クズ王子は、まったり風呂に入る
「はあ、はあ、はあ……! 三百年ぶりの、ご贔屓……!」
これ以上出血したら危険だろう。少し距離を取りつつ、ハイエルフに回復魔法をかけてやる。すると、噴き出ていた鼻血はピタリと止まった。
「ああ、王家の魔法をこの身に浴びるなんて! またとない光栄でございます!」
「お前、私が王族だとわかるのか?」
「ええ、もちろんです!」
惑わし眼鏡をかけていたので、カイを王族と勘違いするオチだろうと想定していたのだが。
ハイエルフは目が合うと鼻血を噴くからと、目をそらした状態で話す。
「ひと目見て、尊い御方だと気づきました」
「ハイエルフ相手では、この惑わし眼鏡の幻術も効かないのか?」
「そうですね。とてもよい品のようですが、見破ってしまいました」
なんでも、毎年国家記念日で販売される王族の肖像画が印刷された記念品を購入していたようだ。
「肖像画といえば、ここ数年断っていたから、記念品の絵は少し前のものではないのか?」
「はい。殿下の記念品は、十二歳の春に描かれたものが、ここ五年ほど販売されております」
肖像画を新調していないのはここ数年だと思っていたが、五年も描かせていなかったようだ。
一日三時間を宮廷画家が描けるまで毎日付き合うというのは、なかなか辛いものである。毎年、暇を見つけては付き合う国王陛下はとてつもない超人なのだろう。
「六年も同じ絵柄だと、売るほうも買うほうもウンザリしてそうだな」
「いいえ! そんなことございません。十一歳当時の殿下は〝天使ちゃん〟という愛称で、国民に愛されているのですよ」
「て、天使ちゃん……」
なんでも国家記念日では、天使ちゃんを印刷した記念品が一番人気らしい。
「カイ、知っていたか?」
「はい。私も毎年購入しておりましたから」
「なんでお前まで買っているのだ」
「十二歳のクリストハルト殿下のお姿が、とても愛らしかったもので」
「そうだとしても、毎年買う必要などないだろうが」
「天使ちゃんシリーズは、一種類ずつしか発売しないので、コンプリートのためには毎年買い集めるしかないのです」
一年目は皿、二年目はカップ、三年目はカトラリーセット、四年目はテーブルナプキン、五年目はキャンドルスタンドだったという。
カイは毎年、休憩時間を見計らって出かけ、購入していたようだ。
「去年は行列ができていて、購入できないかと思いました」
「わかります!」
天使ちゃんシリーズについて話すカイに同意を示すのは、ハイエルフであった。
何やらふたりで盛り上がっていた。
天使ちゃんシリーズについて気になるところだが、視界の端に映るドロテーアも無視できない。メルヴ・イミテーションに対して睨んでいるのかと思うほど強い眼差しを向けていた。
頭上に生えた万能の薬草を引っこ抜きそうな迫力があったため、メルヴ・イミテーションを抱き上げる。
『抱ッコダー! ワーイ』
メルヴ・イミテーションはキャッキャと喜ぶばかりで、ドロテーアの狩人のような視線に気づいていなかった。この純粋で平和、暢気な存在を魔女の素材にさせないよう、私が守らなければならないと思った。
「立ち話もなんですから、どうぞ中へ」
「ああ、すまない」
家の中へとお邪魔する。室内は掃除が行き届いており、ソファやテーブルといった家具も趣味がよく、部屋全体の雰囲気もいい。住みやすそうな空間であった。
ハイエルフは香り高い紅茶とクッキーを持ってきてくれた。
「私はハイエルフのサファイアと申します。殿下やカイ様がここで快適に過ごせるよう、お世話させていただきます」
「サファイア、頼むぞ」
「はい!!」
さっそく何か命じてほしいようで、期待のこもった眼差しを向けてくる。
「風呂を用意してもらおうか」
「承知いたしました!!」
サファイアは一瞬にして姿を消す。転移魔法を使ったのだろう。部屋から部屋への移動に高位魔法を使うなんて……。魔力があり余っているのだろう。羨ましい話である。
ドロテーアはこれから村の商店に買い物に行くという。カイを誘っていたが、私の護衛があるからと断っていた。
おそらく、ドロテーアはこのタイミングでカイの性別を確認したいのだろう。
「カイ、この村では護衛は不要だ。悪いことができないようになっているからな」
「あ、そう、でしたね」
「新しい鎧など、必要な品もあるだろう。メルヴ・イミテーションもいるし、私は気にしなくてもいいから、行ってこい」
メルヴ・イミテーションはカイのほうを向き、自分がいるから大丈夫と言わんばかりに胸を張っていた。
「わかりました。では、しばし買い物に出かけてきます」
「ああ、行ってこい」
『イッテラッシャーイ!』
扉がぱたんと閉まったのと同時に、サファイアが現れた。その姿に驚き、絶叫してしまったのは言うまでもない。
「な、なんだ?」
「いえ、お風呂の準備が整いましたので、お知らせに参りました」
心臓に悪いので、家の中での転移魔法を禁じた。
風呂場は家の規模からしたらかなり広いのではないだろうか。ゴッガルドが三人くらい同時に入っても問題ないくらいである。入浴する様子を想像したら嫌な気分になったが……。
メルヴ・イミテーションも一緒についてきて、風呂を前に小首を傾げていた。
『コレ、ナアニ?』
「風呂だ。人間はここで体を洗わないと、臭ってしまう悲しき生き物なのだ」
『ヘー、ソウナンダー』
メルヴ・イミテーションも入りたいと主張する。茹で大根にならないか心配だったが、大丈夫らしい。
初めての風呂らしく、ドキドキワクワクした様子で浴槽に入る。
『ワア! 温カクテ、気持チガイイネエ』
どうやらお気に召した様子である。
メルヴ・イミテーションがため息をついた瞬間、頭上から薄紅色の花が咲いていた。葉も、一気に成長する。
「お、おい! メルヴ・イミテーション、頭が大変なことになっているぞ!」
『本当ダー!』
風呂があまりにも心地よかったため、このような変化が起きたらしい。
なんというか、風呂の力は偉大だ。




