勇者は、弟子を叱りつける。
「一体、何がどうなってるの!?」
スートが混乱している間に、辺りを包んだ瘴気が下に吸い込まれ……地面が、波打つように盛り上がり始めた。
そう見えたのは、埋まった何かが一斉に這い出し始めたからだ。
ーーー死骸。
獣や人、魔物の骨に加えて、腐った肉がまだついているものなど。
あるいは、紫の靄のような死霊たちが、ォオオォォオオォ……と不気味な声を発しながら漂い始める。
「死霊術だね……術式を取られちゃったなー♪」
「取られた!?」
「うん、それに、エゲツない変え方したねー♪ 自分の軍も襲われちゃうんじゃないのかなー?♪」
真剣な顔から、すぐに笑みを浮かべたカノンが指を鳴らす。
「全軍、撤退♪」
「撤退!?」
カノンは何を言っているのか。
「今下がったら、おししょーたちが!!」
溢れ返った死霊たちの中心で、まだバックラーとティーチが戦っているのだ。
見捨てて逃げるわけにはいかない。
そう考えたスートだが、カノンは片目を閉じて軽く指を振る。
「ボクたちまで撤退するとは言ってないよ♪ 軍を撤退させるの♪」
「あ……」
「で、結局どーすんだ?」
それまで黙っていたレイザーが、槍を担ぎ上げながらカノンに問いかける。
「失敗したんだろ?」
「だねー♪ えっと、とりあえずティーチを助けて下がろう♪」
「死霊どもはどーすんだ?」
「魔法で出現してるなら、解除したら消えるんじゃないかな♪ 消えなくても向こうに始末してもらえばいいし♪」
「なら、話は早ぇな! 邪魔しに行くぞー!!」
レイザーは、多分退屈していたのだろう。
めちゃくちゃ張り切っている様子を見せたが……ブレイヴが、それに水を差した。
『レイザー。お前は、ここに残ってカノンを守れ。オレとスートがティーチを助けに行く』
「私!?」
「何でだよ!?」
『それが一番、確実だからだ』
ブレイヴは、キッパリとそう告げた。
『バックラーとお前は相性が悪い。戦い方も、使う武器も、適性も。一番良いのはカノンだが、カノンには指揮を取る役目がある。お前が護衛だ』
「守る役目ならスートの方が得意だろ!?」
『本来ならな。だが、練度が違う。攻めるより守る方が本来は難しい。……それに、オレたちがやるべきことは、もう本当は攻めたり殺したりすることじゃねーんだよ。レイザー、お前にはそれが分かってねぇ』
ギロリ、と、毛玉は強い意志を込めた目でレイザーを睨みつける。
『この戦は、向こうの頭だけが敵の、仲間との戦いだ。それが終わったら、お前らは、また守るための戦いが始まる』
そのブレイヴの言葉に、スートはふと、違和感を覚えた。
ーーーお前ら、は?
まるで、そこに自分がいないかのような。
『いい加減、その力を使って皆を守ることを考え始めろ。前に魔王を倒したのだって、本当は守るために攻めたんだ。できるようになれよ、レイザー。……お前は、オレの弟子だろ?』
ブレイヴの言葉に。
レイザーはふてくされたような顔をして押し黙ったが、少ししてから、ボソリと答えた。
「……分かったよ」
『よし。なら、行くぞ、スート』
「はい!」
スートは、手にした剣をギュッと握りしめて、ティーチの元へと駆け出した。
※※※
「《纏身》」
静かに、怒気を放ったまま、バックラーが呪言を口にする。
同時に、全身鎧の右胸に備わった呪玉が輝き、炎気が彼の全身鎧の上に凝縮した。
ーーーまだ【纏鎧】してなかったとか、マジかよ。
ティーチは、内心頬を引きつらせた。
全身鎧がさらに膨れ上がり、ただでさえ長身のバックラーが人外に近しいほどに巨大化していく。
真紅に染まった外殻に翼と尾のような意匠が現れ、兜の形が顔全てを覆うように変化した。
巨大な、金属で出来た炎龍のように。
その姿を見て、ティーチは既視感を覚えた。
「ブレイヴ……!?」
「そう、奴の鎧を参考に作り出した剛炎の【纏鎧】だ」
応えたバックラーが、攻防一体の傘を備えた十字槍を構えて、天高く跳ぶ。
巨体からは考えられないほどの上空に位置した彼を見上げて、ティーチは黒い木刀を構える。
周りの死霊たちも動き始めて、こちらに向かって動き出しているが……バックラーは、それを一顧だにしていないようだった。
「ふざけた真似をしたことを、後悔するがいい」
彼の敵意は、まっすぐにこちらに向けられている。
槍が真っ赤に燃え上がり、槍先を下に向けたバックラーが加速しながら落下してきた。
「ーーー《炎滅落鳳破》」
バックラーの武技が発動し、ティーチの視界が、真っ赤に包まれた。




