クズ王子は、北の極地の村に行く
「まず、そこへ近づくには、雪渓や雪山を越えなければならないの。寒さのあまり、一歩足を踏み入れただけで全身凍傷になるらしいわ。登るにつれて空気が薄くなって、息苦しくなるの。道中にはおびただしい数の氷の裂け目があって、落ちたら最後。這い上がることなんてできないのよ」
それ以外にも、吹雪にさらされて何日も身動きが取れなかったり、落石が発生したり、雪山に生息する魔物に襲われたりと、いくつもの困難が立ちはだかるようだ。
上空は強風が吹いているから、ワイバーンどころか竜すら通過することはできないという。
「そんな場所を通らないと、姿を隠せないのか」
「そうよ」
ドロテーアは案内してくれると言うが、果たして自分達だけで村まで辿り着けるものなのか。不安に襲われる。
「その、ドロテーア、そこは私達だけで行けるのだろうか?」
「大丈夫でしょう。転移魔法酔いはしないでしょう?」
「転移魔法酔い?」
「ええ、そう。屋根裏部屋に、コランヘラルまで繋がった転移魔法陣があるんだけれど」
「初めて聞いたのだが!」
「言っていなかった?」
カイやメルヴ・イミテーションも、こくこくと頷く。
「人が近寄れない場所だから逆に安心なのよって話をしただけなんだけれど」
「そこを通って行くのかと思って、不安になったぞ」
「あら、ごめんなさいね」
ひとまずコランヘラルまでは転移魔法で行けるというので、ホッと胸をなで下ろした。
「早いほうがいいわ。行きましょう」
「もう、行くのか?」
「ええ。別に、荷物とかないでしょう?」
「それは、そうだな」
「まあ、私物を取りに行きたいと言っても、反対したけれど」
なんでもコランヘラルにはさまざまな品が手に入る商店などもあるらしい。そのため、身ひとつで行っても問題ないという。
「突然行っても、大丈夫なのか?」
「ええ。王族を迎えるための村でもあるから、いつでも行っていいのよ」
なんでも何代か前の国王は、長い休暇だと言ってコランヘラルを訪れていたらしい。
ちなみに、王族がコランヘラルへ行くのは三百年ぶりだという。
「屋根裏部屋はこっちよ」
ドロテーアの案内で移動する。屋根裏部屋へと続く出入り口は魔法で消されていた。
梯子で中へと入る。手入れをしているようで、埃臭さはまったくなかった。内部は真っ暗だったが、ドロテーアが呪文を唱えると光の球が浮かび、部屋を照らす。
「ん? 何もないではないか」
「そうよ。私が呪文を唱えたら、転移魔法の魔法陣が出てくるんだから」
ドロテーアが言うとおり、呪文と共に魔法陣が浮かび上がった。
「さあ、全員魔法陣に乗って」
メルヴ・イミテーションを脇に抱え、ドキドキしながら魔法陣の上に乗る。
剣だけ持って心細そうにしているカイにも手を差し伸べた。そっと、指先を重ねてくれる。傍に引き寄せ、離ればなれにならないように抱き寄せた。
「クリストハルト殿下、あの、そのように密着せずとも、大丈夫な気がしますが」
「転移魔法でバラバラに行き着く話を聞いたことがある。初めて行く場所だから、我慢しろ」
呆れた様子でドロテーアが「いちゃいちゃ終わった?」と聞いてくる。いちゃいちゃは終わったと言い返しておいた。
ドロテーアが踵で魔法陣をタン! と叩くと、転移魔法が発動された。
体がふわりと浮いて、景色が一変する。
極寒の地であるというので、歯を食いしばって寒さに耐えていたが――。
「は?」
目の前の景色を前に、目が点となる。
そこは、緑が溢れたごくごく普通の農村という感じだった。
民家がいくつも並び、獣人らしい子どもが楽しそうに駆け回っていた。
りんごの花が咲き誇り、温かな風が馨しい香りを運んでくれる。
「お、おい、ドロテーア。目的地を間違ったのではないか?」
「いいえ、ここがコランヘラルよ」
どういうことなのか。
カイとメルヴ・イミテーションを抱きしめたまま、首を傾げてしまった。




