薄暮の騎士
冬の童話祭のエントリーを忘れていたのです……。
弔いの鐘が鳴り響く。
喪に服した村人達の前で、黒く暗い色の甲冑を着た騎士が馬上から声をかける。
「……では、これも冬が去らぬからだと申すのだな」
平伏している村長は、その黒い兜の中の底知れぬ闇を恐れながら必死に伝える。
「えぇ……えぇ! 冬が去らぬから、我々の蓄えも苦しく、このままではまた……」
言い終えるのを待たず、騎士は小手を付けた手でそれを制し、分かったとだけ呟いた。そのまま無言できびすを返す馬上の騎士に、村長が「どこへ」と思わず声をあげる。
「俺が冬を終わらせる」
村の出入り口である簡素な門の近くにいた幼子に、何やら声をかけた後、彼は馬を走らせて去っていった。【季節の塔】へと。
この国では、【季節の塔】に四季それぞれの女王が交代で住む事によって季節が変わる。だが今年は、冬の女王が時期になっても塔を出てこず、国王の命も無視し続けた為、武力によってそれを制圧しようとした。だがそれも冬の女王の右腕の『冬将軍』によって追い返されていたのだった。
各地を巡っていた薄暮の騎士が国に戻ってきた時、国王は直ぐ様冬の女王を塔から下がらせる様にという任を与えたのだが、彼はまず国を見せて欲しいと答えたのだった。
だが、その結果がこれだ。長い冬は領民を、皆を苦しめてしまっている。ならば、行くしかあるまい。あの塔へと。
塔の間近へと迫った時、薄い氷の様な色の鎧をまとった冬将軍は、誰何の声を上げた。
「今更何をしにやってきたのだ! 冬の女王のお心は誰にも溶かせぬわ!」
そう言って氷で出来た巨大な剣を振り回す将軍に、騎士は最小限の動きで弾き返しながら、無言で斬り返す。その細やかながら、熱い剣さばきに何かを感じたのか、冬将軍が一瞬気を取られた時には、彼は雪の上に倒れていた。倒れた冬将軍をそのままに、進もうとする薄暮の騎士。将軍は思わず倒れたまま声をかける。
「何故、もっと早く戻って来なかった……カイよ……」
「俺が彼女を溶かす程のものを手に入れる事がようやく出来たからだ」
それを聞くと、将軍は安心した様に意識を手放した。
螺旋の階段が長く続き、ようやく塔の最上階へ辿り着く。剣と盾を構え、無言で扉を開け放ち、中から一気に吹き出してくる冷気に耐える。
「わらわは、ここから去らぬ! この国の冬も終わらせぬ!」
「無関係な民を巻き込むな!」
盾を前面に押し出しながら、少しずつ進む騎士。来るな来るなと、必死に冷気を放出する女王。少しずつ騎士の鎧が凍りついていく。
霜の粒が集まり雪の結晶となり、そしてそれが降り積もり、鎧をかためて行く。速度が鈍りながらも歩みを止めない騎士に、女王は声をかける。
「冬を顧みない民がそんなにも大事か! わらわを嫌い続ける民がそんなにも大事か! わらわがたった一人、ここに居ても誰も見向きもせぬ。私の心もとっくに凍りついた。それでも貴様は国に尽くすか。見上げた忠誠だ」
それに、静かに彼は声を出して答える。
「違う」
「違うだと」
――お前の為だ。
激しい冷気に声を出せなくなってきている中、心でしか喋れなくとも、彼は叫ぶ。お前の為だと。
いつしか、凍りついた兜は、吹雪に変わった冷気で吹き飛び、素顔があらわになる。
「ゲルダ。お前を温めに来た」
「カイ!? 今更、今更何を!」
少年の面影を残した薄暮の騎士、カイは、幼馴染の冬の女王として選ばれてしまった彼女を思ってやってきたのだった。つい、冷気を弱めた女王を、彼はしっかりと抱き締める。
「お前につりあえる様に、お前が幾ら冬の権化となろうとも、お前の心を暖める事が出来る様に。俺は鍛えて、ようやくここに来たのだ」
その言葉に、冬の女王は、まるで春の様に顔をほころばせ、夏の様に紅葉の様に顔を赤らめたという。
あれから程なくして、春は来た。あの村人達も温かさと、収穫の喜びに浮かれていた。
「そうか、問題は無い様だな」
「はっ。これも薄暮の騎士様のおかげです!」
村長は揉み手をしながら、騎士に答える。
「して、その後ろのお方は……?」
あぁ、俺の大事な半身だと騎士は柔らかく笑う。その様に驚いている間に、馬上の美しい婦人に騎士は頷くと馬を進ませる。途中、門の近くで幼子にまた一言二言声をかけると、今度こそ去っていった。
「まさか、あの薄暮の騎士があんなにも優しいお方だとは」
「私知ってたよ」
先ほど騎士と話していた幼子が、ニッコリと笑いながら続ける。
「だって、大好きな人の氷を解かしに行くって、この間も言ってたもん」
優しい太陽みたいな人だったと、幼子は、嬉しそうに語るのであった。
薄暮=日没後の黄昏。夕暮れ時。
まだ暖かさの残る時間。暖かさの内包。




