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勇者の〝影〟は、届かない。


「オォオオオオオオオオオオッッッ!!!」


 ティーチは、仲間達の援護を受けて、真っ直ぐに魔王に駆け抜け、偃月刀を振るった。


 大上段から、体に満ちた憎悪と炎気を込めて振り下ろす。

 それを、魔王は手にした剣を軽く片手で上げて受けた。


 大した力を込めたとも思えない仕草にも関わらず、叩きつけた偃月刀から返ってくる感触は、鉱物に木刀を叩きつけているかの如きものだった。


 拮抗して周りに広がった衝撃によって、大気が渦巻き、大地が鳴動する。


「良い一撃だね。だけど、それじゃ届かないよ」


 薄く浮かべた笑みすら消さずに、そう告げるサマルエには応えず。


「ーーー〝黒の陽炎ブレイク・アップ〟」


 ティーチは、辺りから根こそぎ喰らうように身の内に取り込んだ活力を燃やして、武技を発動する。


 ゆら、と視界が揺らいだ後。

 まるで時が停滞したかのように、視界から色が抜け落ちて鮮明さを増し、流れるものの動きが緩やかになる。


 顔の横を舞う、砂埃の一粒が。

 大地に立ってこちらの一撃を受けたブレイヴの姿を持つ魔王が、足先に僅かに力を込める挙動が。

 

 お互いの間で弾けた力の、その流れすらもが。



 ーーー視える……!



 その、緩やかな時の中で、己だけが……正確には、己と魔王だけが、普段通りに動く。


 ーーーお前さんだけは、決して許さねェ……!!


 先ほどまでは目で追い切るだけだった魔王の動きが、しっかりと把握できる。


 振り下ろした偃月刀の刃先を反動で跳ねさせ、体を捻りながら、下から柄尻を相手の顎先に向かって振り上げる。

 魔王はそれに応じて、剣を持ち上げていた腕をするりと下ろして、肘で受けた。


「さっきより、速さが少しマシになったね。でも、まだまだだなぁ」


 魔王が肘を起点に、前腕だけでこちらの頭を狙って切り下ろして来るのを、さらに体を捻りながら膝を落とす。

 頭上を剣先が行き過ぎるのと同時に、一回転しながら、今度は刃先を振り上げた。


 うすら笑いの魔王と目が合う。


「君の殺意は、僕には届かないよ」


 半歩すら下がらず、僅かに体を逸らしただけで、こちらの一撃は空を切る。


 完全に、間合いを見切られていた。

 

 だが。


「届くさ。お前さんを打ち倒す一撃は、必ずな!!」


 ティーチは、攻撃の手を緩めなかった。


 前後左右を、縦横無尽に。

 あらゆる角度から、魔王に仕掛けていく。


「君はあくまでも、勇者の〝影〟」


 相手の余裕は、崩れない。

 ティーチの仕掛けた剣閃を、全て受け、いなし、避け。


 ーーーたった一歩すら、魔王はその場を動かなかった。


「勇者の魂を持たず、その力の半分だけを持つ君は、不完全な存在だ」


 それどころか、両手を使うことすらなく、魔法すらも発動する気配がない。


「決して、届かないさ。ほら、もう武技も続かなくなった」


 魔王の言葉と同時に、自らの身体能力を底上げしていた〝黒の陽炎ブレイク・アップ〟の効果が切れる。

 

 途端に、相手の速さについて行くことが出来なくなり、凌ぐだけで手一杯になった。


 ーーークソが。


「君には、致命的な弱点がある」


 力だけは、互角。

 だが、技量と速度に、圧倒的な差があった。


 勇者ブレイヴの体に、魔王の魂。

 あまりにも破格な組み合わせに、ティーチは奥歯を噛み締める。


「どれほど僕を憎もうと、恨もうと、心を鬼にしようと」


 独白をする魔王の猛撃に、ふと、隙が生まれた。


 一気に練気を行い過ぎた上に、ただ凌いでいるだけでも、ティーチの集中力と体力は極限まで削られていた。

 

 そんな中で見出した……千載一遇の、好機。


 ーーーッ!


 ティーチは、その尾を逃すまいと、一気呵成に踏み込む。


 それに対して、魔王は。

 まるで反撃や防御の気配を見せず、嗜虐的な色を浮かべた目を、三日月のように細める。


「どれだけ激情に駆られようとーーー」


 そして、まるでこちらの一撃を受けようとするように、するりと剣撃の線上に首を差し出した。


 ティーチは、横一線に振るった刃を。




「ーーー君には、人が殺せはしないんだろう? ティーチ・ザコード」




 魔王の首を落とす直前、薄皮一枚だけを削って、ピタリと止めた。

 

「……分かってやがったのか」

「勿論」


 首元に留まる刃を、左の指先でトントン、と叩いて魔王は笑みを深める。


「君には足りない。勇者の持つ優しい厳しさ・・・・・・が。相手を想うが故に、切り捨てる覚悟がない」


 滴る毒のように、愉しげな魔王の悪意が言葉として吐き出される。


「君の甘い優しさは、きっと弱者には心地いいんだろうね。そうして助けてくれるように見えるから。自分の為に体を張ってくれるように見えるから」


 その瞬間、ティーチは目に見えぬ速さで繰り出された魔王の膝蹴りによって、吹き飛ばされた。

 鳩尾で爆発した衝撃で息が詰まり、視界が白く染まる。


 気づいた時には、黒い雲に覆われた曇天を仰いでいた。


「っが……!」


 詰まった息を吐き出すと同時に、痛みが爆発する。


「ティーチ・ザコード。君は、芯の部分で、相手を想ってなどいないんだよ」


 霞む視界の中に捉えた魔王は、ゆっくりと足を下ろし、肩に剣を担いで首を傾げる。



「君は全てを許す存在じゃない。……ただ、相手を傷つけるのが怖いだけの、臆病者だ」

 

 

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