賢者は、謎の片鱗を目にするようです。
ウィズは、玉座に座って足を組むブレイヴ……の、体を乗っ取って薄く笑う魔王の前に、膝をついていた。
彼の横には黒衣を纏った美貌の王妃がおり、冷たい目でこちらを見下ろしている。
「ブレイヴの魂がティーチのところに、か。……まぁ、気付いてたけどね」
ウィズは、声を出すことしか出来なかった。
魔王の力により、どれほど力を込めても体が石像のように動かないのだ。
「気づいていたと言うのなら、なぜ、止めなかったのです? ーーー魔王サマルエ」
ウィズの問いかけに、魔王は笑みを深くした。
「別にどっちでも良かったから……かな?」
ーーーどっちでも良かった……?
ふと心に引っかかった疑問に、魔王が心を読んでいるかのように応える。
「僕の目的は、もう果たせているんだよ、ウィズ。勇者の体を乗っ取れた時点でね」
「どういう、意味です……?」
地位を望んだ、ということではないだろう。
彼は完全に復活すれば、魔物や魔族を統べる存在なのである。
それまでの時間稼ぎだとするのなら、ブレイヴを逃したことを『どっちでもいい』とは言わないだろう。
魔王サマルエは立ち上がると、こちらに近づいてきた。
そして膝をつくと、その髪が彼の顔の横でさらりと流れる。
勇者の証である、銀の髪が。
ブレイヴの容姿をしているのに、魔王が決してブレイヴには見えないのは、おそらくその瞳のせいだ。
ひどく退屈そうな目をしていて、こちらの気分まで鬱々として来るような退廃的な雰囲気を身に纏っている。
彼が、ブレイヴの声で耳元でささやいた。
「選ばせてあげるよ、裏切り者のウィズ。僕と一緒に、彼らがここに来るのを待つか……それとも、僕に洗脳されて、彼らと戦うか」
ざらりとした声色に、ウィズは自分が本当に泳がされていたことを悟る。
ーーー分からない……。
なぜ彼が、そんなことをしたのか。
自分を殺せる者を消したかったから?
復讐であれば、魂を見逃す理由はないはずだ。
せめて『目的』が何なのかが、分かれば。
「答えないのかい? だったら僕が選んであげようかな……」
「……なぜ、生き残ることが出来たのです?」
時間がない。
何かの情報をせめて掴まなければ。
そう思って口にした苦し紛れの言葉に、魔王は意外なことに答えた。
「生き残ることなんて、ボクにとっては簡単なことだったよ。君たちが知らないことは、世界にはいっぱいある。ボクが知らなかったこともあるのと同様にね」
「知らなかったこと……?」
「そう、興味を覚えたのさ。……〝真なる力を使えない勇者〟なんて存在が、なぜ生まれたのかに、ね」
ーーー真なる力を使えない?
その言葉に、ウィズはさらなる疑問を覚える。
ブレイヴが勇者の力を使えていない、ということなのだろうか。
しかし彼の力は、紛れもなく勇者と呼ぶにふさわしいもののはずだ。
「勇者の魂は、真なる竜の魂。同一の魂が永遠に輪廻を繰り返し、魔王と戦い続ける宿命にある……それが、分かたれていたのに、ボクは気付いた。そして、興味を持ったのさ」
「魂が……?」
「そう。いるだろう? 彼の魂の双子が。勇者の剣も、分かたれて生まれた勇者に合わせるように分かれた。聖剣と、影打ちにね。君もその存在は知ってるんじゃないのかい?」
ティーチの持つ、黒い木刀。
たしかにブレイヴは、それを勇者の剣と同じ場所で見つけたと言っていた、が。
「真なる勇者ではないから……貴方を倒し切れなかったというのですか……?」
「ある意味では、そうとも言えるね。さ、無駄話は終わりだよ」
ニッコリと笑ったサマルエは、ウィズの頭に手を触れる。
「やっぱり、君には勇者たちと戦ってもらおう。彼らの苦しむ顔が、見たいからね」
その言葉とともに、意識に靄がかかっていく。
ーーーいけない、呑まれては……。
しかし、抗う方法が分からなかった。
やがて完全に何も考えられなくなった後……ふと、ウィズは意識が明るく晴れる。
「……私は、一体……?」
「少し疲れているんじゃないかな? さ、君も僕を殺そうとする、ティーチを倒して来ようか。次に彼らは、要塞都市に向かうはずだしね。話術士のグラスと……君の愛する、重戦士バックラーに協力してね」
「分かりました。ブレイヴ陛下」
命令を了承したウィズは、立ち上がって部屋を後にする。
「そうだ、聖女。勇者と共に在り続ける魂よ。ーーーこの展開は、僕も初めてだから楽しみだな」




