
さっき、アーサスのことも、レイザーが。
死。
俺の、
『ティーチィッッ!!!』
「おししょぉーーーー!!!!」
思考が完全に止まりかけたところで、スートと、ブレイヴが叫んだ。
「『ーーー身代わり人形!!!!』」
二人の声が、重なる。
全く同じ言葉で、同じことを、ティーチに伝えてくる。
鮮血の舞い散るウィズの胸元から、青い輝きと共にこぼれ落ちた何かが、砕け散って消えた。
体を貫いた刃は、急所を外れた。
まだ、生きている。
固まっていた体と共に、戦場が再び動き出した。
「大した時間稼ぎにもならないけど、しつこいね」
魔王サマルエは、まるで些事であるかのように短く吐き捨てて、ウィズの体から剣を引き抜く。
そのまま、返す刃で斬り伏せようとした敵に。
「ぬぅォオオおおおおおおッッ!!!」
マーシィの相手をしていたはずのバックラーが、巨大な盾と体で押し潰すように、サマルエに突喊した。
「我が妻と、子に、これ以上の手出しはさせんぞ、サマルエェエエエエッッ!!!」
「うるさいなぁ」
特に足に力を込めた様子もないのに、左手の甲だけで突撃を受け止めた魔王は、スルリと押しつけられた盾をいなして、巨大なバックラーの腹に右の掌底を叩き込む。
「ぐぅ……!!」
冗談のように宙を舞うバックラーを見ながら。
ティーチはブレイヴの体を掴み、地面を蹴って伸び上がる。
体のどこでもいい。
ブレイヴを触れさせることだけ、出来れば。
だが体を捻り、がら空きの脇腹を見せながらも、サマルエの目線はこちらを捉えている。
相手が姿勢を立て直す方が、確実に早い。
それでも。
ーーー届かせる!
魔王が、体を引き戻す勢いでティーチを切り裂こうと、剣を握った手に力を込めるために、手首をわずかに捻る。
その、力がほんの少しだけ緩むタイミングで、祭壇の階段辺りから放たれた風炎の刺閃がーーー。
ーーーサマルエの剣の柄を射抜き、指から剣を弾き飛ばした。
「やるね!」
初めて魔王が感嘆したような声を上げ、視線が逸れる。
移動した先には、土砂と化して崩れた階段近くに片膝をついた相手。
不安定な姿勢のまま、とてつもなく精密な一撃を放ち、額に青筋を浮かべながらも不敵な笑みを見せる、レイザー。
「オイラ、天才だからなァ!!」
「じゃあ、ご褒美だよ」
魔王は、剣を弾き飛ばされた手を広げて瘴気を凝し、そのまま叩きつけるように振り下ろした。
その動きに合わせて、ズン、と祭壇がさらに半円状に陥没して、レイザーを押し潰す。
「んぎぎぎぎぎ……!」
「山の民は頑丈だね」
常人であれば、確実に瞬殺されていただろう重圧に、レイザーはミシミシと音を立てながらも耐える。
そこで、ティーチは魔王の胸元に飛び込んだ。
「オォオオオオ……ッ!!」
「残念だけど、君如きじゃ届かないよ」
ブレイヴを握って突き出した腕は、その言葉通りに、届かない。
こちらを見もしないまま、魔王が放った蹴りによって、ブレイヴを握ったティーチの腕が、上に向けて弾き飛ばされる。
『クッソ……!!』
ティーチの手を離れ、宙を舞うブレイヴが悪態をついた。
咄嗟に体を捻って前に出たティーチは、逆の手を伸ばして彼を掴み取ろうとして……。
ーーー自分の腕がないことに、そこで気づく。
失敗。
決定的な、隙。
バックラーは空中。
レイザーは地面に押さえつけられ。
魔王が、空いている右手の指を、手刀の形に揃えてこちらに向けて振り下ろそうと、したところで。
「ーーー《地固》!!」
両手を祭壇に押し付けたカノンの紋術が、魔王の足を地面に呑んで固めたことで、手刀が空を切る。
その瞬間、カノンが叫んだ。
「グラスッ!! スートぉ!!」
その瞬間、祭壇が聳える地面ごと包み込むような巨大な魔力の波と。
背後で、聖気が膨れ上がる。
