弟子は、神の奇跡に近づくようです。
「最高神……?」
「そうさね。才能に惚れたんでなければ、多分、嬢ちゃんの人柄に惚れたんだろうねぇ」
スートのおうむ返しに、トゥスはヒヒヒ、と笑った。
この世界の最高神は、女神である。
そして、妙に理屈づけるよりも、スートの性格が気に入ったから、という理由のほうが、ティーチにはすんなりと納得出来た。
「まぁ、うちの弟子は性格がいいからな」
「おや、兄ちゃんもこの子を買ってるのかい?」
「でなけりゃ、わざわざ預かったりしねーよ」
たしかに預かるキッカケは、ブレイヴにハメられるのに近い形で頼まれたからだ。
が、スート本人に何か思うところがあれば、そんな面倒くさいことをわざわざ引き受けたりはしない。
「おししょー……!」
『で、重要なことは、その加護がどういう意味を持つかだと思うんだが』
なぜか感激した様子のスートに、ティーチが照れ臭く思いながら笑みを向けると、ブレイヴが真剣な顔で仙人に問う。
『女神の加護を受けるのは、たしかに特別だ。オレ自身も、加護を受けたことで明らかに聖なる力が増した』
「そうさね。本来、女神の加護は勇者と巫女、後は一握りの白魔道士くらいにしか、与えられねぇモンだからねぇ」
トゥスはあっさりとうなずき、改めてスートに目を向ける。
「そして嬢ちゃんくらい強い加護が得られてんなら、多分、最高位の浄化魔法を使えるはずさね」
トゥスは、こともなげにそう答えた。
「浄化魔法……」
「そう《最上位浄化魔法》とか昔は呼ばれてたねぇ。あらゆる魔を祓う魔法を、嬢ちゃんは使える下地がある。鍛え方によっちゃ、魂が散る前に人を蘇らせる魔法も、使えるようになるんじゃねーかねぇ」
「……神の奇跡じゃねーか」
人を蘇生させるなど、神話の中でしか伝え聞かない話だ。
だが、トゥスは軽く片眉を上げると、肩をすくめた。
「蘇生魔法の継承は、途絶えてるさね。だが、人に扱えねー力ってわけじゃねぇ。嬢ちゃんが扱えるようになりゃ、〝始祖〟と呼ばれるかもねぇ」
楽しそうな様子の仙人の言葉を、スートは信じられない様子で聞いていたが、やはり自信を失っていることが影響しているのか、肩を落とした。
「でも、私、初等の回復魔法くらいしか……それも、人に施すのは、どうやってもあんまり上手くいかないです……」
「ふむ。魔法を飛ばすのが苦手ってことかねぇ?」
トゥスが長いアゴヒゲを撫でながら問いかけてくるが、ティーチに問われてもそれは分からない。
「どうなんだ?」
『魔法の原理は、未だによく分かってねーからなぁ……そもそも、近接で使うモンじゃねーって認識だろ。補助魔法にしたって、自己強化以外は離れた他人にも使えるしな』
「やったことがねーなら、ちっとばかし試してみりゃいいさね」
言いながら、仙人は自分がもたれている白竜を親指で示した。
「コイツはね、嬢ちゃん。さっき言った通り、ちっとばかし怪我をしててねぇ。そいつを癒すのを、今から言う方法で試してみねぇかい?」
彼の提案に、スートはティーチに目を向けてくる。
「おししょー」
「やってみりゃいいんじゃねーか? 失敗したって今まで通りだろ。糸口になるならそれに越したことねーしな」
トゥスがやる気になってくれている間に、学ぶのは悪いことではない。
先ほど『力の扱いが分かっていない』と自分に言われた時と同じ意味の返答をすると、スートはうなずいた。
「なら、試してみたいですー!」
「よし、ならちっとばかし良いかねぇ?」
トゥスが白竜に問いかけると、黒目がちの目をこちらに向けて、かすかにうなずいた。
全員でぐるっとその体を回り込むと、白竜は左の翼の付け根あたりにかなり痛々しい火傷を負っている。
「ひどい……」
「竜は生命力が強いから、放っておいても大人しくしときゃ治るけどねぇ。痛みはあるらしいから、癒してやれるならそれに越したことはないさね」
トゥスは、火傷の上、ほぼほぼ触れるような距離で手をかざしてみせた。
「こんな風に、やってみな」
スートがそれに従うと、仙人は彼女の肩に手を置いて、キセルの先で手の甲を示す。
「嬢ちゃんが意識を集中するところは、ここさね。大きく息を吸い、吐きながら、腹の痛みを手でさすってやらわげるような心持ちで、魔力を練るさね」
トゥスの言葉に、スートは軽く目を閉じた。
「大地から活力を、天から精力を得るように……そうさね。その力を全身に巡らせて、ちっとずつ練り上げて膨れさせるように……そうしたら、手のひらに収まる球を作るように、手に集める。なるべく、小さな団子にするように、濃縮するさね」
ぽう、とスートの足元から燐光が浮かび上がり、ふよふよと数個漂う。
徐々にその数が増え、渦を巻くように彼女を包む螺旋を描いて、天に登っていく。
頭頂に達したところで上昇を止めた燐光が、今度は体の表面を伝ってスートのかざした右手に向かって集まっていった。
ーーースゲェな。
ティーチには魔力そのものの気配は感じ取れない。
しかしその燐光が、ただの余波であることは察せられた。
同時に、スートの体内で練り上げられたものの強大さと神秘の気配を、直感的に理解する。
「いいぞ、嬢ちゃん。その力を押し込んでみな。ゆっくり、自分の良いと思ったとこで、さね」
スートは、少し間をあけてから、手で火傷に触れた。
その瞬間、手のひらを中心として、白竜の体に波紋のような輝きが走り抜ける。
そして音もなく生まれた青い光が、火傷を包み込んだ。
最後に、燐光が弾けると同時に現れた蛍火の柱が宙に溶けると……白竜の火傷は、ほんの少しの痕を残してほぼ完全に癒えていた。
「……目を開けてみな、嬢ちゃん」
スッと離れたトゥスの呼びかけに、目を開いたスートは、驚いて大きく目を見開いた。
「火傷が……!?」
「やっぱ、魔法を飛ばすのが苦手だった、ってぇだけだったねぇ」
スートは、まだ自分の起こした治癒の奇跡が信じられないように、自分の手のひらと白竜の体を交互に見ている。
「良かったなぁ、スート」
ティーチは、それが自分のことであるかのように嬉しかった。
「お前さんの努力の成果は、ちゃんとお前さんの中にあったじゃねーか」
そう声を掛けると、スートはこちらを振り向き、不意に泣きそうな表情を浮かべたが。
すぐに笑顔になって、嬉しそうに飛び跳ねた。
「おししょー! 私、出来ました!! 本当に、ちゃんと、回復魔法が使えました!!」
「そうだな」
魔法に関することは、ティーチにはからっきしで、教えることは出来なかったが……もっと早くに、教えられる相手を見つけていれば良かったかと、少しだけ後悔するが。
ーーーいや、まぁ、今の時期で、相手が翁だったのが良かったのかもしんねーな。
と、ティーチは考え直した。
「感謝するよ、翁」
「わっちは大したことはしちゃいねーさね。ほんのちっと、コツを教えただけでねぇ」
ヒヒヒ、とトゥスは笑い、キセルをふかす。
「そんじゃ、次は兄ちゃんの番だねぇ。その木刀の使い方を、教えようかねぇ」




