勇者の〝影〟は、信じている。
ーーー傷つけるのが怖い、臆病者。
魔王の言葉に、ティーチは痛む体を渾身の力を込めて起こしながら、答える。
「だったら、どうした?」
そんな事は、自分自身が百も承知だ。
人が殺せない。
それに気づいていたからこそ、ブレイヴの誘いを断った。
「へぇ、折れないんだね?」
「当たり前だ」
ティーチは再び、偃月刀を構える。
自分に出来ることは、最初から一つだけだった。
「俺は甘い、臆病者だ。……傷つけるのが怖い? そうさ。俺は今だって、食うために獣を狩る、ただそれだけのことにすら躊躇いを覚えるくらいに、争いが、傷つけあうことが苦手だ」
相手がどれほど邪悪な者であったとしても、どれほど憎い相手だったとしても。
きっとティーチには、断罪することなど出来ない。
目の前の魔王のような者であったとしても。
この心の底から湧き上がる憎悪に、身を委ね切ることが、出来ない。
「皆が平和に過ごせるなら、本当はそいつが一番良いに決まってる」
戦わねばならないなら、戦う。
だが、過去に『もしも』があったとして。
アーサスが村を襲撃してきた時に、スートを助けるのが間に合わなかったとして。
ティーチは、憎悪のままに、アーサスを叩きのめしただろう。
……そして結局、命までは奪えなかっただろう。
自分という男は、結局その程度なのだ。
「だが、ブレイヴは違う」
あの悪友は。
その意志と共に、アイツはやるべき事を成し遂げた。
そして、自分と愛する者の死すらも覚悟して、ティーチに、仲間達と、救うべき世界を託した。
だが、あの男が、託しただけで満足するはずがない。
「俺は、あいつを信じてる。俺に出来ないことが、アイツにゃ出来るってな」
ティーチは、ニヤ、と笑みを浮かべて、魔王を真正面から見据える。
相手が何を考えているのかは、変わらず嘲笑するような笑みからは読めなかったが……。
「へぇ。肉体を喪った勇者に、まだ何かが出来ると?」
「さぁな。ーーー何かが出来るかは分からねーが、アイツは、我慢出来ねーさ。祭りのど真ん中で踊るのが大好きな目立ちたがりは、見る阿呆にゃなれねーんだ」
「ふぅん……?」
ーーーその前に、俺に、出来ることは。
ティーチは、ジリ、と爪先を少しだけ魔王に寄せる。
「俺にゃ、一つ気になってることがあってな」
「何かな?」
魔王は動かない。
何を思っているのか、悠然とその場に立つだけ。
「お前さん、俺と似たようなヤツを、誰か知ってるのかい?」
その問いかけに、相手はかすかに眉を動かす。
「図星か?」
饒舌な魔王の語り口は、ティーチだけに向けたもののようには見えなかった。
こちらの姿に、誰かを重ねているように、聞こえた。
「よく分かったね。ああ、よく知ってる。他者に甘く、自分に甘く、嫌なことからは逃げ回るくせに、あり得ないほどお人好しなヤツを、一人ね」
「へぇ。そいつは、是非会ってみたいもんだ、な!」
ティーチは、言葉尻に合わせて、今の自分に放てる最短の動きで突き技を放った。
だが、それはあっさりと魔王が立てた剣の腹に防がれる。
「君の願いは叶わないよ。そろそろ無駄話もおしまいにして……君の首を、落としておく頃合いになったよね?」
その言葉と同時に、魔王の姿が掻き消えた。




