真のガードレディ
──御茶会の日から、ビビアンは婚約者としての王太子妃教育が始まり、週の大半を王城で過ごす事になった。
辛く厳しい教育だが、勉強の好きなビビアンにとっては天国の様なものだった。
大した名目も無く王城に通え、高度な教育を受けられるし、何よりリチャードとトムのカップルに毎日の様に会えるのだから。
リチャードはビビアンの教育が終わると必ず彼女に与えられた部屋に様子を見に来てくれ、勉強の進み具合を褒めてくれる。
その時のお兄さんぶっているリチャードを、温かい視線で見守るトムの表情が堪らないのだ。
(包容力の中にある一抹の寂し気な眼差し……! きっと二人きりになったらこの時の事をお話になるのだわ。そして自分の事も褒めて欲しいと、トム様が顔を近付けて……。きゃあっ! ビビアン、これ以上はいけませんわ!)
勘違いに加えて、ビビアンの妄想力は日増しに高まって行き、今や見えない部分まで空想で補う始末である。
だから彼女は知らない、歳を増すごとに熱くなっていく、リチャードがビビアンに向ける視線を。
リチャードが本当は、もっとビビアンと親密になりたいと思っている事を。
けれど彼は、ビビアンを驚かせない様に想いを言わないのだ。
──そうしてすれ違ったまま、四年の月日が流れた。
ビビアンはストレートの髪を縦ロールにしていた。
何故かというと、この方がガードレディとしての迫力が出せると思ったからだ。
ビビアンの顔付きは成長すると共に、大きな紫の眼が猫の様に吊り上がって来た。
見るものを魅了する蠱惑的な瞳は、ガードレディとして相応しく、ビビアン自身も気に入っていたのだが、ある日鏡を見て何か足りないと思ったのだ。
(うーん……。釣り眼なのは迫力があっていいですわよね。だけど何か足りない……。もっとこう、見るからにお相手を威圧できる様な……。あっ! そうですわ!)
この前読んだ小説に出て来た、悪役の魔女は、確か縦ロールだった。
よどみなく巻かれた髪はボリュームがあり、彼女の存在感を引き立てていたのだ。
ビビアンはメイドの呼び鈴を鳴らし、コテを持って来るように頼む。
そうして、入って来たメイドに小説の挿絵を見せて、この様に縦ロールにして欲しいとせがんだ。
「折角綺麗なストレートでいらっしゃるのに、いいのですか?」
「どーんっとやっちゃって頂戴!」
そうして、出来上がった髪を鏡で見て、ビビアンは大層満足した。
彼女の猫目に縦ロールは非常に相性が良くて、鏡の中に居るのは立派なガードレディだ。
「これですわ! ありがとう!」
──そうして意気揚々と訪れた王城で、いつもの様にエスコートをしに来たリチャードは目を丸くした。
「ビビアン、その髪どうしたんだい?」
「ふふっ、似合ってますかしら?」
秘密の事は公衆の面前では言えない。
ビビアンは問い掛けに問いで返した。
「あっ、あぁ。似合っているよ」
どこか歯切れの悪い言い方が気になったが、似合っているならば合格なのだろう。
ビビアンは次に、隣に居るトムに視線を向ける。
「トム様もいかがでしょう?」
「えぇ、とても御似合いですよ。一輪の花の様です」
そうそう、こういう返事を期待していたのだ。
やっぱりトムは大人だ。
お世辞までセットでくれるのだから。
ビビアンが借りている部屋まで着くと、リチャードは直ぐにトムを伴って来た道を戻って行く。
いつもはカモフラージュの為にビビアンと暫し歓談をするのに、おかしい。
ビビアンはそっと扉を開け、外の様子を伺った。
すると、廊下の曲がり角で、リチャードがトムの肩に手を置いているではないか!
(きゃー⁉ いきなりどうなさったのかしら! 普段は人の眼がある場所で接触されない御二人なのに……!)
きっと、リチャードはお世辞でもトムがビビアンを褒めたのが嫌だったのだろう。
肩に手を置いて、自分の髪の事も褒めて欲しいと強請っているに違いない。
ビビアン12歳、彼女はこの日も勘違いを加速させ、妄想まで習得したのだった。




