リチャード1
──リチャード・ロンバートは、ロンバート王国の第一王子としてこの世に生を受けた。
乳兄弟のトム・ワイアットとは実の兄弟の様に共に過ごしてきた。
秀才であったリチャードは、王宮の高度な教育もなんなくこなし、何不自由無く生きてきた。
10歳の時、婚約者を決めるパーティでビビアンに出会うまでは……。
──10歳のガーデンパーティ、完璧な笑顔の仮面を張り付けて、続々と来る招待客に挨拶をしていく。
ずっと立ちっぱなしで、リチャードは少々疲れてきていた。
次は確かハンナム侯爵家かと、覚えて来た貴族名鑑を頭に思い浮かべながら、リチャードは低頭している男性と少女に、顔を上げる様に言った。
男性の挨拶を受け、次に御令嬢の方を見る。
そしてその瞬間、リチャードの時が止まった。
「ハンナム家令嬢、ビビアンです。ご招待ありがとうございます」
さらりと揺れる、美しいストレートの金髪の髪。
猫目気味の、幼いが知的で意志の強そうな紫の瞳。
背筋をピンと伸ばしてカーテシーする姿は凛としていて、確かな教養を感じさせる。
桜色の小さい唇は可愛らしく、全てのパーツが小さい白い顔にきゅっと収まっていた。
(か、可愛い……‼)
リチャードは自分の顔が次第に赤くなっていくのを感じる。
ビビアンがそれをじっと見ている事も。
悟られるのが恥ずかしくて、リチャードは少々失礼だとは思いつつも、控えているトムに耳打ちした。
「僕、この子が良い……!なんて可憐で可愛いんだ!」
「良いと思います。そんなに緊張していると御令嬢とお話出来ませんよ」
ぽんっと肩を優しく叩かれ、リチャードは再度ビビアンと話をしようと口を開きかけた。
すると、令嬢とその父は、さっさと別れを告げて去ってしまったのだ。
慌てて引き留めようとするが、次の招待客が眼の前に来てしまいそれは叶わなくなった。
だが、リチャードは心の中で決める。
(絶対にビビアンを婚約者にする……!)
──そして初めての御茶会で会ったビビアンは、それはもう天使の様に可愛らしかった。
フリルとレースが上品に配置された紫色のドレスを着て現れた彼女に、リチャードは見惚れてしまう。
城への誘導は少々失敗してしまったが、その後の御茶会はとても楽しかった。
ビビアンはリチャードに引けを取らない才女で、勉強している範囲も2歳違うのに、リチャードと同じくらいだった。
彼女は難しい本を読めないと言っていたがとんでもない。
ビビアンが読もうとしているのは大学生レベルの本の話で、同い年の子と比べたらはるかに上をいっている。
だが、リチャードはどうにかビビアンにかっこいい所を見せたくて、文字を教えると言った。
その時の彼女の可愛い笑顔と言ったらない。
だが、ビビアンの興味は何故かトムに逸れてしまった。
ビビアンはにこにことトムに話し掛け始め、笑顔で対応するトムにどうしようもなく腹が立った。
紳士らしくなかったが、彼女に文句まで言ってしまう。
だがビビアンは、穏やかに微笑んで、機嫌を損ねる事もせず、その後もリチャードの話を聴いてくれたのだ。
──そしてビビアンは、正式に婚約者となり、王宮に通い王太子妃教育を受け始めた、
ほぼ毎日の様にビビアンに会える事実に、リチャードは有頂天になる。
だが、彼女にそれを悟られるのは紳士としてあってはならない事だ。
けれど、ビビアンに会いたい欲を抑えきれず、彼女の勉強の終わりに、リチャードは毎回ビビアンの部屋を訪ね、少し歓談する事にした。
そんな日々が続く中、リチャードはふと気が付く。
トムが居る時の方が、彼女の笑顔が輝く事に。
暫くは、ビビアンがトムに恋しているのかと疑ったが、どうやらそうではないらしい。
トムと二人で話している時のビビアンは普段通りだからだ。
トムとリチャードが一緒に居る時だけ、その笑顔は輝くのだ。
リチャードは真剣に原因を探りだした。
そしてある時、ビビアンのお付きの侍女に、ビビアンの悪癖を聞く。
「お嬢様は、少々思い込みが激しい所がございまして……」
思い込みが激しい、つまりは勘違いもしやすいという事だ。
そしてビビアンは、何故かリチャードとトムを二人にしようとする傾向がある。
まさか……!
聡明なリチャードは気が付いてしまった。
ビビアンは、リチャードとトムが恋人だと勘違いしているのだと。




