一雫
『……どういうことだ?』
レイザーは、泣き笑いの顔を浮かべているアーサスに、眉根を寄せてみせた。
教団を訪れた魔王に、一番最初に殺されたのは、アーサスだったのだ。
そして、どういう魔法なのか知らないが、アーサスは蘇って……仲間たちを、皆殺しにした。
自分の人生は、どこまでも利用されるだけの人生だった。
生きている間も、死んでからも、他者に良いように使われるだけの。
でも、ティーチだけは。
だから。
『もう大丈夫っス、レイザーさん』
『全然意味分かんねーぞ!?』
『イケるス。ジブンは、ちゃんとやれるスよ』
アーサスは、震える手を握り締める。
暗殺教団で叩き込まれる闇魔法には、世間で禁忌とされているものが幾つもあった。
その全てを、アーサスは操れるわけではなかった。
落ちこぼれだったから。
しかし魔王に肉体を奪われ、強化された力と。
元から、使うことだけは難しくない一つの魔法が、あれば。
『戻って下さい、レイザーさん。……ありがとうございました』
アーサスの拒絶が、レイザーをここに連れてきた魔法になんらかの影響を及ぼしたのか、彼の声が届かなくなり、口をパクパクさせながら、何かを怒鳴っているのだけが分かる。
その姿が薄れて消えたところで、アーサスはボソリとつぶやいた。
『ーーー《死霊王の黄金郷》』
※※※
バツン、と耳元で音が鳴り、レイザーは視界が拓けるのを感じた。
「何なんだよ、アイツは!!」
ダン! と地面を踏みつけると、額に球の汗を浮かべたグラスが問いかけてくる。
「どうなったの?」
「知らねーよ! なんか自分はもう死んでるとか言った後、いきなりぶっ飛ばされた!」
レイザーがそう吐き捨てると、動きを止めていたアーサスに変化が起こった。
ズォ、と体の周りに闇が渦巻き、体が黒く染まった後に肌の表層が金の輝きに縁取られる。
それを見た瞬間、グラスが血相を変えた。
「自爆の禁呪……!!」
「自爆!?」
「……もう死んでる、って、アーサスがそう言ったの?」
「そうだよ、ていうか自爆って……」
と、問い返したところで。
アーサスの体の周りに渦巻いていた闇が、突如爆発するように膨張した。
※※※
『わたくしは、どうすれば……?』
闇の中に訪れたバックラーを、鮮明になった意識で認識したマーシィは、自分の状況を聞いて目を伏せた。
本当にいつから、自分は操られていたのだろう。
思い返してみれば、ブレイヴと婚姻を結んだすぐ後から、徐々に記憶が曖昧になって覚えていないことが多い気がする。
きっとその辺りから、もう、マーシィは魔王に操られていたのだろう。
眼前で膝を折ったバックラーは、顔を上げて小さく首を横に振る。
『必ずお救いします。それまで、出来る限り魔王に呑まれぬよう抗っていただければ……おそらく、問題はないでしょうが』
『何故でしょう?』
『前王国の、古き言い伝えです。『勇者の伴侶となる者の魂は、勇者同様に女神の加護を得る』のだと。長きに渡り魔王の影響を受けながら、未だ魂に穢れを負っていないのがその証左かと』
ーーー女神の、加護。
勇者の魂に、魔王は干渉できないのだという。
それなのにブレイヴまでも肉体を奪われたのは、きっと、彼が婚姻の前夜に話してくれたことが、理由なのだろう。
『オレは多分、出来損ないの勇者なんだ』と。
その真意は分からなかったが、ブレイヴは。
『だけど、もしオレに何かあったとしても、ティーチがどうにかしてくれる。……やる気になってくれりゃーな』
そんな風に、笑っていた。
マーシィは、闇の空間に浮かぶ視界に目を向ける。
映っているのは、盾を構えたバックラーと。
その後ろで魔王に向かって駆け出している、スライムを肩に乗せた、黒い鎧を纏う誰か。
あれがティーチなのだろう。
『この繋がりが途切れたらどうなるかは分かりませんが……出来る限り、抗いましょう。ご武運を』
『ハッ!』
再び頭を垂れたバックラーの姿が薄れていくのに併せて、自分の意識もまた混濁していく。
それでも、どうにか少しでも助けになるために、マーシィは祈るように指を組み、聖気を放つ。
『ーーー《聖祈》』




