クズ王子は、のどかな村に驚愕する
「いや、なんなのだ、この長閑としか言いようがない村は!?」
最果ての土地だと聞いていたので、一年中雪に覆われた厳しい場所で、皆身を寄せ合って静かに暮らしているものだと思い込んでいたのに。
「おい、ドロテーアよ。転移する先を間違ったのではないな?」
「いいえ。ここが極北の土地〝コランヘラル〟よ」
「どこがだ!!」
貴族達が社交界シーズンが終わったら一斉に向かう、美しき西の田園村〝フェーリアイ〟かと思った。
「本当にここがコランヘラルなのか?」
「そうだと言っているでしょう?」
「どうなっているんだ? 厳しい寒さはどうした!?」
「結界の外にでたら、いくらでも広がっているわよ」
「結界だと?」
「ええ。ここは魔女の結界の中に作られた村なの」
寒さに侵されない強力な結界を作るなんて、とんでもない高位魔法である。
それを維持できる魔女とはいったいどのような存在なのか。
「ここは外から見ても、村があるようには見えないのよ」
「雪山と雪渓を超えた者がいても、発見できないと言うのか?」
「そう」
絶句してしまう。まさか、ここまで徹底して姿を隠せる場所があるとは驚いた。
「魔女の力は個別だとそこまでないけれど、大勢集まったらとんでもなく大きな力になるのよ」
「そう、みたいだな」
獣人の子どもが蹴ったボールがこちらに飛んでくる。すかさずカイが受け止め、走ってくる子どもに手渡した。
「騎士のお兄ちゃん、ありがとう」
「いえいえ」
あとから、母親らしき女性が走ってくる。こちらに向かってぺこぺこと頭を下げていた。子どもが「お母さん、大丈夫だって」なんて言っていた。
子どもは獣人だったが、母親はそうではなかった。
つまり、あの子どもは獣人と人間の間に生まれた子なのだろう。
「あの女性は獣人の男性と結婚を反対され、駆け落ちした末に、父親だけ捕まって殺されてしまったの」
母親のお腹にはすでに子がいて、身を隠していたが見つかるのも時間の問題――発見されそうになったタイミングで、魔女がこの村へと連れてきたらしい。
「村を維持するために、魔女は居場所がない人達を招いているの。そのおかげで、コランヘラルは美しい姿を保っているわ」
「たしかに……!」
さわさわと揺れる小麦畑や、色鮮やかな野菜が実る畑、風車がくるくる回る様子など、すべてはこの村へやってきた移民達が作りだしたものだという。
「新しい人がやってきても、誰も事情なんて聞かないわ。だから、あなた達も安心して過ごしてちょうだい」
「あ、ああ」
このような場所があるというのが、信じがたい。
長年、国家専属魔女がここを維持するために人を集めていたというのも驚きだ。
「ちなみに、ここの村で悪いことをしようとしたら、強制的に外へ放り出されるから気を付けてね。その辺、王族でも容赦しないから」
「なっ、重要なことをサラッと言うな!」
「悪いこと、しようと思っていたの?」
「思うわけがないだろうが!」
村の平和を守るため、道理に反することはきつく禁じられているという。
「まあ、ほんのちょっと誰かの悪口を言う程度だったら大丈夫だから」
「わかった」
他に決まりはあるのかと聞いたが、ドロテーアは「特にないんじゃない?」と軽く返す。これまでを振り返ってみたら、何か言い忘れがあるように思えて怖くなった。
「詳しいことは、屋敷を管理するサファイアに聞いてちょうだい」
「サファイア?」
「王族専用の家を管理するハイエルフの魔女よ。もう何百年も、家の管理をしているの」
ドロテーアの案内で、長閑な村を進んでいく。
明らかに浮いている私やカイ、メルヴ・イミテーションであったが、軽く挨拶をするばかりで誰も気に留める様子はない。
ここは他人同士深く干渉し合わない村なのだろう。
藁葺き屋根の家が何軒も続いたが、一軒だけレンガに瓦屋根の一軒家があった。
そこまで大きな家ではない。貴族に仕える庭師に与えられたちょっといい家、といった感じか。そう呟いたら、ドロテーアに「その喩え、わかりにくいわ」と言われてしまった。
カイ曰く、庶民の四人家族が不自由なく暮らせるような規模の家、らしい。そのコメントには、ドロテーアも「わかりやすいわ」と評価する。
「サファイア、連れてきたわよ!」
「はーい」
家から出てきたのは、十四歳から十五歳くらいの、尖った耳を持つ少女だった。
美しいエクリュベージュの髪をまとめ、エプロンドレスをまとった姿で現れる。
私を見るなり、膝から頽れた。
「ああああああ!」
「な、なんだ? どうした?」
メルヴ・イミテーションがハイエルフの傍に寄り、『メルヴノ葉ッパ、食ベル?』と問いかける。
「はっ、この気配は、世界樹の大精霊!?」
さすがハイエルフと言えばいいのか。メルヴが何者かすぐに見破ったようだ。
その発言にギョッとしたのはドロテーアであった。
「え、その大根、世界樹の大精霊なの!?」
「そうだが」
「どうして言わなかったの!?」
「素材として狙われたら困るからだ」
「さすがに世界樹の大精霊を素材になんかしないわよ!!」
ついでに、あのハイエルフはなぜあのように悶えているのかとドロテーアに問いかける。
「ああ、彼女は猛烈な王族信者だから、あなたを見た途端、興奮してあんな感じになったんじゃない?」
「そ、そうなのか……」
ハイエルフは鼻血を噴いていたようで、「三百年ぶりに出血しました」と言っていた。




