おししょーは、卑怯呼ばわりされるようです。
「しゃーねぇな……」
ティーチはため息を吐いて、黒い木刀を引き抜いた。
「よっしゃー! 覚悟しろよ、おししょー野郎! ボッコボコにしてやるぜ!!」
「少し手加減してくれると嬉しいんだがなぁ……」
全く気が乗らないこちらと違い、レイザーはやる気満々だった。
ティーチはため息と共にアゴの無精ヒゲを親指でなでた後、右前の半身になって右手で木刀を構える。
正中線を相手に晒さない、相手から見ると一番攻めづらい型だ。
特にレイザーの得物である槍は『突くこと』が主たる攻撃手段の武器である。
向き合ったレイザーは、穂先を下に向けて腰を落とし、右の脇構えで左手を槍の中程に添えていた。
お互いに間合いを探り合う……かと思ったのだが、彼は即座に仕掛けてきた。
「せっ!」
レイザーの動きは、目で追えるギリギリの速度。
穂先を跳ね上げるように真正面から迫ってきた相手に、ティーチは最少最速の動きで対応した。
というか、それでしか対応出来なかった。
剣先を槍の先端に合わせるように動かして、滑らせるようにその軌道を逸らす。
大きく動いてしまうと、それだけで付け入られるからだ。
そこから、さらに二連の突き込みを同じように左右に剣先を動かしながら捌き、小刻みに足先を動かして前に出たり後ろに下がったりして、相手の目算を欺く。
どうにかそれで、反撃の糸口を探る、つもりだったのだが、さらに誤算があった。
突きの連打で押し込んでくるつもりかと思ったレイザーが、いきなり体を捻りながら、その勢いで柄尻を跳ね上げてこちらの左こめかみを狙ってきたのだ。
ーーーうぉ!?
内心で驚きながら、ギリギリで頭を横に傾けると、擦るように槍の柄が行き過ぎ、巻き込まれた髪が数本舞い散る。
ーーーマジかよ!
体より長大な得物を、レイザーは適正な長さの杖を操るかのように軽々と扱っていた。
ただでさえ気が抜けないのに、絡め手まで、と思ったところで、さらに彼が動きを変化させる。
柄尻の軌道を追うように、今度は回し蹴りを跳ね上げてきたのだ。
頭を右に傾けた状態ではさすがに避けきれず、体をさらに捻って背中で受ける。
ーーー体術まで混ぜて来やがった!
手合わせの模擬戦にしても、武技を使っていない以外はほぼ実戦同様の動きだ。
ーーーそっちがそのつもりなら、こっちもそういうつもりで行くぞ!?
背中に衝撃を受けて倒れ込んだ……フリをして、ティーチはそのままゴロゴロと横に転がる。
その勢いで起き上がりざまに叩き落とされた槍を避け、転がりながら抉り取って握り込んだ砂を、左の手首だけを振ってレイザーの顔めがけて放つ。
「わぶっ!?」
一瞬怯んだ彼に向かって、ティーチは黒い木刀を投げつけた。
そのまま、とっさの動きで槍を回して弾いたレイザーの懐にスルリと下から潜り込むと、右手で右襟首を掴んで、右の踵で彼の左足を引っ掛けて跳ね上げる。
こちらの手首を起点にぐるん! と回って姿勢を崩した彼の襟をそのまま下に引いて地面に叩き落とし、右足を左腕で締め上げて襟を離すと、右腕で首を押さえた。
「ぐぇ……!」
「動けねーだろ?」
右腕を両手で掴まれるが、足を踏ん張れない状態で力は入らない。
逆にティーチは、全体重で小柄な彼を押さえつけ、さらに体を伸ばすように極めているので、腕の膂力だけで抜け出すのは不可能だ。
『一勝だなー』
「一回勝ったら終わりだろ」
のんびりしたブレイヴの言葉に、内心で大きく安堵の息を吐きながら、ティーチは体を起こした。
ぶっちゃけ、運が良かったので何回もやったら学習されて負けるに決まっている。
「卑怯だぞ!」
「何がだ?」
「砂なんか使ってんじゃねーよ!」
「いや、お前さんも蹴りを使っただろ……」
先に何でもアリにしたのはレイザーの方である。
明らかに悔しそうな顔でガバリと起き上がったレイザーが、槍を再び手に取る。
「もう一回だ!」
「やらねーよ。前の戦いと合わせて、俺の二勝だ」
「一回目は他の奴らの力借りてただろ!?」
「お前さんも砦の上に居たじゃねーか! どう考えてもあの状況はこっちが不利だっただろ!?」
自分の状況を棚に上げすぎた発言に思わず突っ込んだが、実際には降りて来られた方が負ける確率が高かったので、棚に上げてるのはこっちも一緒だったりする。
黒い木刀を拾い上げたティーチは、パンパン、と服の土を払って軽く笑みを浮かべた。
「お前さんの相手してたら、勝つまで日が暮れてもやりそうだ。次もあるのに、そんな疲れてらんねーよ」
カノン、レイザーと運良く一人ずつ相手に出来たが、次の戦いはバックラーとグラスの二人を相手にするのは確定しているのだ。
レイザーを取り戻したことで、またブレイヴの力は戻っているが、向こうに連携を取られたら差分をチャラにされる可能性も高い。
「なるべく体力は温存しねーとな」
『……やりたくねーだけのくせに、よくそんなポンポン言い訳が出てくるな……』
「逃げんのか!?」
ボソリと……多分、思った以上に呆気なく決着がついたからつまらなそうに……つぶやいたブレイヴの言葉は聞こえないフリをして、ティーチはブルブルと肩を震わせるレイザーに告げる。
「勇者パーティーの連中を全員取り戻して、ブレイヴが元に戻ったらまたやってやるよ。お前さんも、仲間は心配だろ? ここで争ってる場合じゃないんだよ」
「……そりゃ、そーかもしんねーけど! じゃ、取り戻したらまた戦えよ!? 絶対だぞ!?」
「おう、分かった分かった」
ははは、と笑いながら、ティーチはその場を後にする。
「……あー、どうにか勝てたなー」
『大して苦戦してたように見えなかったぞ』
「あんなもん、一回しか通じねーだろ。ま、納得はしてねーだろうけど、上手く丸め込めたんじゃねーか?」
全部終わった後で、本当に挑んできたら、どうせティーチが負けるのでそれで満足するだろう。
『全部終わったら、か……』
いつもとどこか違う様子のブレイヴのつぶやきに、ティーチは軽く違和感を覚えたが。
彼が黙り込んでしまったので、それ以上質問する前にうやむやになった。




