クズ王子は、公爵令嬢を説得する
「げ、アウグスタがいる!! 転移失敗じゃん!! 課金して、高価な魔法巻物が無駄になっちゃった!!」
船乗りみたいな上着に丈が短いスカートを合わせた、黒髪黒目の小柄な少女――彼女は、行方不明になったと囁かれていた聖女マナだ。
どうして彼女がここに? と思ったのと同時に、死んだはずの私が居合わせてしまった。
幸いと言うべきか。彼女の視線はアウグスタにあった。私の危機を察したカイが前に立ちはだかり、姿を隠してくれる。その間に、コンパクトを使って女性の姿に変身した。恰好も、フロックコートからドレスに替えておく。
それにしても聖女マナはどうして、王家と繋がりが強いアウグスタのもとへとやってきたのか。理解に苦しむ。
アウグスタも同様に疑問に思ったのだろう。聖女マナへと質問を投げつける。
「あなた、なぜここに?」
「なぜって、国から追われているから、逃げているに決まっているじゃん」
「わたくしが国に通報すると、思いませんでしたの?」
「だって、ここに来るとは思わなかったんだよ!」
どうやら、聖女マナは望んでここへ下り立ったわけではないらしい。
「私を助けてくれる人のもとへって、願って転移したの。そうしたら、あなたのところに下り立ったってわけ」
聖女マナの手には、もう一枚の魔法巻物がある。危機が迫ったら、どこかへ逃げるつもりなのだろう。
「王子クリストハルトを生き返らせる魔法だって、習得していた。けれども、失敗したの! わざとじゃないんだから! 誰にだって失敗はあるのに、私ひとりを悪者にして、酷くない?」
私は今、ここにいる。聖女の蘇生術が失敗したのは私が生きているから、というのもあるのかもしれない。
アウグスタも同じように考えているのだろう。聖女マナを見つめる視線に、同情の色が混じっているように見えた。
「それよりも、大変なの! 私、〝ログアウト〟ができなくなってしまって――!」
〝ログアウト〟――それは聖女マナが元の世界へ戻る呪文である。
ということは、彼女は私の蘇生術が失敗してから、この世界に居続けたというわけか。
なぜ、〝リセット〟をしなかったのか?
もしかしたら、〝ログアウト〟同様に使えなくなっているのかもしれない。
だとしたら、彼女は私達の脅威ではなくなった。
このまま見放したら何をするかもわからない。聖女マナが危険人物であることは変わりないので、傍に置いておいたほうがいいだろう。
険しい表情で聖女マナを見つめるアウグスタに、提案してみる。
「アウグスタ、彼女を、ここで保護すべきだと私は思う」
「それは、どうしてですか?」
「国が勝手に召喚した聖女を外の世界へ放り出すなど、無礼極まりない行為だとは思わないか?」
「そうそう! 本当にそのとおりだよ!」
調子に乗って同意する聖女マナを、ジロリと睨む。この世に存在しないはずだった彼女のおかげで、私やカイは振り回された。恨みがましい気持ちを抑え、アウグスタを説得する。
「しかし、聖女マナを匿っていることがバレてしまったら――」
「あの、こちらをお使いください」
カイが聖女マナへ差し出したのは、変身コンパクトである。
そうだ、その手があった。
カイは女性で変身していない。つまり、コンパクトを使っている状態ではないのだ。だから、聖女マナが代わりに使えるというわけである。
変身コンパクトを目にした聖女マナは、身を乗り出して覗き込む。
「え、何それ! 見たことないアイテムなんだけれど!」
「こちらは変身コンパクトです。女性から男性へ変身したり、人間から動物に変身したりできる魔技巧品です」
「すごーい! そんな隠しアイテムがあったなんて!」
聖女マナは上機嫌で、カイから変身コンパクトの説明を聞いていた。
彼女が選んだのは黒ねずみの姿だった。変身コンパクトはペンダント状になり、首輪からぶら下がっていた。
「ちゅ~! ねえ、アウグスタ。この姿だったら、匿ってくれるでしょう?」
「……」
こちらからも頼むと、頭を下げる。
「わかりました。その黒ねずみの姿でいるのであれば、保護いたしましょう」
アウグスタの説得に成功し、ホッと胸をなで下ろす。
「あ、そういえば、さっき男の人の声がしたんだけれど、どこに行ったの?」
男の人というのは私だろう。聖女マナの登場に驚き、声をあげていたようだ。
「そ、それは――」
「私です」
カイが挙手する。思いがけない発言に瞠目した。
「驚くと、低い声が出てしまうのです。どうか、お気になさらないでください」
「ふーん、そうなんだ。わかった」
カイに感謝したのと同時に、聖女マナが単純思考の持ち主でよかったと感謝する。




