クズ王子は、真実を語る
私もカイも、夕食を食べていなかった。寮の召使いに軽食を用意してもらうよう頼む。
食堂は夕方三時間しか空いていない。以降は、個人個人に軽食が提供される。
食べ盛りの男子生徒の中には、夕食のあと軽食も食べる者もいるらしい。
私はどちらかと言えば小食なので、きちんと食べていたらおかしな時間に腹が空くことはないのだ。
十五分後、部屋に運ばれてきた。
パンに肉団子と野菜が挟まったものに、ニンジンのポタージュ、揚げたジャガイモにチーズがかけられたもの、 茹でたソーセージ、以上。
どこが軽食なのかと言いたくなるようなボリュームだ。特に、揚げたジャガイモに溶かしたチーズをかけたものは意味がわからない。きちんと栄養価を考えて作っているのか、問い合わせをしたくなる。なんでも男子生徒に人気らしい。私には到底理解できない食べ物だったが、しぶしぶ食べて見たらとんでもなくおいしいのだ。国王陛下の前では絶対に好んでいるとは口にできないような、ジャンクな一品である。
私室にある円卓にカイの分と並べ、ふたりで食べ始めた。
会話はなかったものの、不思議と居心地がいい。
珍しく腹が減っていたようで、軽食とは思えないラインナップをペロリと食べてしまった。
カイが淹れてくれたミルクたっぷりの紅茶を飲み、ひと息つく。
話があるのは私のほうだったが、なぜか先にカイのほうから話しかけてくる。
「クリストハルト殿下、少しだけ、お話ししてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
まっすぐ私を見つめるカイの表情は、とても辛そうだった。言いたくても言えないことを伝えようとしているのか。
無理はしないでほしいが、カイの決意を揺るがすことを口にしてはならないだろう。
「私はクリストハルト殿下に、出会ったときから内緒にしていたことがあります」
カイの隠し事、それは性別に関することだろう。
これまでの終わってしまった世界で、カイが打ち明けた覚えは一度もない。私はずっと、カイが男の中の男であると信じて疑わなかったのだ。
カイが女性だと知り、態度に出るのではないか。そんな不安もあったものの、今日までなんとか知らぬ振りを決め込んできた。
今後は、どうなるかわからない。
たぶん、カイが女性であると告げられても、これまでと変わらないように付き合っていく自信だけはある。
「私は、父であるモンペリアル伯爵と、伯爵夫人の間に生まれた子どもではありません。兄達とは、腹違いなんです」
腹違い――つまりカイは、モンペリアル伯爵と愛人の間に生まれた子ども、ということになる。それに関しては、知らなかった。
「生まれた時から私は、他の子どもよりも身体が大きく、力も強い。そのため、扱いに困っていたそうです」
同じ年頃の子どもと遊ぶとケガをさせるので、ひとりでいるようにと命じられていた、なんて話は幼少期に耳にしていた。
規格外の身体の大きさとありあまる力を隠すために、性別を偽っていたのかもしれない。
「大変申し訳ないのですが、まだ、クリストハルト殿下にお話しする勇気がないのです。きっと話してしまったら、二度と一緒にいられなくなるので……。本当に申し訳ありません」
護衛騎士は常に傍にいなければならない。そのため、異性から選ばれることはない。
騎士だけでなく、召使いや侍従、近侍に秘書と、周囲にいる者はもれなく全員男だ。
カイだけ特別扱いはできないだろう。
「わかった。話すのは今でなくてもいい。いつか、打ち明けてくれ」
「はい」
カイの話は以上だという。
ひとまず彼女との関係はこのまま続きそうで、ホッと胸をなで下ろした。
今度は私の番である。
「神獣ラクーンよ」
『ひゃい!!』
カイが残した揚げジャガイモを食べおえた神獣ラクーンに声をかける。なぜ、いつもそのように食いしん坊かつ挙動不審なのか。
