弟子は、おししょーに慰められるようです。
辺境伯領の周りにいた魔物たちを一掃し、辺境軍の準備を整える間。
特にやることもなくて暇しているおししょーと、ちょこちょこ雑用を手伝っていたスートに、同じく特に仕事のないレイザーがいつも通りに絡んできたのだ。
「私は雑魚スケじゃないですー!!」
「ならやってみたら分かるじゃん? やろーぜ!」
そんなレイザーの挑発に、自分がどれだけ強くなったか見せてやろうと、売り言葉に買い言葉でやることになった模擬戦。
だったが。
「なんだよー、やっぱり雑魚スケのまんまじゃん」
「うぅ……」
レイザーが呆れたようにトントン、と先端を布で巻いた槍で肩を叩きながら、呆れたように言うのに、両手を地面に着いたスートは返す言葉がなかった。
ーーー全く、歯が立たない。
スートは【纏鎧】で身を包んだ、完全武装状態。
対するレイザーは、【纏鎧】どころか武技すら使わず、体術と得物のみだったのに、一撃を入れることすら出来なかった。
『やめとけば?』という、おししょーの制止を振り切って挑んだのに……結果がこれだった。
勝てるとは思っていなかったけど、それでも少しは反撃くらいは出来ると思っていたのに。
実際は、防戦すら……防御魔法を発動する隙すら、なかった。
「まぁ、そろそろ飯の時間だし、これでおしまいにしとこうぜ」
「えー。おししょー野郎もやらねー?」
「ヤだよ。お前さん強いし」
少し離れて見ていたおししょーの言葉に、レイザーが肩をすくめて去ると、何を思っているのか軽く頭を掻きながら息を吐いた。
その後、食事を終えて手持ち無沙汰になりたくなかったスートが、皿洗いの手伝いを申し出て城の裏手で洗っていると、おししょーが近づいてきた。
「お前さんは、どこに行っても働き者だなぁ」
そんな風に笑うおししょーの顔を、スートはまっすぐに見れなかった。
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
おししょーに鍛えてもらったはずなのに、全く歯が立たなかったのが、恥ずかしい。
でもスートに、それを口にすることは出来なかった。
悔しい。
そう思っていると、おししょーは目を伏せたスートの横に座って、皿洗いを手伝い始めた。
「なぁ、スート」
ぽつりと声をかけられて、思わず肩をすくめる。
おししょーに怒られたことなんかないけれど、言いつけを聞かずにレイザーと戦ったことを叱られるかと、思ったのだけど。
「お前さんの力はな、ああいう立ち合いにゃ向かないんだ。負けたって別に凹むことはねーよ」
「え?」
「レイザーは天才で、本質的に遊撃や前衛に向いてる。その上、苦手なはずの遠距離でも独自に編み出した武技で戦えるような奴だ。あいつが【纏鎧】して真正面から戦ったら、俺だって負けるだろうしなー」
淡々と事実を口にするおししょーに、スートはチラッと目を向ける。
彼は木皿の汚れを落としながら、片方眉を上げて笑みを浮かべてみせた。
「だが、一応先日は勝った。何でか分かるか?」
「……その、皆で協力したから……?」
「そう。レイザーは強いし一人で何でも出来るが、アイツの戦闘についていけるヤツは多分少ない。それこそカノンやブレイヴで、ようやっと、ってところだろ。なぁ?」
『あー、まぁな……』
おししょーの肩の上にいるブレイヴが、こちらに気を遣っているのか歯切れ悪く答える。
『あいつが全開になったら、下手なヤツじゃ邪魔になっちまうな。だから、うちのパーティーだと遊撃だった』
「天賦の才だよな。まぁ、羨ましいっちゃ羨ましい。だが、才能の形は一つじゃねーし、凡人でも努力でどうにかなることもある」
おししょーは、ピッと手についた水を払ってから、アゴの無精ヒゲを撫でた。
「スート。お前さんの才能はな、守る才能だ。そいつは一人で活かせるモンじゃなく、誰かと一緒にいて初めて活きるんだ」
「……でも、レイザーみたいな相手だと、防御も出来ない、です」
「あの状況ならな。だが前の戦闘で、お前さんの防御結界はあいつの攻撃を防いだ。それは成果だ」
「でも! おししょーたちがいなかったら、それも出来なかったんです!」
スートが語気を強くするが、おししょーは笑みを消さなかった。
「それで、何でダメなんだ?」
「……なん、で?」
意味が分からず、スートは目をまたたいた。
目頭が熱くなって、泣きそうなのをこらえていないと涙が流れそうだ。
「必要な状況で役に立つ力がある。上手く使える相手がいる。なら、その状況で役に立つなら、それでいいじゃねーか。苦手なことなんか誰だってある」
おししょーは、自分が洗っていた木皿と、スートの洗い終えた木皿を手に取って、こちらの目の前にかざした。
それは同じように汚れが落ちている、ように見えたが。
「どうだ?」
「……縁に、まだちょっと汚れが残ってます」
スートはおししょーが洗った皿を手に取ると、気になったところを撫でた。
片栗粉の透明なこびりつきが、指先に触れる。
おししょーも同じところを触って、笑みを苦笑に変えて頬を掻いた。
「ほらな?」
「ほらな、じゃないですー! 指で触ったら、こんなの誰でも分かりますー!」
「それでも気付かないのが、出来ないってことだろ?」
「自慢するようなことじゃないですー!」
「そうか? 俺は自慢していいことだと思うけどなぁ」
よっこらせ、と立ち上がったおししょーは、濡れた手をジンベーの裾で拭いて、ぽん、とスートの頭を撫でた。
「敵を殺す矛の力は確かに重要だ。だが、出来るやつがいるなら任せて、自分に出来ることをやればいい。お前さんには聖騎士の才能がある。人の盾になる力がな。そいつは俺やレイザーにはない力だ」
何も、勝てないことを恥じる必要ねーよ、と、おししょーは片目を閉じる。
ーーー見透かされてる。
スートは、それも恥ずかしくなった。
「何より、お前さんには根性がある。昔のお前さんより、今のお前さんのほうが強い。他人と比べてどうでも、俺はお前さんは強くなってるって知ってる。だから気にすんな」
そう言い置いて、おししょーは、またフラフラとどこかに行ってしまった。
「……そんなこと言っても、バカレイザーに勝てないのは悔しいですよー」
スートはそう、一人で口を尖らせたが。
心は少し、軽くなっていた。




