三つの星は、おししょーを警戒する。
ーーー要塞都市タンバー。
カノンの預かる『南の壁』辺境伯領ウージから北に向かった先にあるそこは、王都ナーガに次ぐ兵力を保有する、王国守護の要となる都市の一つである。
東に『仙人が住むという』というイッシ山に臨む形で存在し、現在、平野から隣国に面するウージ領地を広げるまではここが辺境伯領だったことから、未だ堅牢な都市だった。
その、城の謁見室前にあるバルコニーから、全身鎧の大男が眼下に広がる兵が訓練を行う広場を見下ろしていた。
城は魔法攻撃を警戒して背が低く、逆に城壁は高く組まれているため、城から城下の街並みは見えない。
鞘に納めた剣を体の前に立てて両手を置き、兜を脱いで精悍な面立ちを晒している黒い短髪の青年は、背後に気配を感じて声をかけた。
「来たか、ウィズ」
「ええ。お待たせいたしました、バックラー」
「大して待ってもいない」
何せ、彼女から連絡が入ったのは昨日のことである。
勇者パーティーの防御の要であり、現在要塞都市を預かっているバックラーは、彼女のほうを振り向いた。
相変わらず美しい顔立ちをしており、冷静さと頭の回転においてはパーティー随一の才女であるウィズは、現在、自分の恋人だった。
「顔を見るのも久しい。……婚礼を控えた恋仲のはずが、お互いに寂しい関係だな」
「お互いに、その為の準備に忙しいのですから、仕方がありません」
笑みを浮かべてみせたバックラーに、ウィズも頬を緩ませる。
自身は、婚姻と同時に近衛隊長へと職を転じることが決まっており、ウィズは通常の仕事に加えて、王都での披露宴の準備に追われていたのだ。
バックラーにしてみれば、ブレイヴと最初にパーティーを組み、ともに旅をしていたにも関わらず、ブレイヴは王女を選び、ウィズが自分のほうを選んでくれたことに感謝しかなかった。
「お熱くてよろしいけれど、アタシもいるんだよー。あんまりイチャイチャしないでねー」
彼女の後ろから声を上げたのは、話術士のグラスだった。
副官としてバックラーと共に要塞都市の政務に当たっていた彼女が、後任となることを打診したが、断られている。
ので、この都市は相変わらず彼女を副官として、王都軍の副将が代わりに赴任することになっていた。
「分かっています」
ウィズは笑みを消して、自身の双子の妹であるグラスに目を向けた。
彼女もまた、ブレイヴと当初から旅程を共にしていた一人であり、あまり表情を変えないウィズとは違って、感情を豊かに顔に浮かべるタイプだ。
グラスのほうは日焼けして活発そうな印象なので、顔立ちが同じ以外は正反対の二人である。
もっとも、頭の回転はウィズと同等かそれ以上だ。
いかんなく政務に力を発揮し、口もよく回るので、感情を表すことそのものが彼女の演技なのではないか、とバックラーは思っていた。
交流がある隣国の貴族と良い仲になっている、と一時期噂になっていたが、婚姻を結ぶつもりがあるのかどうか、グラス自身の口から聞いたことはない。
「ボートウの村に住むティーチが、陛下のお命を狙っているということだが」
バックラーが表情を引き締めて問うと、ウィズはうなずいた。
「ええ。これ排除せよ、というのが陛下のご命令です」
「なぜ今になって、奴が動いた? そもそも理由は?」
命令とあれば逆らうつもりはないが、少し特別な立ち位置のティーチが、バックラーは気になっていた。
ブレイヴとの魔王退治の旅に出るのを拒否したという彼は、数度顔を見たことがある。
妹のように感じていた、可愛らしく一生懸命なスートを預けた時に初めて顔を見たが、魔王退治に尻込みするような臆病な男には見えなかった。
さりとて、ブレイヴにあれほど信頼されるに足る英傑にも見えず、村での生活を楽しんでいるようにも感じられて……結局のところ、掴みどころのない男、という印象しか残っていない。
そんな男が、今さらどんな理由でブレイヴと袂を分かったのか。
「理由は、陛下も口にはされませんでした。ですが、敵は敵……国を脅かす以上は、排除しなければいけません」
「そこに異論はない」
「確かに事情は気になるけど……それよりアタシは、どれくらい強いのかのほうが気になるなー」
どこかウキウキとした様子で、グラスが片目を閉じる。
「ブレイヴやバックラーとタメ張るくらい強かったりして」
「その可能性は否定しきれん」
何せ、手合わせをしたこともない上に態度も飄々(ひょうひょう)としているので、実力は未知数なのだ。
「それに、カノンとレイザー、それに最初に刺客として送り込んだアーサスも、ティーチは籠絡したようです」
「どうやったんだろうねー。あの二人はパーティーでも特にノせられやすくはあったけど、敵に与するほど愚か者ではないはずなんだけどなー」
グラスが首を傾げるが、ウィズは淡々としていた。
「何か事情があるのでしょう。ですが、私たちが為すべきことは変わりません。進軍してくるティーチたちを撃破し、陛下をお守りするのです」
「油断をするつもりはない」
相手が誰であろうと、挑んでくるのなら全力で叩き潰すまでだ。
「せっかく得た平和だ。動乱で民を苦しめるのは好まん。……一騎打ちを提案し、受け入れられなければ我らが前線に立つ」
兵の損耗は望まない。
死者の数は少なければ少ないほど良く、その為には自分たちが盾となるのが一番だ。
バックラーはさほど政務に優れているわけではないので、万一相打ちで死んだとしても代わりはいる。
その場合は、ウィズのことだけが心残りになるだろうが。
「相手にカノンやレイザーがいる以上、そもそも兵達では荷が重いだろうしな」
「相手は物量で攻めてきたら?」
「兵が相手にするのに荷が重いのは、こちらも同じだろう?」
一騎当千同士の戦闘で、相手が兵の命を捨て駒のように扱うのなら、それこそ遠慮はいらない。
「全力で蹴散らして、戦意を喪失させてしまえばいい」
「力押しって強いよねー」
「だからと言って、頭を使うことを怠る理由にはなりません」
「それは、その通りだ。……ウィズ、お前の〝時見の瞳〟で何か見えてはいないのか?」
王国屈指の魔導士である彼女が持つ、特別な才能。
過去や遠見だけでなく、不確定ながら未来視までも行える瞳を持っているのだ。
彼女はジッと、空を見上げる。
「それが……まるで靄がかかったように、先行きのことが明瞭に分からなくなっているのです。紫と赤の星がぶつかり合い、闇が二つの輝きを呑み……そして、青い流星が生まれ落ちる……」
「本当に抽象的ね。闇が呑む、か。呑まれるのはアタシたちかな?」
バックラーは再度、バルコニーの向こうに目を向ける。
城壁の上に広がる空は、暗雲立ち込めることもなく、青く晴れ渡っていた。
吹き抜ける涼しい風と、兵らの上げる談笑や気合いの声を感じながら、バックラーは目を細める。
「我らは、闇になど呑まれはしない。……全て、守り抜いてみせるとも」




