群像の中、状況は急転する。
ーーー遅ぇなぁ!!
レイザーは、苛立ちながら武技で周りを薙ぎ払った。
死霊どもは大した力もない雑魚だから、疲れたりはしない。
しかし、軍が後退するのが遅すぎる。
「守るって何だよ……攻めた方が絶対速いじゃねーかよ」
今だって。
ブレイヴに諭された今でさえ、もうこの状況になってしまったら、バックラーを皆で叩いて攻め込んでしまえばいいのにと、やっぱり思ってしまう。
だがレイザーは、ブレイヴに言われたことを守ってカノンの側に居続けた。
「何やってんだよ!?」
笑みを浮かべたままティーチたちの戦闘を見つめ、ジッとして死霊の相手もしない彼女に、苛立ち混じりに言葉をぶつける。
「待ってるんだよ♪」
カノンは落ち着いた声音でそう返答した。
そこでレイザーは、彼女の指先が何かを計るように、太ももを一定の間隔で叩いているのを捉える。
ーーー待つ、待つって、どいつもこいつも。
レイザーは、動くのは得意だが、待つのがとてつもなく苦手だった。
他人が自分の思い通りに動かないこと、が、気に入らないのではなく、自分が思い通りに動けない、のが苦手なのだ。
皆に何か考えがあるのは分かるが、動きたいのである。
待ってる間に、結局こうして、スートが危ない場所で……と、思ったところで。
ティーチの気が、爆発的に膨れ上がるのを感じた。
「ーーー!?」
目を向けると、高く跳んだ彼が、巨人化したバックラーの額に、手にした武器を叩き込むのが見え。
「今!♪」
カノンが、紋術を発動した。
すると、グラスに奪われて死霊を発生させていた魔法陣が、再度地面に描かれた紋様を書き換えられて、形を変化させた。
ーーー爆轟。
ティーチの放つ聖気に呼応した魔法陣から、凄まじい青光の柱が、天を貫くように吹き上がる。
魔法陣の周りに吹き荒れた風すらもが清らかな輝きを伴って、敵軍を、砦を……そして撤退する自軍すらも巻き込んでいく。
そのあまりに強烈な聖気の炸裂に、出現していた死霊の群れが跡形もなく一瞬で消滅していき。
ティーチの動きに気を取られていたレイザーは、不意を打たれて軽く体勢を崩した。
そこに。
「ーーーへぇ、凄いね。意外と頭が回るじゃない」
聴き慣れた……しかし知っているものとは明らかに違う声音が、耳に届いた。
※※※
「くぅ……! やってくれるじゃん、カノン!!」
奪い取った術式を、聖気による一瞬の乱れを利用して奪い返されたグラスは、その反動に顔を歪めた。
しかも、その聖気を増幅するように書き換えて。
吹き荒れた暴風にマントの裾をはためかせながら、グラスは敵陣に向かったウィズの動きを予測する。
おそらく彼女は、レイザーかカノンを狙うはずだ。
向かった時間から逆算して、今はもう相手の方が近い位置にいる。
聖気の嵐は、人の体には悪影響を与えない。
だが、青光の柱の中心にいるバックラー自身に関しては、それを利用した武技を叩き込まれているために生死は不明だ。
―――てなると、打つ手としては……。
と、バックラーを考慮に入れずに敵を潰す手立てを構築し直そうとして。
ふと、グラスは気づいた。
―――何で倒す必要があるのかな?
ティーチとバックラーの会話は聞いていた。
彼らの目的が王国の打倒ではなく、ブレイヴの打倒であることも知っている。
が、幾度か会って分析したティーチの性格から考えて、自発的に、自らの欲望に従ってそうした行動を取っているとは考えにくい。
もし仮に国取りが目的であるのなら、負けたとはいえ、カノンやレイザーが彼に従う必要もないだろう。
二人に操られている様子はなく、となれば、この状況そのものがおかしいということになりーーー。
―――何で、アタシはそこに思い至らなかった?
ティーチたちがわざわざ聖気による攻撃に拘る理由。
ブレイヴを名乗る毛玉。
この戦場の盤面から、推察するに。
―――やられた。これ、操られてたのアタシらの方だね。
今の今まで、疑問にも思っていなかったことが、その証明だ。
おそらくは吹き荒れた聖気の嵐によって、何らかの細工をされていた自分の洗脳が解けたのだろう。
元々、グラスはウィズと共に、様子の変わったブレイヴを怪しんで探っていたのだ。
その過程で王城を訪れていた時に、ブレイヴに謁見の間に呼び出され……そこから先の記憶が、ない。
「ってことは、不味いかな」
ウィズが操られているのかどうかは分からないが、彼女の洗脳も解けているはずだ。
【風の符】を取り出したグラスは、急いでそれをウィズの持っている符に繋いだ。
※※※
「……どうしました?」
『気付いてないの?』
カノンたちがいる敵陣に近づいて藪に潜んでいたウィズは、主語のないグラスの問いかけに軽く目を細めた。
「いえ……気づいていますよ」
ウィズは、聖気の光柱に巻き込まれかけるほどに直近にいた。
自分の体を覆った魔導結界によってある程度の影響は防いだが、元々聖属性に親和性が高い上に攻撃魔法ではなかったため、完全に遮断された訳ではない。
「してやられましたね」
『じゃあ、やっぱり?』
「ええ。本来の彼の魂を向こうに運んだのは、私自身です」
ウィズとグラスは双子であり、ブレイヴと共に戦う中で磨いた連携により、お互いの思考は手に取るように分かる。
「怪我の功名、といったところでしょうか。二枚が落とされた時点でパーティーの総力を当てた、魔王の失策です」
『生きてたのね。そして、ブレイヴの体を乗っ取ってる』
「正解です」
そうウィズが答えたところで。
カノンの近くにいるアーサスが、完全に隠れているはずのウィズの方に目を向けて。
小さく笑みを浮かべながら、腰の剣を引き抜いた。
そして、口元が動く。
「へぇ、凄いね。意外と頭が回るじゃない」
ーーー!!
その言葉を読み取った瞬間、ウィズは手にしていた杖を構えた。
「《聖矢》!!」
咄嗟に放ったのは、聖属性の貫通魔法。
音もなく宙を灼きながら射た魔法の矢はーーー。
ーーー狙い違わず、カノンを不意を打とうとしたアーサスの胸元を、貫いた。




