クズ王子は、聖女マナと再会する
聖女というのは異世界より召喚され、危機となった世界を救う稀なる存在である。
そういった伝承は、いくつもおとぎ話になっていた。当然、アウグスタやフェリクスも一度は耳にしているのだろう。
「兄上様、なぜ彼女が聖女だと思ったのでしょうか?」
「それは――」
どう説明すればいいものか。迷っていたらアウグスタが尋ねてくる。
「以前、夢でみたとおっしゃっていましたが、聖女についてもそうだったのですか?」
アウグスタの言葉に、「そうだ」と言って乗っかる。その設定をすっかり失念していたのだ。
「夢の中で聖女がやってきたのは、私が二十四歳の春だ。予定よりもかなり早い」
国に危機が訪れるのと同時に聖女は世界に呼ばれる。
たしか、召喚魔法を得意とする国家魔法使いが何人も集まった、大規模な魔法だった。
今みたいに、何もない場所に聖女が現れるというパターンは、これまでなかったのだが……。
「誰が、聖女を呼んだのか」
「兄上様、聖女が何やら騒いでいるようです」
いきなり〝データ削除〟をされたら大変だ。この世界は二度と再生しなくなってしまう。
慌てて聖女マナへと駆け寄る。あとの者も、追いかけてきた。
「え、嘘! 魔法学校の校門前でスタートとか、ゲーム配信で見たのとは違うんだけれど!」
また、わけがわからないことを叫んでいるようだった。
「もしかしてシステム欠陥? 魔法学校に来るのは、召喚の儀式を終えたあとで、攻略対象の顔合わせを終えてからでしょう? なんか怖いなー。リセットしようかな。いや、データ削除のほうがいいのかな?」
「ま、待て――!」
私の声に反応し、聖女マナが顔を上げる。すると、ハッとなった。
惑わし眼鏡は聖女マナには効果がないとか?
じりっと、後退してしまう。
「あー!!」
聖女マナはこちらを指さし、騎士達を手でどけて駆け寄ってくる。
「嘘、魔法学校時代のフェリクス様だ! あれ、なんか幼い? 私と一緒くらい? なんで、どうして?」
聖女同様混乱しているものの、情報を整理する。
まず、この聖女マナは初めて〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟の世界に下り立っている。
けれども、前情報として出会う者や世界の危機について把握しているようだ。
つまり、今から六年後の世界を知っている。
それなのに、六年前の世界にやってきたので、〝リセット〟か〝データ削除〟をしようかと検討している状況なのだろう。
「フェリクス様、若い!! どうして!?」
そう思うのも無理はない。聖女マナとフェリクスが出会うのは、もっとあとだ。その当時のフェリクスは二十二歳。今は十六歳なので、ずいぶんとイメージが異なるのだろう。
「え、嘘……! 魔法学校時代のフェリクス様のほうが、クリストハルト様より好きかもしれない」
フェリクスは聖女マナの発言が欠片も理解できないのだろう。ポカンとしていた。アウグスタは思いっきり顔を顰めている。
まさか、聖女マナがフェリクスを気に入るなんて。これまでの人生ではなかったはずだ。
何やら、事態が思いがけない方向へと転がっている。
「これって、通常のゲームにはない、特別なシナリオだよね。だって私、〝奇跡のエヴァンゲーリウム〟のプレイ動画は全部見たし、攻略サイトだって何度も見てきたもの! その中に、フェリクス様の魔法学校のルートなんてなかったはず! すっごいレア!」
事情を神獣ラクーンから聞かされ、かつての人生で聖女マナと恋人関係にあった私でさえ、彼女が何を言っているのかわからない部分がある。
皆、聖女マナの発言なので大人しく聞いているものの、ただの不審者であれば即座に捕らわれていただろう。事前に彼女が聖女であると言っておいて、本当によかった。
「あ、あのー、あなたは、フェリクス様、ですよね?」
「そうだけれど、君は?」
「私は茉奈、田中茉奈!」
聖女マナが手を差し伸べると、フェリクスは複雑そうな表情で握り返す。
