19※セドリック視点
20話では終わりそうにないです……( ;∀;)
25話完結を目指します!
物心ついてからは初めてだろう兄の頼みごとに面食らったので、しっかり覚えている。
兄の執務室のソファーに腰掛けて、アイゼンゲイン公国で採れる珍しいお茶を楽しみながら、兄の話に耳を傾けた。
「ハイム子爵家は知っているな?」
「あぁ、光の加護持ちの家だっけ?でも、確かあの家は子息を病気で亡くしたんだよね?」
俺の記憶が正しければ、ハイム子爵家のたった一人しかいない後継は、二年前に病で倒れたはずだ。子息を亡くしたことで子爵夫人は心を病んでしまい、息子の後を追うようにこの世を去ってしまったそうだ。短期間に息子と妻を失った子爵は、貴族の間で少しの間感傷的に語られた。
「そうだ……だが先日、子爵が平民の娘子と少年を引き取ってな。どうやら昔、平民の踊り子だった愛人との間に生まれた子爵の子供らしい」
「へぇ……それで、その娘を調べればいいの?」
「あぁ、そうだ。……光の加護についてどこまで知っている?」
「人の心に棲む闇を払うってことぐらいかな……」
「あれは、そう単純なものではない」
兄は、机に手をついて眉間にしわを寄せながら、説明を続けた。俺の5歳年上だが、今年で22歳という若い年齢の割には、すでに凄まじい貫禄があった。日々、激務に追われた成果なのだろうか……。
「使い方を間違えれば、人を思いのまま操ることができる厄介な加護だ」
「へぇ……それはまた随分なモノを放置していたね」
「ーー国や他の貴族が黙っていたのは、これまでハイム家に女子が生まれなかったことが大きな理由だ」
ハイム家の1代目当主は、エリザベスという女性で、彼女が加護を受けたことによりハイム子爵家の歴史は始まった。
兄によると、この光の加護とやらは女性が授かって初めてその力を最大限にふるうことができるらしい。しかし、ハイム家にはエリザベス以降、なぜか女児が誕生することはなかった。
「ふぅん……じゃあ、エレーナって子が、エリザベス子爵以来の女性の加護持ちなんだね」
「あぁ、そうだ」
「それは、センセーショナルだね」
「いや、問題はそこだけじゃない」
「ーーというと?」
「子爵は、その息女と子息を養子として引き取っているんだ」
話を聞くだけにきな臭い。子爵は妻と息子を亡くし、どうにも寂しく生きる目標を立てるために養子をとったと周りの同情を誘っているらしい。
「それまで、平民で育っている姉弟だ。当然だが、神殿での紋章登録を行っていない」
この帝国に生まれた貴族は全員、生まれたその日から一月以内に神殿での紋章登録を行わなければならないという義務がある。おそらく子爵は、それを避けたいがため、彼女達を養子として迎え入れたのだと推測された。
しかし、貴族の子供が全員が紋章を持って生まれてくるとは限らない。これまでの統計だと、約8割の確率で引き継がれるが、そうでないケースもあった。貴族でありながら、紋章を持って生まれてこない子息や令嬢は、神殿に勤めたり騎士団に入り、国と民に貢献している。
「加護持ちであることは確定しているの?」
「ーーいや、まだ確定はしてないが、報告からだとおそらく……」
「ーーそう……それで、俺は何をどこまで調べればいい?」
兄は机に肘を立てて手を組むと、兄ではなく次期王太子としての顔つきになった。
「お前にはとりあえずエレーナ嬢に近づいてもらい、彼女の紋章の有無と、加護の力量を調べてもらいたい。ゆくゆくは、ハイム子爵の目的も探ってもらうことになるだろう」
「ーー了解。期間は?」
「期間は問わん。しかし、厄介な力だけにこちらもできるだけ速やかに対策を練りたい。少なくともお前が学園を卒業するまでにまとまった報告があると助かる」
頭痛がしたのか、眉間に寄せたシワをグリグリと手で揉みながら話す兄に、最近はよほど忙しいのだろうと推測し同情した。
王太子として真面目に頑張る兄を見ていると、つくづく自分は第二子でよかったと思う。だからこそ、大変な役目を背負っている兄を尊敬しているし、兄を支えられるのであれば何でもやると決めていた。この件で、少しでも兄の助けになるのならと全力で取り掛かろうと改めて決意した。
「この件について、ソイルテーレ公爵と夫人には既に伝えてある。対策を練るまでは機密事項として扱ってほしいとも頼んでおいたから、レイチェル嬢はこの件については何も知らん。しかし、公爵と夫人で上手くサポートして下さるとのことだ」
つまり俺は、これから誰にも悟られることなくエレーナ・ハイムに近づいて情報を引き出さなければならないということだろう。兄は少しだけ申し訳なさそうに、眉を寄せて俺の返事を待っている。
「ーー分かった。さっそく今日から取り掛かるよ。何かわかったら、その都度報告するよ」
「あぁ。すまないが、頼んだぞ。ーーことが済んだら、俺からもレイチェル嬢に詫びを入れよう」
「あははっ、それは多分大丈夫だよ。レイチェルは物分かり良いし、きっとこんなことじゃ怒らないんじゃない?むしろ、察しがいいレイチェルにバレないよう上手くやらないとね」
「ーーセドリック……悪いな」
「いいってば。兄さんの力になれて嬉しいよ。あ、でもクリスにだけは伝えてもいいかな? 長期戦になりそうだから、アイツなしだと少し厳しいな……」
「ーーいいだろう、許可しよう」
こうして俺は、兄の頼みのもと、エリーナ・ハイム子爵令嬢に近づくことになったのだ。この件を知るのは、王家の人間とソイルテーレ公爵夫妻、そしてクリスのみだった。




