クズ王子は、女装した護衛騎士に見とれる
華美でない、子鴨色の青色のドレス姿でカイは現れる。
銀色の美しい髪は左右の髪を編み込んで後頭部でまとめ、ベルベットのリボンを結んでいた。薄化粧を施し、唇には紅を差してあった。当たり前だが、胸部に膨らみもある。
これは、魔法の力ではない。男装を止めた、カイ本来の姿である。
その美しさにしばし見とれていたものの、カイが恥ずかしそうに頬を染めているのに気づいた。
「すまない。不躾に、見つめてしまった」
「い、いえ。なんだか、恥ずかしいです」
「恥じる必要なんぞない。よく、似合っている。きれいだ」
カイの顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。そんな彼女を前にしたら、私まで照れてしまった。
「あ、えっと、その、クリストハルト殿下も、大変可愛らしいです」
カイの発言で、ふと我に返る。
そうだった。今の私は、魔法のコンパクトの力で女性になっていたのだった。
なんていうか、男の姿のときにカイを褒めたかった。その機会は訪れるだろうか。未来のことなので、神のみぞ知るというものなのだろう。
「驚きました。クリストハルト殿下のお体が、一回りほど小さくなっておりましたので。お声も、可愛らしいですね」
「ああ、それは私も驚いた」
カイのように、美人系でありたかったのに、なぜか可愛い系になってしまった。
「私は、そこまで大きな変化はないのですが……」
ここで、傍観していたドロテーアが口を挟む。
「性転換の魔法は、その人物がもしも男だったら、女だったら、というのを遺伝子レベルで計算して割り出した姿になるの。クリストハルト殿下が女性だったら比較的小柄で、カイが女性だったら男性だったときとほぼ変わらない状態になるのよ」
「なるほど。そういうわけだったのか!」
カイが自分の体型が変わらないことに関して、気にしないようにドロテーアは説明してくれたのだろう。
よくやったという意味で言葉を返したが、少々演技じみていたか。
「ふたりとも、いい感じじゃない。でも、髪は地味な色合いにしておいたほうがいいわ」
金髪と銀髪は非常に珍しいようだ。
母以外の家族全員がこの色合いだったので気にしていなかったが、金色の髪を持つものは極めて少ないらしい。
それ以上に、カイの髪色は珍しいようだ。
「ドロテーアよ。どういう色合いが目立たないのか?」
「クリストハルト殿下は、そうね。榛色とかどう?」
「薄茶色か。わかった」
すぐさま、変身コンパクトで髪色を変えてみる。
「おお。たしかに髪色が変わると、印象がぐっと変わるな」
「そうでしょう? カイは、そうね。琥珀色とかいいんじゃない」
「やってみます」
カイの髪色が毛先から変わっていく。琥珀色というのは、くすんだ金髪と言えばいいのか。街でよく見かける色合いとなった。
「うん。やっぱり髪色が変わったら、美形度が少しだけ下がったわね。まあ、それでも十分美人だけれど」
これに加えて、以前購入した惑わし眼鏡とカイの美醜が反転するイヤリングを装着しておくようにと言われた。
「あとは、潜入のさいの偽名を考えておいたわ」
ドロテーアが差し出したのは、旅券だった。なんでも、異国からやってきたご令嬢という設定らしい。子爵令嬢で趣味は陶芸。特技は横笛と、なかなか渋い人物像が書かれている。
「私の名は、リス・ド・オービニエ、か」
「本名のクリストハルトから、リスを抜き出したわ。可愛いでしょう」
「可愛いか?」
「可愛いと思います」
カイは拳を握り、ドロテーアの言葉に頷く。すかさず、ドロテーアから「貴族のお嬢様が拳を握らないの」と注意されていた。
「次。カイの名前は、カイリ・ド・バルドール」
カイも異国の貴族令嬢で、趣味は音楽鑑賞。特技は生け花と、無難な人物像が設定されていた。
ふたりの貴族令嬢の後見人は、ダミアン・フォン・ティルピッツと書かれてあった。
「慈善活動で勲章を与えられた、ティルピッツ子爵ではないか!」
「正体は魔女よ」
「またそのパターンか!」
どうやら、さまざまな界隈に魔女が紛れ込んでいるようだ。さすがとしか言いようがない。
何かあったら、ティルピッツ子爵の名前を出したらどうにかなるという。
「王都に何軒かあるショコラトリー〝キルクリス〟は、魔女協会が運営する店だから。休憩や宿泊、食事に着替え、お風呂、なんでもできるから、自由に使えばいいわ」
メニューにない、ホットチョコレートを注文すると、奥の部屋へと案内してもらえるらしい。店員に言うのではなく、店にいる鳥の彫刻に囁くのだとか。
「ひとまず、私とカイは街の喫茶店で、貴族らの噂話を聞いてこよう」
「わかったわ。私は、どうしようかしら。一通り、調査したけれど」
「あの、ドロテーア様、こちらをご利用ください」
カイが差し出したのは、紳士クラブ〝黒薔薇会〟の招待状だ。
そういえば、以前カイが招待された話を聞いていたが、結局足を運ばなかった。
黒薔薇会というのは貴族の年若い男達が中心となったグループで、誰もが参加できる集まりではない。その存在を、ドロテーアも把握していたようだ。
「あら、いい物を持っているじゃない。非業の死を遂げたカイ・フォン・ヴァルヒヘルトが持っていた、黒薔薇会への招待状なんて稀少だわ」
「どういう集まりかよくわからないので、どうかお気を付けて」
「ありがとう」
ドロテーアと共に、王都に繋がる転移陣へと向かった。
「サファイアには何も告げなくてよいのか?」
「ええ、いいわ。あの女性は、そういうの慣れているから」
「そうか」
魔法陣のもとまで辿り着く。ドロテーアが呪文を唱えると、キラキラと輝き始めた。
そっと魔法陣の上に乗ると、景色が一気に変わった。一瞬にして、ドロテーアの家へと転移する。