魔力に呼応するように、その清浄で強烈な聖気が、魔王と、動きを止めた王妃すらも呑み込むように広がっていく。
そして、スートの声が響き渡った。
「ーーー〝最上位聖魔法〟ゥウウウウウウッッ!!!」
カッ、と、いつの間に描かれたのか、地面に掘られた巨大な紋に青光が走り、その範囲内にある全てが、天に向けて吹き上がる光の柱に包まれる。
青い浄化の光は、瘴気のモノ以外全てを傷つけない光。
魔王が、そこで初めて完全に動きを止める。
「ッ小賢しいね……!」
「ブレイヴ!!」
そこで、落下するバックラーが、手にした大楯を回転させて投げた。
向かう先にいるのは、同じく空中で身動きの取れない、ブレイヴ。
『おっしゃぁ!!』
聖気の青い光が、気合を入れたブレイヴを中心に歪んだ。
自身の周りにある聖気の勢いを、その武技によって何倍にも増幅していく。
そして、飛んできた盾にわざとぶつかったブレイヴは、それを足場に、地面に向かって跳ねる。
しかし流石に回転する足場では、正確に軌道に乗れなかったのか、彼は魔王の方ではなくこちらに向かって来た。
『ティーチィッッ!!!』
ーーーここだ。
仲間たちが作ってくれた、千載一遇の好機。
動くのだ。
ブレイヴを、魔王に触れさせることが、出来さえすれば。
「動け……!」
どうすれば届く。
頭が焼き切れるほどの早さで、思考する。
弾かれた右腕を力づくで引き戻して叩くか?
間に合わない。
まだ、腕は蹴られた勢いに引っ張られている。
今にも魔王は動き出そうとしている。
前に出る動作を一つ、入れている暇はない。
ブレイヴは目の前に落ちてくる。
だが腕は弾かれた右腕一つ。
体は、この場から動かない。
ーーー届きさえすれば。
ギリ、とティーチは歯を噛み締める。
諦めるわけにはいかない。
ここだけは、諦めるわけにはいかない。
位置的に、他の誰にも出来ない。
自分だけが。
必死に打開策を探る脳裏に……ふと、声が過ぎる。
『おししょー、朝ご飯ですよー!』
それは、毎朝聞いている声。
『おししょー……私、本当に強くなれますか……?』
春に泣き。
『ご、ご飯、作りました! 弟子ですから! 他に何も出来ないですし!』
夏に自分の足で動き始めて。
『ここの秋は、山の幸が豊富ですねぇ!』
秋に初めて喜びを見せて。
『おししょー、雪に埋めたお野菜、甘いですよー!』
冬に、満面の笑顔を見せてくれた。
ーーーそれは、スートのいる日常。
あそこに。
ーーー俺は、あそこに、帰るんだ。
ただ、いつも通りに平穏に暮らすことだけが、望みだった。
一人でも良かった。
かつて、ティーチの日常には、ブレイヴがいた。
あいつが消えてからも、退屈だったが、特に問題もない、そんな生活に不満はなかった。
そのブレイヴから託されて、ティーチの日常には、スートが増えた。
口うるさく、どう接したらいいか悩むことが格段に増えた、その日々は。
ティーチの思う平穏とは、程遠かったが……楽しかった。
ーーーあの、日常に。
帰るのだ。
今、ここで、全てを終わらせて。
ティーチは、辺りに満ちる聖気の一部を取り込んで、武技を発動させる。
「ーーー〝黒の衝撃〟!!」
キィン、と幻聴が響き、自分とブレイヴの意識が共鳴する。
〝黒の陽炎〟よりもなお、速く。
意識が、加速する。
共鳴したブレイヴの意識が、今どう動くべきかの最適解を、導き出す。
そのイメージは。
ティーチの意志すらも超えて、ブレイヴが戦いの中で培ってきたのであろう最速の動きを、体現する。
「オォオオオオオオオオオッッ!!」
放ったのは、左の蹴りだった。
上に向かって重心が浮いた体を支える右足を軸に全身を捻り。
左膝から、足首、そしてつま先へと伝わった力が、ブレイヴの体を、魔王に向かって蹴り込む。
そうして、弾けるように打ち出された球体がーーー。
ーーー魔王の肉体に、叩きつけられた。




