第33話 『開拓戦争』『建国戦争』
「というのが最初でして」
語り終えた大切な思い出をしまいなおすように。そっと胸を押さえるシロナだが。
「えぇ……」
シルビアは少し引いている。
「えぇってなんですか!」
「あっ、ごめんなさい。別にいいとか悪いとかじゃなくてね? ただ」
「なんですか!」
「……ウチみたいなのは無理じゃない? 純粋な愛情を育んでるのに、そんな悪魔の契約と一緒にされるのはちょっと」
「人の関係をねっとりしてるみたいに言わないでもらえます!?」
「はぁ!? ウチの方がねっとりしてるわよ!!」
「競うな」
呆れるリータはどこかへ行こうとするが、シルビアが放さない。
「とにかく、あなたが閣下に救われたのは分かるわ。神さま以上に慕ってることも。でも、それで私たちみたいになりたいっていうのは。普通思わないんじゃない?」
「別に姉妹とまでは言ってませんけど」
「こんな姉がいるわけないでしょ」
「私はオンリーワンのお姉さまなの。あなただけの特別なの」
話題がすぐにお姉さまの変態性へ逸れてしまうので、シロナは軽く水面を叩く。
「私は! カーチャさまと! もっと寄り添っていたいんです!」
「いつも寄り添ってるじゃない。キャンディ置きとして」
「ムギィィー!!」
飛んできた雫が迷惑というか。のぼせるまえに話題を終わらせたいのだろう。
ここまでシルビアにカウンターを入れるだけだったリータが切り込む。
「だとしてもですね? 話を聞く限り、あなたが閣下に持つのは『神代わりへの信仰心』とかなりそうなんですが。それがどうしてそんな、信仰心の乖離みたいな欲求を?」
「あー」
シロナのリアクションは「言われてみれば」という感じ。彼女自身もあまり考えたことがなかったのだろう。
「いや、ずっと一緒にいたらそりゃ。いつまでも神さまには見えないでしょうし」
「どうして今こっちをチラ見したのかしら?」
「人間的な関わりもするし、自然とそういう愛着にもなっていくでしょうけど」
深く考えるなとフォローを入れるリータだが、
「いえ……」
当人は何か、記憶を探るような様子。
「あります」
「へ?」
「そう思うようなきっかけが、あったんです……」
「そういえばセナさま」
「何かな?」
シロナが女性、タチアナ・カーチス・セナに魂を売って半年はしない頃。
その頃の大将閣下はというと、元帥杖を手にすることが決まった時期で。
あとは王都へ出向いて、正式に受け取るだけだった。
が、少女の話題はかすりもしないことだったり。
「ミドルネームの『カーチス』って、男性名ですよね?」
「そうだね」
当のカーチスは椅子に座り、脊髄で返事しているような。
紅茶片手に、2100年代後半流行の懐古ロマン主義派絵画カタログを眺めている。
「なんで女性なのにそんな名前を?」
「あー」
彼女はカタログをテーブルへ投げると、背もたれに沈み込む。
天井を、というよりは何かを思い出している様子。
「私の高祖父、つまり祖父の祖父がカーチス・セナっつってさ。『開拓戦争』から『建国戦争』にかけての……学校で習ったかな?」
「いえ、9.11あたりから学校通えてなくて……」
「そっかぁ」
特別境遇を哀れんでいる様子はないが、紅茶を一口、間合いを取る。
「じゃあ歴史のお勉強。ちょうどそのカタログに載ってる絵が流行ったくらいの頃か。人類は地球を飛び出して、たくさんの星を開拓しに行きました」
「はぁ」
「興味なさそうだね。で、地球から遠いところへ行った人々は。行ったはいいけど、不足した資源が全然地球から届かない」
「遠いですしね」
「そのとおり。キャンディ食べる?」
「いりません」
シロナを拾って以来。カーチスはキャンディを常備するようになった。
なんの訓練もしていないので、当然使い物にならない少女。
地獄のシゴキを受ける覚悟もしたが、閣下は無理矢理雇用を創出してくれた。
曰く、「育てるにも訓練の邪魔」。
ここまで優しさの欠片もない言い方をされると、キャンディも子ども扱いに感じる。
「で、このままじゃ生きていけないってなって。足りない資源を手に入れるため、別の開拓団と共済制度を作ったやつもいれば」
「……他から奪う人もいる?」
「そう」
カーチスはスティックシュガーを数本手に取り、紅茶に入れるでもなく振る。
「それに対抗するためにまた、近所の開拓団で組んだりして……。繰り返すうちに集団の規模は国家に、戦闘の規模は戦争に。これが『開拓戦争』」
「『建国戦争』は?」
次に角砂糖を三つほど。
「こうして同盟や征服による統廃合。開拓団は数を減らしていった。そのなかで皇国の祖となる集団が初めて。『資源の獲得』ではなく『集団そのものの併呑』『開拓団の頂点に立つ』こと。戦争の目的を『覇』なる思想に切り替えた。これ以降から皇国が成立するまでを『建国戦争』」
「はえー」
彼女は結局砂糖を入れていない紅茶を飲み干した。
「で、私の高祖父がその戦争の英雄なのね」
「なるほど。それにあやかって、と」
「うん。それ以来、セナ家は代々武門の家柄でね。祖父の退役と私が生まれた時期が重なって。家に帰ってきた祖父が『ワシがこの子を立派な軍人に一から育てあげる!』ってね。名前に込めたみたいね」
そんな名門一族のWikipediaに載るようなエピソードも。
シロナみたいな小市民にはピンと来ない。
「孫が生まれた頃に退役って、結構早かったんですね。50代くらい?」
そんなことが気になる。
が、
「いや? 70近かったしじゅうぶんじゃない? 私、八人兄妹の末っ子だし」
やはり名門はさらに上を行く。
「八人!? そそそ、そんなに産めるんですか!?」
「そりゃ医療技術は日々進歩してるし」
「えぇ……」
「そうかそうか、家族の話とかしてなかったか」
それが家族にいい思い出のない少女への配慮であることは、シロナも知っていたが。
「じゃあ一回、私の実家遊びに来る? どうせ元帥任官で顔出さなきゃいけないし」
「えっ?」
急にこんなことを言い出したりもするのだ。カーチス閣下は。
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




