勇者は、取り戻す。
「誰!?」
「なぁに、ただのお節介なジジイさね。ま、あんま時間もねーからねぇ。わっちの事はどうでもいいさね」
ブレイヴは、驚いた声を上げるグラスの背後に、唐突に現れた存在に目をやる。
問いかけに対して、ふー、とキセルから煙を吐きながら、それは笑った。
宙にあぐらをかいた、着流しの老人。
淡い青の光を身に纏い、口調同様にどこか掴み所のない、飄々とした印象を持つ彼は、長く白い髭と髪を風に揺らしながら、グルリと首を回した。
「ま、ちっとばかし面白ぇ兄ちゃんだったからねぇ……このまま死なすにゃ惜しいさね」
それに、ツレに悪戯した悪ガキにゃちっと仕置きが必要だしねぇ、と。
ティーチの方を見やりながら、ニヤニヤと続けた。
『力を貸してくれんのか、翁』
「わっちが貸せるのは、ちょっとした知恵くらいのモンさね。そこの死霊術士の嬢ちゃんが、答えに辿り着きそうだったからねぇ」
「アタシ?」
グラスがそう口にするのに、トゥスがヒヒヒ、と笑う。
「そうさね。魔王と勇者は相入れねぇ存在さね。そんで、あの体の本来の持ち主はそこの毛玉。奪ったとはいえ、悪ガキの魂は根づいちゃいねーねぇ」
ーーー魔王を、悪ガキ呼ばわりかよ。
山に棲むと噂の仙人であることは間違いないだろうが、彼はどこか得体が知れない。
「もしそんな不安定な体に、本物の魂をぶつけたら……へばりついた邪魔者はどうなるかねぇ?」
トゥスの問いかけに、不審ともどかしさを浮かべていたグラスの目に、変化が起こった。
表情からも曇りが晴れていき、代わりに軽く唇が開く。
「さぁ、魂に触れる術を学んだ嬢ちゃんなら、分かるんじゃねーかい?」
「……魔王の魂が、体から弾き飛ばされる……?」
「そうさね。勇者の肉体を離れりゃ、残るのは勇者の兄ちゃんに倒されて、力の大半を散らした魂だけさね。わっちに言えるのは、それだけだねぇ」
やるのはお前らだ、と言わんばかりの様子で、仙人は再び口元にキセルを運ぶ。
「後は頑張りなよ」
「ええ。……ブレイヴ、諦めるには、まだ早かったみたいよ」
そうして、グラスが力強さを取り戻した表情で、髪を掻き上げながら口にした作戦に、最初に反応したのはカノンだった。
「ブレイヴの体を取り戻せるの!?」
「出来るわ。上手くいけば、他の二人も。そうでしょ? 誰だか知らないお爺さん」
「わっちはトゥスさね。そうさねぇ。……あの黒いドレス着たお嬢ちゃんも、消えかけちゃいるが、まだ魂は失われちゃういないねぇ。勇者の愛した女は、加護を得るからねぇ」
『何だと!?』
トゥスが何気なく口にした言葉は、ブレイヴにとって最も重要なことだった。
『マーシィは、まだ生きてるのか!?』
「意志の強い嬢ちゃんだねぇ?」
噛み付くように問いかけたブレイヴに、何故か楽しげな仙人がうなずく。
「やる気が出たかい?」
『元々あるわい!』
「わっちの言うやる気ってーのは、生きて玉座に帰る気の方さね」
『……!』
ブレイヴが言葉に詰まったところで、いきなり、スートが駆け出した。
落ちかけたブレイヴは、慌てて彼女の肩にしがみつく。
「おししょおおおおおおおお!!!」
その叫びに視線を向けると、ティーチが魔王の蹴りで吹き飛ばされて倒れているのが見える。
ーーー間に合うか!?
せっかく、打開策が見えたというのに、ティーチが死んでは意味がない。
魔王が剣を肩に担ぐのを見ながら、チリ、と焦燥を浮かべたブレイヴの横を、旋風のような速さで誰かが走り抜ける。
カノンだった。
「助けるよ!♪ カノンが一番乗りだよー!!♪」
どうやら、時魔法の補助を受けているのだろう。
そんなカノンに術士であるウィズが追従し、二人は一足飛びに距離を縮めていく。
その、置いて行かれたスートやブレイヴの背後では。
「山の仙人が実在するなんて驚きねぇ」
「そうかい?」
「感謝するわ。でも、ひとつだけ訂正しておきたいことがあってさー」
「何かねぇ?」
「アタシは話術士よ。今のアタシが話し合う相手は、死者や死霊じゃなくて、生きた人間。それだけ、覚えてて」
言い置いて、スートらを追いかけ始めたグラスに、トゥスがおかしげに片眉を上げる。
ーーーありがとうよ、翁。
仲間達だけではなく、自分までも、気力を取り戻させてくれた仙人に心の中で感謝を述べてから、ブレイヴは意識を切り替える。
ーーー勝つぞ、悪友! オレ達は、全員で、生きて帰るんだ!!