まあ、いい。
「これから、カイにすべての事情を説明するつもりだ。念のため、先に言っておく」
『ええ。ご判断は、クリストハルト様にお任せします』
カイは緊張の面持ちでいる。私がこれまで以上に、真剣な様子だからだろう。
「これを話すのは、おそらくお前だけだ」
「他の方は?」
「きっと信じない」
カイもわからない。けれども、私が告げる突拍子もない話を信じてくれそうなのは、カイひとりしかいないように思えた。
「まず、紹介しよう。これは私の使い魔ではなく、神に仕えし神獣だ」
「神獣様、ですか?」
「そうだ」
神獣ラクーンはカイに対し、後頭部を掻きながらペコペコ会釈している。神獣としての威厳は欠片も感じない様子である。
「言葉が交わせる使い魔だということで、妖精の中でも高位的な存在だと思っていました。まさか、神獣様だったとは……!」
驚くのも無理はないだろう。聖女マナの傍にいたときは、もっとこう、厳かな空気を発していた。神獣ラクーン曰く、空腹で意識がおぼろげな状態だったらしい。
いや、神獣ラクーンについてはどうでもいい。本題へと移る。
「ある日、眠る私のもとに、この神獣ラクーンがやってきて、過去の記憶を甦らせたのだ」
過去の記憶というのは、滅びてしまった世界のもの。私は死んでは神に世界ごと再生させられ、王太子として受けた人生を歩んでいた。
「あまりにも世界が滅びるものだから、神は死した私の記憶を甦らせ、世界を存続させるよう命じてきたのだ」
カイは目を丸くして、私の話を聞いている。疑っている様子はなかった。
「滅びた世界の私は、とてつもなく悪辣で、色恋にめっぽう弱く、自分勝手だった」
婚約者がいる身でありながら――男爵令嬢ルイーズの色仕掛けにはまり、聖女マナの求愛をはね除けず、挙げ句アウグスタを婚約破棄した。
「死んだ記憶は、四つほどだ」
「わ、私が傍にいたのですよね?」
「いた」
「私は、クリストハルト殿下を守れなかったのですね」
「いいや、すべてお前は悪くなかった」
カイは顔面蒼白となっていた。護衛する対象が何度も死んでいたと聞かされて、ショックを受けているのだろう。
「一度目は、アウグスタに婚約破棄と国外追放を言い渡したあと、国を守る結界が消失し、国中が魔物に攻め入られた。その責任を取って、絞首刑となった」
「な、なぜ、アウグスタに対して、そのようなことを……?」
「その当時の私は、ルイーズ男爵令嬢を盲目的に愛し、アウグスタを邪魔だと判断して遠ざけたのだ」
「クリストハルト殿下がそんなことをなさるはずはありません」
「しかし、事実なのだ」
神獣ラクーンは何か薬を盛られたのではないかと話していた。けれども証拠はない。私がルイーズを選び、アウグスタを婚約破棄と国外追放させた世界は確かにあったのだ。
「二度目は、聖女マナが介入した世界だった。私は同じようにアウグスタに婚約破棄を言い渡し――彼女に思いを寄せていたブレス侯爵に殺された」
「そのとき、私はどうしていたのですか?」
「すでに死んでいた。そのときは、襲いくる邪竜から私を庇って……」
「そ、そんな!」
どの人生でも、カイは自らの命を省みず、私のために戦って、庇って、散っていった。
「三回目は多くの愛人を傍に置いていたために、嫉妬に駆られたルイーズに毒を盛られ、四回目は妻達の持参金を横領して打ち首。情けない話ばかりだ」
「どの瞬間にも、私はすでにいなかったのですね」
「ああ」
邪竜に襲われ、底なし沼に呑み込まれ、そして――。
「亜人の襲撃を受け、亡くなったときもあった」
「その亜人というのは、もしや、オーガでしたか?」
オーガについて話すつもりはなかったが、カイは言い当ててしまった。
顔色を悪くするだけでなく、額に大粒の汗を掻いている。
「カイ、もうこの話は止めよう」
「いいえ。聞かせてください。私がオーガの襲撃を受け、どのように死んでいったかを」




