ガードレディ失格
──家に帰る為、ビビアンは王城の長い廊下を馬車留めに向かって急いでいた。
(やっと婚約破棄に踏み切ったのですね! この日の為に準備してきた甲斐がありましたわ!)
ビビアンは、婚約破棄した後は、トムとリチャードの前から綺麗に消える為、侯爵家の籍から外れ、平民として上流階級向けの家庭教師、ガヴァネスとして生きると決めている。
修道院に入る事も考えたが、折角の王太子妃教育を棒に振るのも申し訳ないし、同じく実家から離れるのであれば、ガヴァネスとして人々の役に立った方が良いと考えたのだ。
幸い王太子の婚約者として評判は悪くないし、リチャードから破棄されたという事ならば、雇ってくれる家も多いだろう。
(ふふ、順調ですわ……。ですわよ……ね?)
ビビアンは、廊下を半分ほど進んだ所で脚を止めた。
そこからは中庭が見えて、よくリチャードと共に勉強会をした東屋が眼に入る。
リチャードは、仮の婚約者であるビビアンにとても良くしてくれた。
約束通り、色んな本を共に読んで、ビビアンが分からない言葉や文字を沢山教えてくれた。
王太子妃教育の終わりには、毎日こっそりお菓子をくれた。
『甘くて疲れが取れるんだよ、トムには内緒ね』
確か、人差し指を唇に置いて、悪戯っぽく笑っていたっけ。
ビビアンが12歳になってからは、度々家に訪問してくれて、来られない日も毎日の様にプレゼントを贈ってくれた。
カモフラージュの為と思っているものの、ビビアンの好みに合わせた本や筆記用具は、リチャードが彼女を良く知っていてくれる事が分かって、嬉しかった。
(わたくしの事なんて気になさらなくて良かったのに、殿下は本当に優しい方ですわね)
いつしか、二人でお忍びで城下町に遊びに行った事がある。
あの時は本当に楽しかった。
普段は立ち寄れない書店に行ったり、巷で流行っているという食べ物を食べたり、平民からすれば当たり前のことだが、普段厳重に警護され、行く場所の限られているビビアンとリチャードには、大冒険だったのだ。
『楽しいねビビアン!』
トムが居ないのに、彼女の手を引いて溌溂とした笑顔を向けてくれたリチャードの顔が忘れられない。
あの時の笑みは、確実にビビアンにだけ向けられたものだった。
「あぁ、わたくしったら……。とっくの昔にガードレディ失格だったのですわね」
綺麗にさようならをして、笑顔でトムとリチャードを祝福するつもりだった。
だが、今の自分の顔はどうだろう?
とてもじゃないけど笑顔と呼べるものでは無い。
リチャードの言葉をさえぎって、自分から婚約破棄と言ったのは、彼からその言葉を聴きたくなかったからだ。
だけど、決まったものは覆せない。
ビビアンが諦めて廊下の半分を歩き出そうとした時、リチャードの大きな声が響いた。
「ビビアン──! 待ってくれ!」