「えっ、何これ! フェリクス様の手触りだけじゃなくて、温もりも感じるなんて! 新世代のフルダイブ乙女ゲー、すごすぎる!」
依然として、聖女マナはここが創作世界だと勘違いしているのだろう。それは違うと言っていいものなのか。この辺も、神獣ラクーンに確認しなければならないだろう。何も知らないだろうが、今この瞬間に私ひとりでは判断できない。
「本命はクリストハルト様だったけれど、今この瞬間に推し変だわ。これからフェリクス様ルートを極めなきゃ」
聖女マナが肩に提げていた鞄から、長方形の薄い板を取り出す。あれは、彼女が〝リセット〟や〝データ削除〟のさいによく取り出していた道具だ。
〝リセット〟はまだいいとして、〝データ削除〟されてしまったら、この世界は滅びて二度と元に戻らなくなる。なんとしても阻止しなければならないだろう。
「そうはさせるか!」
聖女マナが握る板を、手で払い落とす。すると、弧を描いて飛んでいった。
「ちょっと、そこの地味眼鏡!! 何をするの!?」
聖女マナは板のもとへ駆け寄り、しゃがみ込む。板の表面にはヒビが入っていた。
「うわ、酷い。これ、レアアイテムなのに!」
弁償はする。ただ、それを使うことだけはどうしても許せなかった。
聖女マナは悪魔の如き表情で振り返ると、ズンズンとこちらへ接近する。
「ちょっと、モブキャラが何をしてくれるの!?」
「それはいくらだ? 埋め合わせしよう」
「これは、店舗の初回特典として付いてきた特別なタブレットなの! 課金しても手に入らないんだから!」
「本当に、すまなかった」
どうしようか考えていると、フェリクスが間に割って入る。
「マナ、どうか僕に免じて、許してくれないかい? お詫びに、学校のカフェでお茶を奢るから」
「え、これ、もしかしてイベントだったの!?」
はて、イベントとは……?
疑問符が雨あられのように降り注ぐ。カイやアウグスタも同じようにポカンとしていた。
「嘘、嘘、嘘! 魔法学校時代のフェリクス様とのカフェデートなんてなかったはず! 攻略情報にないイベントなんて、絶対見たすぎる!」
聖女マナはその場でくるくる踊ったあと、フェリクスの手を取る。そして、浮かれたような声で言葉を返した。
「ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
「うん。わかった。えーっと、さっき壊してしまった板は……?」
「あ、大丈夫。攻略情報が詰まっているだけのタブレットだから。フェリクス様の魔法学校シナリオの攻略はもともとないし」
「そっか」
私が壊してしまったタブレットと呼ばれる板の破損については、フェリクスの顔に免じて許してくれるようだ。ひとまず、ホッと胸をなで下ろす。
「あー、楽しみ。最初に校門前にでてきたときはどうなるんだと思ったけれど、攻略情報にはないシナリオに出逢えるなんて。これは絶対、データ削除はできないわ」
聖女マナの発言に耳を疑う。
〝データ削除はできない〟とはっきり口にした。
はじまりがいつもと異なるので、彼女は今の状況を特別なものだと判断したのだろう。
もしかしたら、未来が開けたのではないのか。信じがたい気持ちになる。
聖女マナの存在に気づいたときはどうなるものかと思っていたが、まさかの方向に話が進んだ。
すべては、フェリクスのおかげだろう。
「あ、もうすぐ塾の時間だ。落ちなきゃ」
「落ちる?」
理解できない言葉に、フェリクスは首を傾げている。
落ちる――それは聖女マナが姿を消す前に口にする言葉だった。
彼女はこの世界にずっといるわけではない。「落ちる」と言って元の世界へ戻ることを可能としているのだ。
「じゃあね、フェリクス様」
「あ、うん、また」
聖女マナはぶんぶんと手を振り、魔法陣の出現と共に姿を消した。
なんというか、嵐のような娘だった。
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