暗殺者と、槍術士の対話。
レイザーは、気づくと辺りが闇に包まれた空間にいた。
地面も見えず、真っ黒に塗り潰された場所に薄ぼんやりと、青い光を放つ何かが浮かんでいる。
目を凝らすと、その光を発しているのは人間だった。
『アーサス! テメェ何してんだよ!?』
うずくまって膝を抱え、顔を埋めている、泣いている幼子のような仲間を、レイザーは怒鳴りつけた。
すると、ビクッと肩を震わせたそれが、恐る恐る顔を上げる。
『レ、レイザーさん、スか?』
『他に誰に見えんだよ!? 敵に操られやがって、さっさと戻ってこい! おししょー野郎とかマーシィとか、色々ヤベーんだよ!』
しかしアーサスは、涙目でブルブルと首を横に振る。
『む、無理っスよ……体が全然言うこときかないんス!!』
『無理じゃねー! テメェの体だろ!!』
『そ、そんなこと言うレイザーさんだって、敵に操られてたじゃないスかぁ!! ジブンは、皆みたいに、強くないんスよぉ!!』
ーーークソ情けねーこと言いやがって!!
レイザーは頭に血が上った。
決して、図星を突かれて痛かったというわけではない。
『うるせー!! いいからどーにかしろ!! じゃなきゃ、ぶっ殺さなきゃいけなくなるだろーが!!』
それは、焦りから出た言葉だったが。
あろうことか、アーサスは諦めた顔で目線を落とす。
『……こ、殺してくださいっス、レイザー。こ、これ以上迷惑かけるくらいなら、そっちの方が……』
『ッ! 何で諦めんだよ!?』
本当に、自分と違いすぎてイライラする。
負けん気のカケラもなく、いつもいつもオドオドして。
『じ、ジブンには、レイザーみたいな才能も、心の強さも、ないんスよ……』
何でそんな風になるのか、レイザーには全く理解出来なかった。
『昔から、ジブンは落ちこぼれなんス。む、昔から逃げてばっかりで、人に助けられてばっかりで、迷惑ばっかり、かけて……。出来ることなんて、何にも、ないんスよ……』
何もない。
その発言に、レイザーはブチ切れた。
『ーーーだったら、何でおししょー野郎は、テメェを連れて来たんだよ!!!』
レイザーが地団駄を踏むと、アーサスは頬を張られたように目を見開く。
『テメェが本当に役立たずで、連れて来る価値もないようなヤツなら!! カノンが、ブレイヴが、おししょー野郎が……ティーチが!! こんなところに来るまでに、置いてきてるはずだろうが!!』
アーサスの力がなければ、ここまで上手くはこれなかっただろう、とブレイヴは言っていた。
仲間たちの彼に対する接し方を見ても、信頼を置いていることは見てとれた。
『テメェが、自分のことを役立たずだと思うのは勝手だけどな! カノンだって、オイラだって、テメェが逃げずに協力して目を覚まさせたから、ここに居るんだぞ!!』
何もないなどというのは、連中の信頼に対する侮辱だ。
自分の能力だけでなく、仲間の思いすら汚す発言だからだ。
『そういうのをちゃんと見て、テメェを信じてるあいつらの気持ちに、ちょっとは応えようと思わねーのかよ!!!』
『……!!!』
一息に言い終えて、ゼェ、ゼェ、と肩で息をするレイザーを、アーサスは呆然と見つめていた。
※※※
ーーージブンに出来ることなんて、何もないと思っていた。
いつだって、グズで、ノロマで。
昔、暗殺組織の仲間内にすら居場所がなくて。
その上、魔王に洗脳されて彼らを殺してしまったジブンには。
でも、ちょっとでも、昔の仲間を……ろくな連中じゃなかったけど、殺してしまったジブンが、人の役に立てるなら……。
最初は強制されてだったが、途中からアーサスは、そう思って、ティーチについてきた。
ーーーティーチさん。
アーサスが正気に戻って、自分に絶望していた時に、ティーチは『忘れろ』と言った。
『やっちまった事は仕方がねぇ』
『お前の罪の意識がそれで消えるとは思わねーけど、それでも』
『忘れちまえ』
それ以降、ティーチはその事には触れなかった。
それどころか、逃げなかったアーサスを、信じて。
ここまで。
ーーーティーチさん。
忘れてしまえと言われて、何も考えない様にしていたけど。
『お前が、自分のことを役立たずだと思うのは勝手だけどな! カノンだって、オイラだって、お前が逃げずに協力して目を覚まさせたから、ここに居るんだぞ!!』
目の前で、顔を真っ赤にしているレイザーの言葉が、刺さる。
『そういうのをちゃんと見て、テメェを信じてるあいつらの気持ちに、ちょっとは応えようと思わねーのかよ!!!』
自分で自分を、見限って。
諦めたせいで、仲間たちに、重荷を背負わせるくらいなら。
ーーーでも、ジブンが、魔王の力を跳ね除けることなんて。
出来やしない。
ならせめて、と、頭をよぎった時に。
ーーーアーサスは、全てを思い出した。
『は、はは……』
ああ、そうか、と。
のしかかっていた重みが消えて、心が、ふっ、と軽くなるのを感じた。
『何、笑ってんだよ!?』
『いえ……レイザーさん、ジブンは、ずっと、怖かったんスよ』
それが、生まれてから今まで、アーサスを支配し続けていたモノだった。
暴力の痛みや、罵声に対する萎縮。
見捨てられることや、見限られること、侮蔑され、嘲笑されること。
様々な形で襲ってくる、そうした現実の暗い影に、いつだって、アーサスは怯え続けていた。
『ジブンが、どう足掻いたって役に立たないほうの人間で、それが自分でも分かってて、だから、怖かったんス』
だが、ティーチに認められ、自分が少しでも役に立つことができて。
……余計に、怖くなっていた。
『認められないままなら、多分、それでも諦められたんスけど……ジブンは……』
アーサスは、声が震えそうになって、下唇を噛む。
勘違いでも、初めて、居場所を得たような気がしていたから、未練が強かった。
しかしアーサスの内心など分かるはずもないレイザーが、ますます眉根を寄せる。
『さっきから、何の話だよ!?』
『すいません……ジブン、役立たずの臆病者スけど……いや、臆病者だったから、死ぬのが、きっと誰よりも、怖かったんスけど』
アーサスは引き攣る顔を無理やり歪めて、笑う。
生き残れないだろうと悟っていても、レイザーに殺してくれと願ったのは。
自分で自分の命を断つ勇気も力も、ないと思っていたからだった。
だけど。
『レイザーさん、ジブン、頑張るっス。居場所を与えてくれた……クソみたいなジブンの人生に、最期に幸せを添えてくれた、ティーチさんの為に』
『……最期?』
『そうス』
一番恐れていた『死』は。
『もう、怖がる必要なんて、なかったんス。レイザーさん。思い出したんスよ』
ーーーとっくに与えられていた。
『ジブン、暗殺教団の皆を殺した時には、もう、死んでたってことを』




