おししょーは、仙人にコツを習うようです。
ぶらり、とティーチに近づいてきた仙人が、肩に手を置いてくる。
触られている、というには朧げな感覚だが、しかし触れられたところは何か冷たいものが乗っているように、ひんやりとする。
「……翁は、やはり実態がないのか?」
「いんや。まだ体はあらぁね。まぁ、長いこと生き過ぎたせいで、だいぶ〝薄く〟なっちまってるが」
トゥスは、トントン、とキセルの先でティーチの木刀を叩いた。
「抜きな。この手のコツは、口で教えるよりも、肌で覚えた方が早いさね」
「ああ」
ティーチが木刀を抜くと、仙人はするりと後ろに回り込み……背筋がぞくりとする感覚と共に、体の中に何かが入り込んでくる。
「!」
『ヒヒヒ。焦るこたぁねぇさね。ちっとばかり憑依させてもらっただけだからねぇ』
おそらくは、仙術の一種なのだろう。
違和感を覚えていたが、最初の怖気を抜けると、逆に力が湧いて来るような感じがした。
『力を抜きな、兄ちゃん。力むと、体の気の巡りが悪くなって上手くいかねーからねぇ』
「分かった」
木刀を半身に構えながら呼吸を整えると、じんわりと体に熱がこもり始める。
同時に、意識が仙人のものと重なって、視界の中で世界が普段よりも色づいていく。
天地に遊ぶ精霊の様子や、火や水、大地の気の盛えまでもが鮮明に感じられる。
ーーースゲェ。
ティーチは、感動を覚えた。
世界に満ちる輝きは、仙人の目から見るとこんなにも華やかなのかと。
『お前さんは、素直だねぇ。二つに分かれなきゃ、本来はこの景色がお前さんの景色だったはずさね』
トゥスが、体内からティーチの心の声に応える。
『意識を凝らしておくことさね。……天地から直接気を吸うってのは、こうするんさね』
言われると同時に、体にほんのりと感じていた熱が、足の先からさらに燃え上がるように増していく。
通常の気を練り上げる感覚ではなく、《武技吸収》によって相手の力を吸うのと同じように、一気に凄まじい力が流入してくる。
ーーーく、ぉ……!?
しかも同一の気ではなく、ありとあらゆる周りの気が無差別に体の中で蓄積され、仙人の力で練り上げられていく。
体が、はち切れそうだ。
『分かるかい、兄ちゃん。これが〝超越活性〟……本来、勇者に備わる、世界と交流して、己を無限に高めていく力さね』
力の奔流に耐えるティーチに、トゥスが楽しげに告げる。
『そうして、暴れる力を制し、研ぎ澄ませれば、時すらもが、お前さんの前に屈する。ーーー《竜体活性》』
仙人の囁きと共に、世界の流れが緩やかになったように感じられる。
スートやブレイヴの動きや、草木の風に揺れる様から、星のまたたきまで、全てが、ひどくゆったりとして。
『木刀を振ってみな』
言われて、片手で半身に構えていた木刀を両手で握る。
全てが緩やかな中で、自分の動きだけはいつも通りだった。
ーーー速い。
上段に構えた木刀をいつも通りに振り下ろすと、さほど力を込めていないのに風が刀身の周りに渦を巻き、剣閃の圧が、真っ直ぐに眼前の草を割った。
『黒い木刀も、やがてお前さんの意のままに姿を変えるようになるだろうねぇ。こいつは活殺自在、武も呪も思いのままに操れる武具として。……ま、本来なら操れるはずの聖気魔法を操る術は、お前さんにゃねーがねぇ』
最後にからかいにも似た言葉を口にして、仙人が体を離れると、時の流れが元に戻る。
「……ぶはぁ!」
力の圧から解放されたティーチは、大きく息を吐く。
あの一瞬で、全身が汗だくになって疲労感がのしかかっていた。
「分かったかい?」
ヒヒヒ、と笑いながらキセルをふかす仙人の方は、涼しい顔をしている。
「……いやもう、翁が直接、魔王を倒した方が早いんじゃねーか?」
「言っただろう? わっちは面倒なことが嫌いさね。それに、力を御することは出来ても、肝心の戦う力そのものがねーねぇ』
何せ、この体だしねぇ、とトゥスはおどけて腕を広げてみせた。
まぁ、言いたいことは分からないでもない。
そこで、息を詰めていたスートが両手をバンザイの形に上げながら口を開いた。
「おししょー! 凄い速かったです! 剣筋が見えませんでしたー!!」
「いや、俺の力じゃねーよ」
直感的に、彼が教えてくれた《武技吸収》の力は多用できないだろう、と理解していた。
仙人の手助けがなければ、あれほどの力は御せない。
ティーチはアゴの汗を腕で拭ってから、木刀を再び腰に差した。
「力はお前さんのモンさね。わっちが与えたわけじゃねーねぇ」
「制御出来ない力は、自分のモンとは言えねーよ」
力を操るコツそのものは、おそらく体感により掴めてはいる。
だが、あれだけの力を制御出来るようになるには、慣れと、かなりの修練が必要だろう。
「まぁでも……【纏鎧】くらいは自前で出来そうか」
今の力を少しでも扱えたら、敵の武技を受けずとも、自身の力のみで鎧うことは可能そうだ。
それだけでも、常に後手に回ることを考えなくていい分、有利を取れるようになる。
「感謝するよ、翁。スートのことも併せて、スゲェ助かった」
「そいつは、良かったねぇ」
あまり興味がなさそうな様子で歩き出し、最初と同様の姿勢で再び白竜の体にもたれたトゥスに、ブレイヴがボソリと問いかける。
『爺さん、あんた、本当に何者だ?』
「別に何者でもねーねぇ。……わっちは、ちっとばかし永く生きて、未だに野山で遊ぶだけの、ただの小僧さね』
ヒヒヒ、と笑ったトゥスは、軽く片目を閉じる。
「今日はちっとばかし面白かったねぇ。……用事が終わって縁がありゃ、次は酒でも持ってきてくれると嬉しいねぇ」




