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テレーマ

何だか観念的なお話が出来てしまいました。

 目を開けると、辺りには誰もいなかった。


 終電よりかなり早い、しかしターミナル駅ではないこの駅であっても、ひとけが絶える事は無かったと記憶している。それが誰一人も見えない。


 どうやら横になって寝入ってしまっていたらしいベンチから身を起こして、私はぼんやりと考える。そもそも寝たという記憶すら無かったのだが。


 ギギギギギと、酷く不快な錆び付いた音を立てて列車の到着が知らされる。少しして、甲高い音を立てて停まった列車から乗客が一名降りると、またギギギギギと発車して行った。


 なんだ、人がいるんじゃないかと一瞬安堵したが、その乗客一名はのっそりとこちらに向かってくる。安堵の気持ちが静かに消される。薄気味悪い暗い目をした男が、私に近付いてきた。そして私の目の前でピタリと止まる。


「な……なんですか」


 思わず震えた私の声に、にたぁと汚く笑うと男は語る。


「未来が明るいと誰が決めた。進路上に光があると誰が決めた」


 謎めいた言葉だが、伝わってくるものは闇。そして絶望、恐怖。


 思わず叫び声を上げたくなる様な薄気味悪さを感じて身を引いた私の肩を、痛いほどの力で掴むと、悪臭漂う口を近付けて男はさらに続ける。


「目を背けるな。見据えろ。我は横路。我は隘路。だが、我は行き止まりでは無い。先を行きたければ目を背けるな」


 私は悲鳴を確かにあげたのだと思う。瞬きはしなかったはずだ。だが、男は消え去り、私は駅のベンチにただ一人残されていた。


 それが何だったのかを考える暇も無く、列車が到着する事を知らせるベルが軽やかに鳴り響く。油が利いたブレーキ音を立てて、列車が止まると、また一名乗客がやってくる。軽やかにスキップでもする様に、私の目の前に歩いて来ると、軽薄そうな笑顔で語りかけてくる。


「僕を笑ってはいけないよ。僕を目指し過ぎてもいけないよ。僕も突き当たりではないよ。でも、見渡せなければ突き当たるよ」


 じぃっと、私のまなこと視線を合わせながら男は笑う。聞いていて疲れてくる程の甲高い声で。思わず耳と目を塞ごうとした私の手を思いの外強い力で握り締め、無理矢理目を合わせてくる。


「僕も一つ。あいつも一つ。だけど選ぶは君次第。おいでおいでよ。でも止まっちゃいけないよ。いけないよ」


 その眼差しが、視界を埋め尽くしたと思ったら、私はまたベンチに横たわっていた。辺りはまた静寂がある。


「酔いすぎたのか……。だが、酒を飲んだ記憶もない」


 それ以前に、今更ながら、私は自分の名前すら思い出せない事に気付いた。そこに列車到着を知らせるベルがまたもや鳴る。何事も無かったかの様に、ジリリリリと鳴いた音は、乗客を満載した列車を連れてきた。これだけ人がいるなら、妙な事は起きないだろうと、これで一安心と思った。だが、喋りながら、無言のまま、暗く明るく、高く低く。ざわめきが私を埋め尽くす。食い尽くす。


 いつしか聞こえてくる共通の声が、まるで礼拝のお告げの様に。託宣の様に私を覆い尽くす。


『"do that which you want"』(汝が真に欲しいと思うままに為せ)




 ハッと気が付くと、時刻は20時15分。私は電車のホームの端を一人で立っていた。風が吹き、思わず一歩下がった途端に私のいた付近を列車が駆け抜ける。


 駅員はいない。私一人だ。私が真に願う事とは何なのだろうか。


 とりあえずそれは、この目の前に足を踏み出す事では無かったはずだ。


 私は、振り替えると、自らの足で階段を登り始めた。

酷く暗い文学作品を読んでいたら、こんな雰囲気になってしまいました。

テレーマ=意志


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