番外編 恋人同士になったふたり
晴れて、カイと恋人同士になったわけだが、日常は変わることなく続いていた。
カイは驚くほどいつもどおりで、私の傍にあり続けている。
たまには恋人らしい、甘い雰囲気になってみたいものだが、どういうふうにこれまでと関係を変えていくのかまったくわからなかった。
困り果てた私は、その筋のプロに相談してみる。
それは〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟で異性の攻略を極めた聖女マナだ。
カイが交替で抜けた瞬間を見計らって、相談を持ちかけた。
「〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟でも、カイさんは大人気キャラだったんだよねえ。追加ディスクや続編が出ても、攻略不可能だったので、不思議に思っていたんだけれど、まさか女性だったとは……!」
〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟を知り尽くした聖女マナですら、カイが女性だと知らなかったらしい。
「あーでも、カイさんが普段と変わらないのは、殿下自身が変わらないからじゃない?」
「そ、そうなのか?」
「たぶんだけれど」
何か恋人らしい特別なことはしたのかと聞かれ、首を傾げる。何一つ思いつかなかった。
「そうか……! カイの様子が変わらないのは、私がこれまでどおり振る舞っていたからか!」
聖女マナに感謝の気持ちを伝え、執務室に戻る。そこには休憩から戻ってきていたカイの姿があった。
「おかえりなさいませ、クリストハルト殿下」
「う、うむ」
恋人らしい特別なこと……! と考えたが、カイを前にすると頭の中が真っ白になってしまった。
手を繋いだり、抱きしめたりなんて、仕事場である王宮でできるわけがない。
突然、そうだと閃く。
ここではないどこかにカイを連れ出せばいい――つまり、デートをすればいいのだ。
思い立ったら即行動に移す。さっそく、カイをデートに誘ってみた。
「カイ、今度の休日に、街にでかけないか?」
「承知しました。何かの視察でしょうか?」
「いや、違う。その、デ……」
「で?」
「デートだ。カイとデートに行きたい」
「デート、ですか? デート……、デート!?」
カイは瞳が零れ落ちそうなくらい目を見開いた。そこまで驚くこともないだろうに……。
「これまで忙しくて、カイと共に過ごす時間もなかった。これからは、そういうひとときを大事にしたい。ダメだろうか?」
「いいえ、その、光栄です」
「そうか。よかった。では、次の休日、中央広場にある噴水の前で集合しよう」
「集合ですか? そこに行くまで、一緒に行かないと、護衛できないのですが」
「カイは休みなんだ。私を守る必要はない。護衛は別に連れていく」
「あ、そうですね。わかりました」
あっさり納得したので、ホッと胸をなで下ろす。
無事、カイとデートに行くことが決まった。
いったいどんな恰好でやってくるのか、とても楽しみだった。
◇◇◇
デート当日、私は侍従が気を利かせて用意してくれたおろしたての服をまとう。
ベルベットの布地に銀の刺繍が入った品のある一着で、自分で言うのもなんだが似合っているような気がした。
カイはいったいどんな恰好でやってくるのか。ドキドキしながら、護衛の騎士とともに噴水前まで急ぐ。
集合時間の三十分前に到着したのだが、当然ながらカイの姿はない。
それから十五分後、周囲にいた女性達が色めき立つような声が聞こえた。
「ねえ、見て。あっちから走ってくる人、とってもかっこいいわ」
「まあ、本当。銀の髪が太陽に反射して、銀糸のようにきれいだわ」
銀色の髪を持つ、かっこいい人と聞き、思い浮かべるのはカイひとりしかいなかった。
顔をあげると、紺色のフロックコート姿のカイがこちらにむかって走ってきているではないか。
すれ違う女性達は皆、カイを見てうっとりしているように見えた。
勝手にドレス姿でやってくると想像していたが、いつも以上に凜々しく着飾った姿で登場した。
「クリストハルト様、遅れて申し訳ありません!」
「いや、まだ約束の時間になっていない。それよりも、その恰好はいったい……?」
「あ、えっと、時間ぎりぎりまでドレスを選んでいたのですが、いざ着てみたら似合っていないように思えて……。すみません」
「いや、いい」
ドレスを着るのが嫌ではないのかと聞くと、そうではないと言う。単に、どう着こなしたらいいのかわからないだけだという。
「だったら、私とドレスを買いに行こう!」
「しかし、この世に私が似合うドレスがあるとは思えないのですが」
「前に変身コンパクトでまとったドレス姿は美しかったぞ」
「えっと、そう、でしたか?」
「ああ。もう一度、私に見せてくれ」
カイの手を引き、ドレスを販売する店へと誘う。
振り返ってカイが困っていないか確認したが、淡く微笑んでいた。それがわかり、ホッと胸をなで下ろす。
店に到着すると、店主を呼んでカイに似合うドレスを見繕ってもらった。
試着してもらったのだが、スカートがふんわりと膨らんだものも、体にぴったりと合ったものも、フリルやリボンがたくさんあしらわれたものも、カイによく似合っていた。
最後に身にまとったのは、スカートが足首までの、外の散策にも向いているデイドレスだ。セージグリーンの落ち着いた色合いで、カイのために仕立てられたような一着である。
ドレスに合わせて、髪型も美しいまとめ髪にしてもらったようだ。
「カイ、きれいだ。よく似合っている」
「あ、ありがとうございます」
その服を着てこれから散策するため、支払いを済ませた。
「あの、クリストハルト様、私のためにこのような服を贈ってくださり、恐縮です」
「気にするな。カイは私の〝推し〟だからな」
「お、おし、ですか?」
「そうだ。聖女マナから教えてもらったのだが、推しというのは、世界でもっとも愛する存在のことらしい」
カイの頬は瞬く間に赤く染まっていく。
「これからも、私はカイに〝課金〟するからな!」
課金というのは、推しのためにひたすら貢ぐ用語だという。
カイに課金できるよう、これから仕事を頑張らないといけない。
それが生きがいになりそうだと言うと、カイは美しい微笑みを見せてくれたのだった。




