クズ王子は、魔女に懇願する
ドロテーアが混ぜていた鍋が噴き出そうになり、五分、黙ってそこにいるようにと命じられた。
五分後――。
「っていうか、私、忙しいんですけれど!」
「すまない」
ただただ、ひたすら平謝りするばかりである。突然押しかけてしまったので、非はこちらにあるのだ。
『オ詫ビニ、メルヴノ葉ッパ、アゲヨウカ?』
「いや、大根の葉っぱを貰っても……って、この生き物何なの!?」
『メルヴダヨオ』
「メルヴ? 聞いたことないわね。でも、絶対に高位精霊ね。間違いないわ!」
さすが、国家専属魔女に指定されるだけの魔女である。メルヴが普通の大根でないことは、お見通しなようだ。
「さっき役人が私のところに押しかけたのよね。王太子クリストハルト殿下が何者かに襲撃されて行方不明だから、捜索を手伝ってほしいって。あなた達、どうしてここに来たのよ」
「命を狙われているからだ。誰も信用できる者がいないので、ここにやってきた」
「あー、そう。でも私だって、信用ならないわよ。あなたを見つけた人には、報奨金、金貨五百枚が出るって言うから」
「ご、五百枚!?」
質素な暮らしであれば、庶民が一生働かずとも生活できる金額らしい。
「陛下が私を探すためにそこまで金を出すとは」
「大事な王太子ですもの。まあ、九割くらいは親馬鹿でしょうけれど」
優秀なフェリクスがいるので、私がいなくなっても気にしない人だと思っていた。
親としての愛情なんて感じた覚えは一度もないので、驚いてしまう。
「しかし、ここにいるということは、断ったのだな」
「ええ、だって、実験がいいところだったし」
「そうか」
大きな報酬さえあれば応じるものだと思っていたが、そうではなかったらしい。
もしかしたら、引き受けてもらえない可能性もある。
判断を誤ったか。額に、じわりと汗が浮かんだ。
「捜索は火が燃えさかる森なの。消火活動をしながら探せっていう話だったのよ。クリストハルト殿下が見つからなかった場合の報酬を聞いたら、割に合わないと思って断ったわ」
「ん、ちょっと待て。火事って、どういうことなのか?」
「学園からあなたの魔力を辿ったら、そこが火の海になっていたらしいの」
消火活動をしていたところ、暗殺用の特殊なナイフを装備した遺体を発見したらしい。
そこから、私が出かけた先で襲撃に遭ったのだろうと推測したようだ。
「誰かが森に火を放ったのか?」
「ええ」
ちなみに、護衛騎士達はひとりも戻っていないらしい。
現場に火が放たれているというので――いいや、最悪の事態を考えるのは止めよう。
「いやはや、まさかこの私が大金を得られるなんて。神様は毎日の善行を見ているのね」
「おい!」
「あら、何かしら?」
「なぜ、私を差し出すような方向でいる?」
「だって、あなたを差し出したら、金貨五百枚も手に入るのよ? しないほうが馬鹿だと思うけれど」
ここで、カイが動く。
頭を下げ、額を床につけた状態で乞う。
「魔女ドロテーア、お願いします。どうか、クリストハルト殿下をお助けください!」
「あら、なんでもするとか、言わないほうがいいわよ」
「そうだ。カイ、早まるな!」
カイの腕を引くが、本物の銅像かと思うくらいびくともしない。
日々、筋肉トレーニングをしていたが、カイを立ち上がらせるほどの力はついていなかったようだ。
私に、ゴッガルドのような屈強な筋肉があれば、今、カイを無理にでも立ち上がらせることができたのに。
「あなた達、どうしてゴッガルドのところに行かずに、私のところに来たの?」
「それは、王家との繋がりが薄いからだ。あとは、働きに見合う報酬さえ出せば、協力してくれそうだと思ったのだが」
「まあ、金貨五百枚以上の価値がある報酬があれば、引き受けるけれど」
持ってきた財宝の数々の価値は金貨五百枚以上はあるのかもしれない。
けれども、今後の活動資金も必要なので、ほとんど差し出すような事態は避けたかった。
宝石の一粒か二粒でもあげたら、ドロテーアは協力してくれるものだと思っていたのに、完全に目論見が外れた。
『メルヴノ、葉ッパ……』
「いい。それは大事に取っておけ」
何か価値があるものを……!
もちろん、カイの血なんか渡すものか。
ドロテーアはきっと、魔力になるものならば、喜んで受け取るだろう。
人の血はたしかに、魔力が多く溶け込んでいる。けれども、多くの血を失ったら、活動が困難になるだろう。
次に、魔力が多く含まれているものと言えば――。
「そうだ! 髪だ! ドロテーア、私の髪をすべて捧げよう!」




