おししょーは準備をする。
仲間たちの元に戻ったティーチは、アゴの無精ヒゲを軽く指先で撫でた。
「さて。悪くはないが、微妙な状況になったな……」
お互いの被害が少なくなるように、という相手の提案は悪くない。
だが、一騎打ちに邪魔を入れない、の方は悪い提案だった。
「どーする?♪」
「どうするって言っても、こっちは作戦通りにやるしかねーしなぁ」
バックラーの実力は知らないが、間違いなく強い相手だ。
そうである以上、自分の勝ちを保証できるとはとても言えない。
「準備をしておいてくれ。いつ動くかは……まぁ、ブレイヴの判断に任せる」
『そいつは良いが、聖気はどーすんだ?』
ブレイヴが問い返してきたのに、ティーチは片頬を上げた。
「この場でくれよ。10分間は準備して良いんだろ?」
『切れたら、バックラーの洗脳が解けねーが』
「そのための策だろうよ。ま、なるべく気を引くさ」
カノンを中心として組み立てている今回の作戦は、規模が大きい。
レイザーの洗脳を解いたことで、ブレイヴの力はまた戻っている。
スートと2人でなら大規模な聖魔法を放てるだろう、と、彼は言った。
バックラーかグラスのどちらかの洗脳をそれで解ければ、一気に戦況が楽になると踏んで作戦を立てたのだが、同時に、相手に感づかれれば防がれる可能性も高いらしい。
「相手にグラスがいるからねー♪ ティーチがバックラーをドツいて正気に戻せるなら、一番楽だとは思うよー♪」
「どうにもならん可能性の方が高そうだけどな」
「おししょーなら大丈夫ですー!」
「根拠が何もねーだろ」
スートの明るい声に、ティーチは苦笑した。
何せ、ゴリゴリの前衛職とサシで戦うのはこれが初めてだ。
カノンは紋術士であり、レイザーは近場では戦わなかったのである。
「自信がねーなら、オレが代わってやるぞ、おししょー野郎!」
「いや、約束したの俺だしな」
ここでレイザーに一騎打ちの役割を譲ったら、バックラーはなんとなく怒りそうな気がする。
「それに、お前さんがやられて俺とカノンが残ったところで、状況的には変わらんだろ」
むしろ、ティーチがやられるより不利までありそうな気がした。
しかし何故か、レイザーはこちらの言葉に対して別の受け取り方をしたらしい。
「何だとー! おいらは別にバックラーやおししょー野郎より弱くねーぞ!?」
『いや、強くもねーだろ』
「相性も悪いんじゃなかったか?」
「それでもおいらなら勝つぞ!!」
凄い自信だなーと、ティーチは感心した。
ブレイヴのツッコミに、一歩も引かない姿勢は立派なものだ。
「ま、とりあえず聖気をくれよ。ブレイヴ」
『おう』
「無視すんなー!!」
「レイザー、ちょっとうるさいですよー!」
「うるさくねー!」
きゃんきゃんと戯れ始めた二人を放っておいて、ティーチはブレイヴが発動した聖魔法を吸収する。
「相手をするのは、バックラー一人じゃねぇ。俺が劣勢になっても焦るなよ」
『分かってるよ。オレだってこの状況から全軍でガチンコしてーとは思ってねぇ』
タイミングをミスれば、一騎打ちの約束を反故にしたとして、総力戦になだれ込むのは簡単に予測できた。
そうなったら、制止出来たとしても負傷者が出るのは免れないのだ。
ティーチは、《武技吸収》で蓄えた力で鎧を発現する。
「ーーー《鏡纏身》」
呪言とともに、木刀全体が先ほど吸収した聖なる輝きを放ち、解けるように形を崩してティーチの体を包み込む。
金属とは違う、光沢のない昆虫の外殻のような全身鎧。
闇の力を吸収した時と似通った姿だが、白地に黒い縁取りの意匠である点と、手甲よりも足甲が分厚い点が違っていた。
「じゃ、行ってくる」
「おししょー! 頑張って下さーい!」
ブンブン、と手を振るスートに軽く答えると、ティーチはバックラーの元へ戻った。
「待たせたな」
「待つと言ったのはこちらだ」
大剣を引き抜くと、バックラーはそれを片手で肩に担ぐように構えた。
そして、逆の手に握っていた流線型の大盾を体の大半を覆うように前に突き出す。
鉄壁の守りだ。
装備の重量を考えると、さほど素早くはない、と思えるが、そうした常識は頭の中から抜いておいたほうが良いだろう。
「我が名はバックラー。国の盾として、平和を侵す者は許さぬ。いざ、尋常に勝負」
相手の名乗りを聞きながら、ティーチは半身に構えて軽く腰を落とした。
利き手である右手を前に出して手のひらを相手に向け、左拳を軽く腰だめに引きつける。
「俺は凡人だが、勇者の対でもある男だ。……律に伏し、権に隠れ、悪意を受けて敵を制す鏡」
顔を覆うフルフェイスの兜に備わった目を赤く輝かせ、ティーチは相手の名乗りに応えた。
「潜む悪鬼を喰らう【影】ーーーティーチ・ザコード。推して参る」




