誰も、諦めちゃいない。
ーーーそりゃ勘づくよなぁ……!!
ティーチは、魔王が視界から消えた瞬間に、残しておいた余力で、再び武技を発動する。
「ーーー〝黒の……」
「遅いよ」
ゴッ! と右腕にいきなり衝撃が走り、握っていた偃月刀が叩き落とされる。
「ッ!」
だが、まだ死ねない。
ティーチは左手を偃月刀から離し、自分の首に巻き付けるようにして庇いながら、叩き落とされる勢いのままに背中を丸めて横に倒れ込む。
無様であることなど、大した問題ではない。
首を狙うと言いつつ、心臓を貫く、あるいは脇腹を薙ぐ、という可能性もある。
だが、魔王は律儀に首を狙ったようだった。
左腕に、衝撃が走りーーー。
ーーー焼け付くような熱を感じると同時に、前腕の感覚が消えた。
「ガ……ァ……!!」
目を見開くと、視界の隅に黒い何かが跳んでいるのが映る。
自分の、左腕。
認識すると、痛みと鮮血が噴き出す。
「大層なことをほざいても、結局力の差を埋めることは出来なかったね」
地面を転がるティーチの耳に、そんな声と共に叩きつけられる殺意。
それでも。
ーーーまだだ。
痛みなど。
死を覚悟しさえすれば、無視していい。
諦めるのは得意だが、今諦めるのは、自分の命だけでいい。
それも、本当に諦めるのは最後の瞬間でいい。
何故なら、ティーチが出来ることは。
ーーー俺に出来る、ただ一つのことは。
ブレイヴが、気力を取り戻し……再び立つまでの〝時間稼ぎ〟なのだから。
少しでも長く。
出来れば、生きている間に。
「オォオオオオオオオッ!!」
叩き落とされはしたが、離しはしなかった右の偃月刀を握る手に、満身の力を込めて、振り上げる。
その軌道を定めるために、魔王の動きを目で追うことなど出来なかった。
だから、これは予測。
首を狙うと宣言して、首を狙ってきた魔王だったから。
振り上げた偃月刀は、狙い違わず、彼が首を狙って振るった刃を防ぐ。
しかし、そこまで。
魔王は、今度こそティーチの手から偃月刀をもぎ取り、次の瞬間には斜めに刃を振り上げていた。
「さよなら」
悪友が決して浮かべないだろう笑みと共に、振り下ろされた剣閃は。
「《地壁》ーーーッッ!!」
「ーーー《時跳》」
二重に展開された誰かの魔法によって、防がれた。
土の障壁が大地からそそり立ち、魔王の刃がそれを断つ一瞬の隙に、ティーチの視界が歪み、次の瞬間には魔王の背後に、移動していた。
その前に、二人の女性が立つ。
一人は、紋術士カノン。
そしてもう一人は、大賢者ウィズ。
「ティーチ、まだ、諦めないで!♪ ブレイヴは、助けられるよ!♪」
「王妃も救います。それには、貴方の力が必要です」
そんな二人が、言葉と同時に魔王に応戦し始めると。
「おししょおおおおおおおおおお!! 《聖癒》ーーー!!」
二人に遅れて追いついてきた涙声のスートが、有無を言わせず左腕を取り、その傷口に治癒魔法を発動する。
痛みが和らぎ始めたところで、彼女の肩に乗ったブレイヴが声を掛けてきた。
『……生きてるかよ、グータラ野郎』
「こちとら、悪運だけは強ぇんだよ、不運野郎」
軽口に応じると、ブレイヴは吹き出すようにプルリと体を震わせた後、バツが悪そうに目を逸らした。
『……悪かったな、腕』
「安いもんだろ。相手は魔王で、俺は一人だった。腕一本でお前さんが間に合ったんだからな。全員で生きて帰る方法、何か思い付いたんだろ?」
ティーチがそう告げると、ブレイヴは深く息を吸い込んだ。
『……ティーチ。テメェは、俺が諦めたのに、諦めてなかったのか』
「なぁ、ブレイヴ」
魔王を抑える二人や、王妃の相手をするバックラー、アーサスと戦闘を繰り広げるレイザー。
「最初から、お前さんの仲間は、誰もお前さんや嫁さんの命を諦めちゃいなかった。俺は、別に連中と長い付き合いがあるわけじゃねーが……お前さんの事は、よく知ってる」
彼らの戦闘を見ながら、ティーチは小さく笑う。
「お前さんは、踊る阿呆だ。後ろで引っ込んでられねーだろ? ……俺はな、ブレイヴ。信じたんだよ」
付き合いの浅いブレイヴの仲間たちだが、彼の呼応して魔王を一度は倒した連中だ。
そんな彼らも、きっと、ティーチと同じようにブレイヴを信じていたはずだ。
「俺は甘く、臆病だが、お前さんは違うだろ。世界を救う意志を貫き通した、そんな勇者ブレイヴが弱気を振り払うのを……そしてお前さんが共に歩んだ仲間たちが、諦めないことを、信じたんだ」
『ティーチ……』
治癒魔法で傷口が塞がったのを確認したティーチは、泣きっ面のスートの頭を撫でてから立ち上がる。
左腕が半分になったせいで、少しよろけたが、まだ動ける。
「やろうぜ。ブレイヴ、スート。目指すのは、誰かの犠牲で成り立つ平和じゃねぇ」
近くに落ちていた偃月刀を拾い上げ、右肩をトントン、と刃の背で叩く。
「あの魔王をぶっ潰して、お前さんの体や嫁さん、アーサスを取り返して、全員で笑う未来だ。そうだろ?」




