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きつねをころしたおとこ

民話風です。

 山ん中に小さな庵があった。そこにいつからか一人の男が住んでいた。


 男は麓の村にはたまにしか降りて来ず、もっぱら山ん中で獲物を食べ実を食べして、時たま毛皮を持って来て米やら味噌やらに変えると、また山へ帰るという生活を続けていた。


「きっと、どこかの落武者だべ」

「いんや、ありゃ山伏とかだべ」


 村ん者は勝手にあれこれ想像して語っていたが、積極的に絡もうとはせずお互いに深く関わる事は無かった。




 あくる日の事、男が獲物を探して山を巡っていると若い狐と年老いた狐がいた。


「肉が美味くて毛皮が綺麗なのは若いのだが、怪我もして老い先短いのを殺した方がええ」


 男はいつもその様にしていた。──勝手ながら。

 怪我が治りそうな動物は見逃してやり、どうしても助からないものは獲物としてありがたく頂いていたのだ。――ここに来た時からずっと。


 男はわざとガサガサと下草を鳴らして狐達の前に出るとゆっくりと弓を構えた。老いた狐は若い狐を逃がすと慌てるでも無く男を見つめ首筋を差し出した。


「やりきれねぇな」


 男は思いながらも、自分の糧の為に、また老いた狐のその態度に報いる為にも矢を放った。




 そんな事が何度かあった。年老いた動物達が、観念した……というよりも、まるで捧げるかの様に男に命を投げ出すということが。


 男は気味が悪いというよりも何だか申し訳ない気持ちが強く、庵の裏に墓を作った。毛皮は丁寧に干して村へ。肉は食べられる分だけ頂いて、村へ持っていくか肉食の獣に差し出し骨はその墓へ丁寧に埋葬した。




「もし……」


 ある月が綺麗な晩に庵の戸を叩く音で音は目覚めた。


「誰だい……こんな夜に、こんな山奥に」


 盗られて困る物等無いと男は戸を開ける。そこにいたのは、しっとりと着こなした妙齢の女。


「《《道》》に迷ってしまいまして、どうか一晩泊めては下さりませんでしょうか……」


 久々に見た女性に胸が騒ぎつつも、むさ苦しい所だが……と、男は女を迎えた。




 結局、道が分からないというままの女と、なし崩し的に住む事になった男。女は家事を手伝い、日々過ごし、その様はまるで夫婦の様であった。


 ある日、庵の裏手の墓で熱心に祈る女を見て男は声をかけた。


「そこに人はおらん。だが俺が殺めた『いのち』がある」

「後悔されておられるのですか……?」


 振り返りもせずに祈る形のまま女は尋ねる。


 嗚呼……と嘆息し男は応える。


「俺は昔、武士であった。だが戦というものが嫌で、何もかも捨ててここに逃げて来た。逃げて来たのに、また命を奪って永らえている。それが哀しく、そして虚しくもある」


 だが……と、続ける男に女は無言で促す。


「まるで夫婦の様な生活に、少し幸せを感じてもいる。捨てて来たはずの命だというのに」


 それを聞いて静かに呟く女。


「……もし、お念仏をお分かりになる様でしたら、祖父の為に死んだ彼らに為に唱えては頂けないでしょうか」


 そう言って振り返った女の頭に獣の耳があるのを見て、男は得心する。あの逃がした狐なのかと。


「お前は俺を恨まぬのか」

「祖父はどのみち、長くは持ちませんでした。それを慈しみ持て最期を与えて下さり、お墓まで作って下さったあなた様に、感謝こそすれど恨みなど……。他の動物達も、最期を下さるあなた様に感謝しておられます」


 男は黙ってそれを聞くと涙を流し南無阿弥陀仏を唱えたという。




 その後も男は無駄な殺生をせず、静かに暮らしたというが、それはまた違う物語。

命の円環。その重さ。そんな事がよぎって書き付けておりました。

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